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「リックがモニカを連れて駆け落ちしたみたいなの!」

昨日と同じ、それ以上に真っ青な顔をしてどうやら奥方らしい女性の肩を抱いているモニカの父がいる待合室へと通された。かれはもう何も言うことが出来なくなっているらしい。アルメリカが郁人に渡した手紙には、確かにモニカとリックの連名で家を出る、といった旨のことが書かれている。

「…なんだか懐かしいな、洸」
「そうだな、って、そんなこと言ってる場合じゃねえよ!これじゃこっちにも非が出る」

アルメリカの肩をぽんぽんと叩き、読み終えた手紙を返して郁人は眉間に指を当てた。何かを考えているようである。式が始まるまですでに一時間を切っていた。ラドルフのほうも、すでに会場に入っているだろう。

「俺達がいま、ラドルフんとこに行って問い詰めてこようか?尻尾巻いて逃げだすんじゃねえの」
「…ラドルフさんはたいそう腕のたつ傭兵を何人も雇っていると聞きます。それに、昨日私の工場が止まったと聞いて、どうやら怪しんでいるらしく…昨日も何度も電話がかかってきました」
「娘さえ貰えばこっちのもん、ってことかよ。胸糞悪いな」

洸がモニカの父に尋ねると、かれは脂汗を拭いながらそう答えた。この式場で、婚約者がありながらの強奪婚ということもあり、モニカの家のほうの縁者はほとんど来ていないという。いわば敵地であった。

「いや、全く。リックというやつは、正しいな」
「感心してる場合かよ!なんか考えてたんじゃないのか?」
「いや、ラインハルトに早く来るよう頼んだほうがいいかもと思って」

どうしようか、と真剣に考えているふうの郁人の頭をひとつ小突き、洸はモニカの父にため息交じりに声を掛けた。

「おい。二人が居なくなったのはいつだ?」
「昨日から、帰っておりませんで…昨日ぐらいは、と思って放っておいたのですが、部屋に手紙があったのです」
「なるほどな。それじゃあ、もうこの近くにはいないだろう」
「なかなか見どころがあるじゃないか、リックとかいうやつ」

おまえは黙ってろ、とぐしゃぐしゃ郁人の髪を掻き混ぜて、洸は自らの半端な長さの髪を掻きあげた。刻一刻と式が始まる時間が近づくなか、すでに警戒をしているであろうラドルフの手勢がどれほどこの式場にまぎれ込んでいるのか想像するだけでいやになるというものである。考えるのをやめ、洸は出来るだけ三人を落ち着かせるために口を開いた。一度考えごとに夢中になった郁人は暫く戻ってこないのだ。

「とりあえず、知り合いの警察は呼んであるから安心しろ。そうなるまでの経緯は…まあ、派手になりそうだけどな」

ラインハルト、という男こそ、首都アリアの警察でも若手で最も有能とされる人物である。警察と探偵という職業柄、そして以前のある事件がきっかけで何かと便宜を図ってくれているのだ。どうやら考えごとを終えてらしい郁人は少し考え込む素振りをしてから、アルメリカのほうを振りかえる。

「アルメリカ。手伝ってくれる?」
「へ、な、何を?」

悪戯っぽい笑顔を、郁人がした。思わずうなずいてしまいそうになるような、茶目っけたっぷりの微笑みである。

「…おいおい、お前がやればいいだろ」
「なにいってるんだ。無理だって」
「いやいける。おまえなら出来る。俺が保障する」

力説をする洸を無視して、郁人はモニカの両親を手招きした。そしてなにか、悪戯っ子がとびっきりの悪戯を大好きな相手に嵌めるときのような、楽しそうという表現がもっともしっくりくるような顔をして、笑う。

「アルメリカを偽の花嫁にする。式が始まってすぐ、おれと洸が何喰わぬ顔でラドルフを糾弾するよ」
「ええ!?わたし、私が花嫁!?」

飛びあがって驚いたアルメリカに、やってくれるかい、と郁人が尋ねた。危ないことはない、おれたちに任せて。そう言われると、彼女に頷く以外の道はない。

「…私で役に立てるなら。他ならないモニカのためだもの!」
「そう言ってくれると思ってたよ。大丈夫、おれたちに任せて」

不安そうではあったけれど、アルメリカは郁人の声に背中を押される形で頷いた。何を考えているんだか何も考えていないのか、郁人は先ほどから不敵なまでに微笑んでいるだけだ。

「…アルメリカ、済まない」

そしてモニカの父が、何かを決意したように立ち上がる。そして彼女の手を握り、苦痛を堪えるようにぎゅっと目をつぶった。

「経緯はどうあれ、娘を商売の道具にした私の責任だ…」
「いいのよ、そんなの!そのかわり、リックとモニカが帰ってきたら、思いっきり豪華な結婚式にしてよね!」

それで何処か決意を固めたように、アルメリカはとびきり明るく言った。豪華なウェディングドレスを纏うため、モニカの母と控室に飛び込んでいく。郁人はにこにこと笑いながら、思いだしたように洸の背中に呼びかけた。

「そうだ、洸。おまえには特別な任務をやろう」
「…おまえがそういう顔をするときは、きまって俺に無理難題を突き付けるときだよな」

そう苦笑いはしながらも、洸はまんざらでもないようだった。腰に差した剣の柄をぽんと叩き、耳もとに顔を寄せた郁人の声に聞き入る。次第にその表情が笑顔になっていくのを、しっかりとモニカの父は見ていた。

何故だろうどこか、この二人に任せておけば大丈夫なような、そんな根拠もない安心感を、かれはいつしか抱いている。ラドルフは後ろ暗い組織とのつながりも指摘されているような人物だ。若者二人ではあまりにも荷が重い。だが、それでも、それでも不思議とかれは、近い未来に娘と娘婿に頭を下げている自分の姿を、驚くほどクリアに想像できた。




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