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純情ラビリンス



「なあ、クリームパンとカレーパンどっちがいいと思う?」

この学校には食堂のほかにもおよそ売ってないメシはないってくらいの品ぞろえのいい購買がある。そのまえで品定めをしながら、俺はたまった仕事を生徒会室で片付けているあいつに電話を掛けていた。ちなみに目的は嫌がらせである。教師がやれよそんなん!っていう仕事に追われた悠里は近ごろずっとそれにかかりきりで、俺は退屈しているわけだ。だけど昼メシを食う暇もないっていうあいつに簡単に食える一口ドーナツを買ってやった俺は優しいと思う。

で、俺自身の昼メシをどうしようかと、俺は電話をかけているわけだ。周りには噂の転校生の動向に注目をするやつら。ちらちらと俺を窺いながら電話の相手は誰だろうかと、そんな感じの顔をしている。

「好きにしろよ」
「つれねーのな。あ、デザートなにがいい?デザートより惣菜?」

ちなみにこの嫌がらせは、今現在生徒会のメンバーを前にしている悠里が素を出せないのを知ってのことだ。まさか氷の生徒会長が生クリームが乗ったプリン食べたい、なんて言えるわけもない。だけどたぶん悠里は甘いものが食いたいだろう。どうやっていえばいいのか、と考えている気配がした。その間に結局俺はクリームパンとカレーパンどっちも買ってついでにプリンもゼリーも買って購買をあとにする。

一人で食べる量にはちっと多いから、俺がこれからどこへ行くのか皆気にしているのがわかった。面白いくらい立ってくださっているフラグを回避するのは大変だ。本当に欲しいものはいつだって手に入らない。

「わざとだろ、お前」

低く地を這うような声音でもって、氷の生徒会長は威嚇するような声を出す。生徒会室に居る奴らは俺をいつも追い回してるから、もし電話の相手が俺だとしれたら様々な弊害が発生することも俺は重々承知済だ。あいつらなら仕事放り投げてやって来かねない。

でも昼休みまでびっちり仕事をする必要はないんじゃないかと俺は思うわけだ。せっかく昼休みなんだから休めよと思う。俺も退屈だし。

「なあ、悠里」

周囲の奴らに聞こえるように、俺は悠里の名前を口にした。馬鹿、と低い唸り声がする。俺の周りにいるやつらにはこれで電話の相手が明らかになった。噂はすぐに回るだろう。

「…覚悟しろよ、柊」

すると向こうも、そうやって意識して掠れさせたエロい声でもってそう不敵に笑うしかない。ざわざわし出した電話のむこうにしてやったりとほくそ笑みながら、俺は最後に囁いた。こちらも意識して、おもいっきり甘ったるく甘えた声で。

「ん。いつものとこで…待ってる」

明日の校内新聞にまたスキャンダルが載るのは確定事項だろう。固まった周りを縫って走りながら、俺は愉快な気持ちでいっぱいだった。仕事なら放課後俺がいくらでも手伝ってやろうじゃないか。つうか学園の設備投資の計画なんか生徒にやらせんなよ、と俺は思う。

「柊!お前分かっててやってるだろ!」
「仕事なんかあとでやれって、メシはちゃんと食っとけ」
「書記に詰め寄られるわ副会長はハアハアするわで大変だったんだぞ!」

いつものとこ…、第二音楽室では、なんの色気もないむくれた顔の氷の生徒会長さまが先について俺を待っていた。廊下にほかの気配はなかったから、上手く撒いて来たらしい。悠里の指定席であるピアノのうえにメシの入った袋を置いて、俺はにーっと笑みを向けた。

「いいだろ、別に。見せつけてやれば」
「よくねえよ!おまえ、俺がうっかり新商品のさくらんぼゼリーがいいとか言っちゃったらどう責任とるんだ!」

相変わらず変な方向を心配する悠里は放って置いて、俺は悠里のまえにご所望のさくらんぼゼリーを置く。言葉を切った悠里が、いつものやわらかくて警戒心の欠片もねえ間抜け面をした。かわいい。

「はいはい。あとこれな」

サンドイッチと一口ドーナツをピアノのうえに並べれば、氷の生徒会長は簡単に陥落する。しぶしぶといったふうにツナサンドを手にとって、俺のほうを見た。

「…さんきゅ」
「んー」

どうせ生徒会の連中も俺を探し回っていることだろう。つくづく仕事をしねえ(俺を追い回す暇はあるくせに)あいつらにはいい薬だ。季節外れの転校生は氷の生徒会長に夢中なのである。…自分で言ってて寒くなった。

「…腹減ってた」
「そりゃ減るだろ」

カレーパンを頬張りながら、俺はもくもくとサンドイッチを咀嚼している悠里を見る。怒ったかな、と思ったらぜんぜんそんな気配はなかった。完全に生徒会長ルートに進んでいる身としては今日の電話イベントもやぶさかではなかったしそもそも俺は昼休みくらい悠里を氷の生徒会長でなくてもいいところに連れ出したかったからいいんだけど、悠里は真面目だからそれにほっとする。こいつは中味はまるで完全無欠な氷の生徒会長じゃないくせに、無理をしすぎるきらいがあった。

「ほんと、やさしーよな、柊」
「褒めてもプリンはやらないぞ」
「さすがフラグ立て魔だ」

いらねえよそんな不名誉な称号!ひとの気も知らないでそんなことをいう悠里はたいがい空気が読めない。氷の生徒会長の名が泣くぞ。

「お前だからだ、ばか」

なんて考えてたらそんなセリフをふいに口にしてしまってめちゃくちゃ焦る。なななんてこと口走ってるんだ俺は!慌てて悠里を伺えば、やつはさくらんぼゼリーのフィルムを剥がすのに夢中になっていた。本気で空気読めないなこいつ。一発殴りたい。

安心したようななんとなく残念なような気分のなか、クリームパンを食べ終えてさあプリン食おうってときに、

「……柊今なんて言った?」

なーんて悠里が顔を真っ赤にして言ったので俺が盛大にプリンに噎せたのは言うまでもない。頼むからちょっと空気読め!




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