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…そういえばあのとき俺あいつに、凄くKYなことを言っちゃったんだよなあ。

悠里はそんなことを考えて、千尋に申し訳なくなった。まさか悠里と椋があの部屋に入る直前に千尋がフられたことなど知らなかったものだから、…ましてやその拒絶の仕方が「俺は悠里が好きだから」なんていう言葉だってことなんて知る由もなかったものだから、悠里はちょっと千尋の男前な去り方に感動して「頑張れ!」なんて言ってしまったのだ。あれはもう千尋からしたらとんでもなくKY発言だったろう。はずかしい。

なんてことを考えてひとりでバタバタしていたら、どうやら手際よく判子を押し終えたらしい雅臣に呆れられた。

ぺしり、と書類の束を頭に乗せられる。思わず雅臣を見上げると、しょうがねえなあとでも言いたそうな、それでもどこか隠しようのないやさしいいろを含んだ、そんなくすぐったい笑みがそこにある。

「なァ、悠里。そういえばお前、夏休みは何するか決まってんの?」

なんとなく言葉を失ってしまった悠里を対して気にもせず、雅臣は再びソファにどかりと腰掛けて長い足を組んだ。悠里ははっとしてひとつ首を振り、それから居住まいを正して雅臣を見る。

「実家に帰るけど」

そろそろ妹と会わないと多分死ぬし。からりと答えた悠里にちょっと目を見張ってから、雅臣がぷっと吹き出した。それに不穏な雰囲気を感じて身体を強張らせた悠里の髪に手を伸ばし、雅臣がぐしゃりと悠里の頭を撫でる。そこにいつものむだな色気がないせいで悠里も手を叩き落とすタイミングを見失ってしまった。

「…悠里、あの分厚いマニュアルだけじゃなくて、生徒会のやつもちゃんと読んだ方がいいぜ?」
「何だ、それ」
「生徒会のメンバーは夏休み、この学園に籠りっきり。…去年は俺達は手伝いだったからそんなこともなかったけどな」

雅臣の爆弾発言に、悠里の時が止まった。そんなかれをみて遠慮なく笑いながら、雅臣は悠里の膝に落ちた書類を見る。自分や生徒会のメンバーの名前がリストに無かったことに気付かなかったのだろうか。…気付いていないんだろう、と、悠里がこんなものだからその実まともなツッコミ役のいない生徒会を思い、雅臣はちょっと遠い目をする。

「…なにしてんの」
「お、柊ちゃん。いいところに」

どうやら悠里の帰りが遅いのを心配したか、もともと十分戻らなかったら助けにきてとか頼まれていたんだろう柊が、風紀委員会の根城の戸を(ノックひとつなしに)開けて入ってくる。貴重なツッコミ役兼ツンデレの登場に安心をして、雅臣はちょいちょいと柊を手招いた。

「悠里?どうした」
「…」
「生徒会のメンバーは、夏休みの間この学校の全権だからな。もちろん外泊なんてできねーよっていう話」
「何だよそれ!?そんなの先生にやらせろよ!」
「そういうの言っちゃだめなんだって、柊ちゃん」

悠里のマニュアルにも第三条に空気は読めって書いてあったぞ!と言いながら、未だ固まったままの悠里のほうをちらりと窺う。柊が背中をぽんぽんと叩いているけれどたぶん慰めの言葉は聞こえていない。

「つまりあれか…俺は夏休みの間もずっとコンタクトレンズで生活しなきゃならないのか
…」

ツッコミどころはそこなのかとかいろいろ言いたいことはあったけれど、柊はとりあえずこのよく分からない私立高校のシステムについて雅臣に質問することにした。…生徒会のメンバーはそれぞれ名家の子息であったり大企業の跡取りであったりするはずなのに、夏休み中拘束されて問題はないのだろうか。聞けば、雅臣は何でもない風に頷いた。

「こんなデカい組織とカネを実際に動かせるんだぜ?親にとっちゃ願ってもない機会だろ」

金持ちの世界ってわけわからん、とちょっとだけ戻ってきた悠里が呟く。出自不明というか、調べても何処ぞの社長や会長と繋がりの見えない悠里のバックグラウンドはますます氷の生徒会長をミステリアスたらしめているのだけれど、別段卒業後に財団やら財閥を率いる予定のない悠里にとっては学校の自治などかなりどうでもいいらしかった。かれは残念な妹を持っただけのふつうの中流家庭の長男である。

「親衛隊でも熱心なやつは夏休み中も学校に残るらしいぞ。なんだかんだいって、学校もいつも通りだ」
「…誰か教えてくれよ……」

普段は何でもお見通しみたいな氷の生徒会長をしていることなど忘れたように、悠里はそんなことを呟いて膝を抱える。長期休暇ですら実家に帰ることができないというのは、シスコンの悠里にはかなりつらいものがあったようだ。

「まあ、プールでも開けて楽しくやろうぜ、楽しく」
「…ホントに自由に出来るのな」

どうなってるんだここの学校、ともう一度一般論を繰り返してから、柊はぽんと悠里の背中を叩く。元気出せ、といえばだせるか!と逆切れされた。

「柊ちゃんは夏休みどうする予定?」

雅臣はふいに柊に視線を向ける。かれは柊にもまったく敵意なしに、むしろ好意的なくらいに接してくるので困りものだ。一方的にライバル視している柊がちょっと恥ずかしくなるほどには、雅臣は柊にもこんな調子である。

「…残る」
「そ。じゃー色々考えとかねーとな。打ち上げ花火でもやるか」
「どんな規模だよ」

対して考える間もなくそう言いきった柊に笑って頷いて、雅臣がふいにそんなことをいった。そういやこいつも金持ちなんだろうな、とじっとりした目でかれを見て、おもむろに悠里が顔を上げる。

「麻里に電話してくる…」
「…そんな通夜みたいな顔すんな」
「まあ元気出せよ」

悠里がよろよろ風紀委員の根城を出ていくのをなんとなく顔を見合わせて見送ってから、柊はひとつ息を吐いた。…夏休みは長い。ひとつきも離れるのか、となんとなく寂しく思っていた身としてはうれしい、と思ってしまうあたり、ちょっとだけ悠里に後ろめたかった。




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