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私立帝豊高校は三期制の学校だ。夏休みのまえと冬休みのまえ、学期が変わる仕組みになっている。初夏の日差しが熱を帯びてきた七月上旬、悠里は空調のきいた生徒会室にいた。

「会長、ここ判子ください」
「ここか?」
「こっちも」

学期が変わる前後は生徒会はひどく忙しくなる。ことしから生徒会長という職についている悠里にとって、この二年一学期の終わりは初めて経験する繁忙期なのだった。庶務のわんこ属性が差し出してくる書類に判を押しながら、悠里はちらりと窓のそとをみる。新緑のいろが生い茂るそとはいやおうなしに悠里を夏に駆り立てるけれど、生徒がスムーズに夏休みに入るためには生徒会の尽力が不可欠であった。

帝豊高校は全寮制の学校だ。遠くから来ている生徒もいるから、夏休みに全ての生徒が自宅へと戻るわけではない。家の都合で夏休みの一時期だけ帰省する生徒だっている。そしてそれらに必要な入寮許可証の配布や一時帰宅の生徒の取りまとめ、そして夏休み期間の学校の自治も生徒会に一任されているのだった。

「悠里、アイスたべる?」
「食う」

マニュアルによれば生徒会というものは王道転校生を追いまわして留守にしがちなのだけど、運の良いことに悠里の仲間たちはわりとそうでもなかった。最近は全員がこの生徒会室に揃って仕事に取り組んでいるのである。…まあそれは、転校生を追いまわす必要がないというせいもあるとは思うけれど。
王子様然としたきらきらの副会長にカップアイス(高いやつだ)を手渡され、悠里は膨大なリストを眺めながらひとつ伸びをした。手を濡らすアイスの冷たさがここちよい。

「書類に零すなよ」

クーラーの真下の椅子に座って簡単な仕事を受け持ってくれている柊が、そんなふうに笑った。零さないって今は、と心のなかで答えて、悠里はかるく肩を竦めて応じる。

…柊は、あの第二音楽室での一件いらい、まったくのいつもどおりに悠里に接した。あの時みせた背筋がぞくぞくするような真摯なまなざしも熱を孕んだ声も、素振りひとつ見せないで何事もなかったようにちょっと口が悪くて手も足も早いいつもの柊のままである。それにちょっと拍子抜けをするような気もしながら安心もしている悠里もまた、だからいつもどおりに柊に接していた。

それが柊のやさしさだと、悠里はわかっている。…悠里はまだなにも決められないでいると、きっと柊だって分かっているのだ。なにかをして、なにかを決めて、そしてこれまでの関係が変わってしまうのが、こわい。柊があんなふうに悠里に想いを伝えたことだってとてもこわかっただろうに、悠里はひどく臆病だから。

「ほら」
「お疲れさま、柊。はい、きみにもアイス」

書類の束を渡してくれた柊に悠里がありがとうというよりさきに、輝かんばかりの笑顔で寄ってきた副会長が柊の肩を掻っ攫って持っていってしまった。あとで礼を言っておこう、と思いながら、悠里は手の中のアイスをちらりと見て、それから時計のほうを見る。ノルマは達成していた。

生徒会室に柊がいると副会長とかの仕事が早いのでたいへんよろしい。普段サボりがちというか賑やかし担当な会計までさっきからフル回転で働いているので、今日は効率がよかった。

「休憩だ。…アイス、クーラー入ってるからすぐ溶けるぞ」

悠里の代の生徒会は基本的に仲がよかった。なんとなくあの一件以降柊との噂が新聞部に取り上げられていないから、一時期のように生徒会室に居づらくもない。一番の原因は、たぶん悠里の親衛隊あたりから始まった噂が原因だろうと思う。

…やっぱり悠里さまは、転校生にちょっかいを出していただけだった。

いままでどんなに親衛隊の可愛い顔をした少年たちに迫られても軽くあしらうだけだった悠里は、そんなところもあって「氷の生徒会長」と呼ばれてきた。それが、急に柊との熱愛報道やらなにやらがあったせいでようやく氷が溶けたのか、とかいろいろいわれていたのだけれど、ぱたりと急に熱愛報道が止んでしまったせいである。

悠里さまの興味が満たされたから、きっと二人の間の関係は解消されたのだ。

その噂は急速に学園のなかに広まった。真実は柊と悠里、あとは雅臣や椋しか知らないわけだ。新聞部が悠里と柊の記事を書かないことがその裏打ちになっているのだけれど、きっとその後ろには椋がいる。面と向かって聞いたことはなかったけれど、きっと兄の気持ちを汲んでくれているのだと、かってに柊は都合よく解釈しているようだった。

「柊、あーん」
「誰がするか!」

ピンク頭の会計にスプーンを向けられて、柊はさっさとかれの傍から逃げ出している。それをなんとなくみながら、悠里はバニラアイスをスプーンで掬った。甘くておいしい。ごく一般的な中流家庭で育った悠里にとって高校の生徒会の冷蔵庫にこんな一個何百円もするようなアイスが備品として備わっているというのはわりと意味がわからなかったのだが、とりあえず利用できる物は利用しようとこっそり積極的にアイスを食べていたりする。

「ほら柊、いちご味」
「だから普通に寄越せって!」

今度は副会長にスプーンを差し向けられた柊が悠里のそばまで逃げてきた。どうやら柊のぶんのアイスはチョコだ、と思って、ひと口くれないかなあとちらりと柊の顔を窺う。副会長を威嚇していた柊が視線に気付いて振り向いた。なんだかんだいって一緒に仕事をするうちに、かれらに対して少しずつツンデレのデレの部分が現れはじめたんじゃないかと悠里は思っている。たぶん柊に言ったら殴られるだろう。

「…な、何だよ、悠里」
「いや、」

今はいちおう氷の生徒会長なわけで、チョコひとくち、と素直に言いづらい立場だ。真っ直ぐ鋭い悠里の視線に見つめられてたじろいだ(ふりをした)柊が、そんな悠里の意向をくみ取ったらしくちょっと口の端で笑った。

「な、バニラ食べさして」

そういって手を延べてくる。目線でありがとうと訴えて、悠里は柊のカップアイスと自分のをとりかえた。チョコもやっぱり美味しい、と思いながら舌鼓をうつ。

「あ、会長ずるい!」
「柊、俺もチョコ食べたい」
「だああ、お前ら俺のぶん全部食ったら殴るからな!」

…結局氷の生徒会長がちゃっかり全種類のアイスを食べ比べることに成功したことに気付いたのは、柊だけだった。と、思う。たぶん。





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