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…妹への電話から戻ってきた悠里が完全に傷心モードだったので、柊も雅臣も扱いかねている。ソファに戻って考える人みたいなポーズのまま微動だにしない悠里が背負っているのはそれでもたしかに負のオーラだったから。お前聞けよ、いやいやお前がと目線で必死にやりとりしあっているふたりに気を向ける余裕もないらしい。

「…えー、と。その、悠里?」

そして、ジャンケンに負けた恐る恐る雅臣がかれに声を掛ける。その黒の髪は、ぴくりとも動かなかった。

「…どした?」
「『夏休み!たくさんイベントが起こるね!楽しみにしてる!』って…」

僅かな沈黙が、決して狭くない部屋を満たす。ずーん、と音を立てて重くなった悠里のオーラに、雅臣すら負けてそれ以上なにか言及することをしなかった。

「…ま、まあ…。生きろ」
「お兄ちゃんよりそっちのほうが大事なのか…」

ぶつぶつと呟きながらますます悠里が沈んでいく。妹のなかで美味しいネタが兄を上回ったのは、シスコンの悠里にとってやっぱりショックだったらしい。ちょっとは妹離れしたほうがいい、と常日頃から柊は思っていたので、それ以上励ますのもやめておくことにした。

「夏休みにまでそうそうイベント起こってたまるかよ…」
「あ、心配するところそこなんだ」

雅臣ですらちょっと呆れている。悠里の妹に対する献身さはなんというかすごい、と柊はいつも思っているのだけれど、それはこんなに落ち込むようなことがあっても変わらないらしかった。ちなみに柊は椋にそんなふうに餌を与える気は微塵もない。

「いやいや、大丈夫だって。イベントには事欠かねェよ」
「おい、何たくらんでんだよ、お前」

なんて雅臣と柊が不穏な会話をしているのも耳に入らない程度には、悠里は悩んでいるようだった。それからふいに言葉を切って、雅臣が柊のほうを向く。

「なァ、柊ちゃん。そういや喧嘩強いんだろ?」
「…やるなら外だ」
「そうじゃないって!何でそういう話になるんだよ」

ふいにきれいな顔を物騒な笑みに染めた柊を慌てて遮って、かれは長い指を立てた。それを左右に振って、口端を歪める。どこか楽しんでいるような、そんなふうな表情だ。

「前の学校で、不良グループに目ェつけられたりして、ない?」

悠里のきょとんとした顔を横目に、柊は僅かに逡巡した様子をみせた。それから何かを考えるように眉間に皺をよせ、それから数十秒たっぷり考えたのち。

「ああ、そういえば」

…という、軽い返事をする。まるでそういや朝学校に来る途中で中学の同級生とすれ違った、とかそういうたぐいの話をしているような柊に、思わず悠里が口を挟んだ。

「…て、テンプレ……」

やっぱり王道転校生にはそういうバックグラウンドがないとな!とかいっている悠里の頭を一つ殴って、柊はくつくつ笑いを隠さないでいる雅臣をかるくねめつける。かれはといえばそんな視線を意に介した様子もなく、笑いながら答えてくれた。

「なんかそんなようなのが、最近風紀の網に引っ掛かってんだよな」

えっ、と柊と悠里の声がきれいに重なる。顔を見合わせ、それから雅臣のほうを向いた二人をまえに、雅臣は実に楽しそうにその整った顔一杯に笑みを広げていた。確信犯である。

「夏休みともなれば生徒も減るし教師の目もない。派手に暴れられるし、きっと狙ってくるだろうと思ってたんだけど」

雅臣は硬直した二人を前に愉快そうな笑みをますます深めた。どう、悠里?妹ちゃんに送るいいネタになりそうだろ?なんて、そんなことを言いながら。

「…柊、その不良グループって」
「まあ、あれだ。マニュアルのなかにあるのとほとんど同じ」
「…お前ってやっぱり立派な王道転校生だったんだな」

なんか無駄につよくて無駄に情報網とかすごかったりしちゃうんだな!とか、全員美形なんだろ!とか、悠里だけでなく雅臣まで言いだした。雅臣もだいぶマニュアルに毒されているらしい。

「で、柊。なんでそんなのと知り合ったんだ?」
「トップの2人で妄想してそれを垂れ流してた馬鹿な弟の尻拭いのため…かな」

ふっと遠い目をした柊に、さしもの二人も黙りこむ。兄ってほんとうに損な役回りだ、とひとりっ子を謳歌している雅臣が思うのも当然かもしれない。たぶん今も鼻息あらく会計のスキャンダルを追いまわしているだろう椋のことを思いながら、柊はひとつ深い嘆息をした。

思い出すのはくだんの不良グループのことである。とても覚えづらい英語の名前をしたチーム名だったが、結局最後まできちんと覚えないままに終わった。喧嘩にめっぽう強い柊がえへらえへら笑いながら妄想の旅に出ている弟を粛清しつつついでにそのチームも懲らしめたのが、だいたい二年前。高校に上がる直前のことだったように記憶している。…あのチームで妄想出来なくなったからこの学園に来たんだろうか、とものすごくいやな考えを思い浮かべた柊は黙って考えることを放棄した。

「そいつらは柊に仕返ししにくるのか?」
「さあ?…ま、ただ仕返ししてェだけなら俺たちにまで喧嘩売るとは思えないけどな」

こいつときたら、夏休み前のこのくそ忙しい時期に仕事をすっかり片付けた挙句、そんなことまでやっていたのか。相変わらず読めない男だ、と思いながら、柊はまだ確実になにかを握っている雅臣の笑いを含んだ表情を睨みつける。ギャップ萌えのくせに。

「悠里、戻るぞ」
「あ、そうだな」

頷いた悠里が、未だショックを引きずってよろよろしながら立ち上がる。かれの背をひとつ叩き、柊は雅臣から書類を受け取ってかれの薄いグレーの瞳をじっと見据えた。

「…心配しなくても、そいつらは俺ひとりでなんとかする」
「そういうわけにはいかねえよ。…この学園の風紀を乱す奴らは、俺が懲らしめてやらねえとな」

アホらし、と呟いた柊の後を追って悠里が部屋を出る。最後に肩越しに不敵な笑みを浮かべたままの雅臣を振り向き、かれは氷の生徒会長らしい表情で口端を持ち上げた。

「夏休みの恰好の暇つぶしを逃がすわけがねえだろ、ってか」
「ご名答!」

ますます雅臣の笑みが深まる。そんなかれを知ってか知らずか、よしこれで麻里に送る話のタネは大丈夫そうだな、と呟いたら、柊にどあほ!と怒られた。







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