main のコピー | ナノ
3



男と別れ、ムラに戻るときょうだいたちにひどく心配をされた。余計に心配をされるのは目に見えていたから、異族の男とのことは黙っておく。騒がしくやりとりをする家族や親類としあわせそうな姉を横目に見ながら、スグリは囲炉裏のそばで一心不乱に花冠を編んでいた。

「カンナねえさん、しあわせにね!」
「クサギならしあわせにしてくれるわよ、よかったわね」

妹たちや、すでに嫁いで家を出た姉たちまでが一同に介してカンナを囲んでいる。近くに家を構えるひとたちも、贈り物と言祝ぎをしに先ほどからぞくぞくと家を訪れていた。興味深げに細かく細工をするスグリの手元を見ていた二つ隣の家の奥さんが、感心したように息を吐いて離れていく。次々と連なり編み込まれていく花々は、きっと花嫁によく映えるだろう。スグリの気持ちも、寂しいと思うところはあれど祝い事に浮かれていた。

「…あら、クサギじゃない!花嫁の様子を見に来たの?」

ふいにそんな声がして、スグリは花冠に小さな黄色い花を編み込む作業を中断して顔を上げる。家の入口から長身を屈めて入ってきたのは、よく親しんだ姉の夫となるひとに違いなかった。

「クサギ」
「…父から様子のひとつも見て来いと急かされてな。支度はどうだ?」

ほおを染めてクサギに駆け寄った姉を見て、スグリは思わず口元を緩める。もうそとは赤らみ始めていた。そらが暗くなり月が昇れば、婚礼の儀が始まる。

「もう少しよ。…スグリが花冠を編んでくれているの」

近頃は寝込みがちなスグリたちの父親にもなにか声を掛けて、クサギはスグリのほうへ歩み寄ってきた。どかり、とすぐ隣に腰をおろして、スグリの手元を覗きこむ。

「姉さんから離れるのは寂しいか?」
「寂しくないよ。平気、クサギこそ姉さんを宜しくね」

スグリの兄弟は女ばかりで、兄はずっと昔に貿易商になるといって出ていってしまったひとりきりだった。だからクサギはほとんどスグリによって兄のような存在で、そんなひとがほんとうに自分の義兄になるんだから、スグリはとてもうれしい。うれしいのにそれを聞いて、クサギはすこし困ったような顔をした。

「…家族みんなで、俺の家へ移ればいい」
「そんな、新婚のふたりを邪魔することなんてできないよ!父さんのことなら大丈夫。俺が面倒みるよ。姉さんたちも顔を出してくれるし」

妹たちもなにくれとなく手伝ってくれることだろう。ちらりと目をやったすぐ下のませた妹は、姉の髪を結えるのに夢中だった。それを微笑ましく思いながら、スグリはそう返事をする。

「スグリ…」
「…そんなに心配しなくたって大丈夫だってば!俺は身体は弱いし狩りにはいけないけど、その代わりずっと家でみんなの面倒見れるから」

花冠を忙しなく編むスグリのてのひらに、大きなクサギのてのひらが躊躇ったように触れた。その熱にびくりと顔を上げれば、クサギは苦渋の表情をしている。それに戸惑って、スグリはひどく不安になった。クサギは迷っている。何に?まさか姉を娶ることではないだろうが、それでもやはり、名の知れた狩人の家でもない娘が酋長の次男に嫁ぐというのはいろいろ問題もあったようだから。

「クサギ、どうしたの?」
「…何でもないよ」

そんな婚約者の異変に気付いたか、声を掛けたのはカンナだった。思わず言葉を失っていたスグリはそう笑って答えたクサギに安堵して、離れていった手の熱を追うこともなく再び花冠の製作に戻った。あともう少しで完成だ。婚礼には無事間に合いそうである。

「はいはい、クサギは出ていってちょうだい!いまから花嫁は婚礼の衣装を着るんだからね!」

なんてしているうちに、隣の肝っ玉かあさんがぱんぱんと手を叩いてクサギを追いだしてしまった。くすくす笑いながらそれを眺めて、スグリは最後の仕上げに桃色の花を冠に結える。婚礼の際に使う冠では末長くしあわせが続くよう、しあわせを逃さぬようにこうやって一か所を縛ることになっていた。

「はい。出来たよ」
「ありがとう、スグリ!」

カンナに出来たてのそれを手渡すと、薄化粧を施された彼女はひどくきれいに微笑んだ。かのじょは普通なら、子供のひとりやふたり産んでいてもおかしくない年齢だ。妹たち、病床の父、そして身体の弱い弟を守るためにふつうより数年遅れた婚礼になってしまった。けれどそんなことを少しも感じさせないその美しい笑顔に、スグリは、ああ、姉はこの家を出ていくんだな、とそんなことを感じざるを得ない。

「…しあわせに、姉さん」
「あなたも。…もう少し経ったら、誰かを娶って家庭を作りなさい」

スグリの額に軽く唇を触れさせて、カンナはそういって弟の頬を掌で包んだ。わかってるよ、といつものように答えて、スグリは忙しなく衣装を着付ける姉たちにカンナを譲り渡す。…スグリも本来なら、嫁をもらっていてもおかしくない年齢だった。身体の弱さが災いして、子供も出来そうにないからとどこの親も娘を嫁に出したがらない。おまけにスグリもこんな身体では、と思っているから、婚礼の話は何度か出ては立ち消えになっていた。

…とりあえずチビたちに手がかからなくなってから考えるよ。それはスグリが何度となく使って来た逃げの常套句だ。けれどカンナの胸に縋ってくっついて離れない三人の妹たちを見ていると、なんとなく本当に、彼女たちが嫁にゆくまではひとりで頑張ろうと思うのが常だった。

「ねえ、どう?スグリ」

カンナが花冠を頭に乗せ、笑いながらスグリを振り向いた。色とりどりの花冠は、カンナに酷くよく似合う。とても、きれいだった。

万感の思いで絞り出す。彼女は今日、ほんとうにこの家を出ていってしまうのだ。

「…きれいだ、姉さん」




top main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -