main のコピー | ナノ
局地的パラノイア




なんていうかこいつに関しては色々アレすぎて、特段突っ込む気も起きない。

「悠里、とりあえず俺の後ろから離れんな」
「お、おう…」

柊早く戻ってこないかなあとかぼんやり考えながら、俺はツッコミ役って大事だなあと身に染みて思う。俺は現在氷の生徒会長なのでなんでこんなことになってんだよ!とか間違ってもツッコミを入れられないわけだ。いつもならそれを担当してくれる柊は、運悪くクラスの明るい人気者とのイベント中である。たぶんどっかで次の大会、俺が活躍するとこ見ててくれよな!とか言われてるんだろう。ご苦労様です。

「…ッ!」

なんて呑気に油断してたら雅臣の腕に思いっきり引っ張られて俺は盛大にバランスを崩した。顔面からその背中に激突する。鼻打った。いてえ。

「大丈夫か?」

全然大丈夫じゃねえよ、と言い掛けて背後を振り返り、俺はその言葉を飲み込んだ。…なにこれ。長机?よく会議やなんかで臨時に使う折りたたみのアレが、まあこの学園のだから高くてしっかりしたやつなんだけど、俺のギリ後ろに突き刺さっている。雅臣が引っ張ってくれてなきゃ今頃酷い目にあっていたことだろう。背筋が冷えた。

「さっさと抜けるぞ」

でもまあ俺は氷の生徒会長なので、とりあえずそういって雅臣を促す。やつはにっと頬を釣り上げて軽くうなづき、俺の手を引いて駆け出した。…あの、雅臣さん?ちょっと走るの早いです。

現在位置、帝豊学園物品倉庫。

「なんで俺まで巻き込まれなきゃなんねェんだよ…!」
「ごめんな、悠里。でもぜってェ守るから」

安心しろ。そうやっていった雅臣の声はいつになく真摯だったがこの状況はなかなかにまずい。このくらいの規模の学園ともなると備品の類は山ほどあって、それを保管する倉庫もかなりの大きさになる。椅子やら机やらはたまた保健室用だろうベッドに、たぶん陸上部が使うんだろうハードルだとかそういうのまで雑多になって置いてあった。

ふつう生徒が入る必要のないそこになんで俺たちがいるかっていえば、まあ誘い出されたってわけなんですけどね。雅臣が。

いつもいつもこのパターンだ。ことごとく俺はこいつに巻き込まれる。こいつが俺を助ける。そしてフラグが立つ。すると麻里がよろこぶので、俺もやぶさかではない。

「毎度毎度ご苦労なこったな」
「好い加減に痛い目見せねえとだな」

とどのつまり、薄暗いこの倉庫に呼び付けられた生徒会長、即ち俺を助ける為に、こいつが来たというわけである。誰もいない倉庫に俺がきょろきょろしていたら血相変えた雅臣がこの倉庫に入って来てゲームスタート。がちゃんと外から鍵をかけられた挙句こんなふうに机が降って来たり本棚が倒れかかって来たり、ここまでするならもう銃とか使ったほうがいいんじゃねえの?と雅臣が呟くくらいにはえげつないトラップが張られたこの倉庫を、俺たちは逃げ回っているわけだった。

これは雅臣を標的にしたものらしい。やつは不良だとかの矢面に立つ役だから、従って襲撃の手段もひどくなるってことだ。俺なんかだと柊ラブ!な周りに絡まれるくらいだけどな。

「おい、これどうするんだ?こっちは相手の位置もわかんねえし、不利すぎんだろ」

俺という足でまといもいることだし。内心で付け加えてちょっとむなしくなりながら痛いくらいに俺の手を握る雅臣に声を掛けると、こんなに走ってる上に障害物を蹴ったりぶっ飛ばしたりしているとは思えない汗ひとつにじませていないイケメンが笑って俺を振り向いた。ちょっとイラっとする。

「大丈夫だって。…せっかく悠里に良いところ見せるチャンスだしな」
「…」

呆れてものも言えなくなった俺の目の前で、そうこうしているうちに雅臣が飛んで来たコンパスを二本の指で挟んで止めたりしている。向こうもえげつないけどおまえも相当わけわからんぞ。

「近いな」

コンパスをポイ捨てした雅臣が呟く。それから俺を体操部のものだろうマットの間にぐっと突っ込んで、隠れてろなんて言ってからものすごい勢いで加速した。

「ま、待て雅臣!」

こんなところで放置すんな!むりに狭いところに突っ込まれたせいで身動きが取れない俺には、雅臣がなにをしているかなんて見えっこない。だけどどうやらこの襲撃犯のだれかを発見したらしいことはわかった。だってなんか痛い音聞こえるもん。俺が氷の生徒会長じゃなかったらぶるぶる震えていたいところだ。麻里、お兄ちゃんは怖いです。

なんとか出ようとして左腕ががっちりマットに食まれて無理で、俺には痛い殴打音と悲鳴とボソボソした話し声を聞いていることしか出来ない。なにを話してるんだろう。多分雅臣の声だと思うんだけど、内容まではわからなかった。

「…オーケー、悠里。出て来ていいよ」

なんて思っている間にむこうは静かになった。早ぇよ。なにが起こったのかは考えたくない。雅臣は喧嘩にばかつよいから負けるなんてのはないだろうけど。

いや出れねえから!挟まってるから、俺!というのを氷の生徒会長語に直すとどうなるのかしばらく考えていたら、焦れたらしい雅臣がマットに挟まった俺を覗き込んだ。精いっぱい潰れた顔で睨むと、ぷ、と雅臣が笑う。それからふいに手を延ばして、挟まってた左腕を圧迫していたマットを押し退けてくれた。ビリビリ痺れる左腕を振りながら左右を見れば、そこには三四人が転がっている。ぐったりしてるから多分意識はないんだろう。

…俺がこういうときに見るのは、決まってすべて終わったあとの光景だった。転がされてる犯人とか、そういうの。それが雅臣なりの配慮なのかそれともこいつ実は喧嘩するとき魔法少女とかに変身しなきゃいけなくてそれを俺に見せたくないのかは俺にはわからないしわかりたくもない。唯一分かるのはこいつが変身するならブラックだな、ということだ。

「終わったのか?」
「ん。…こないだよその学校と派手にトラブった奴ら居たろ?そいつらの仲間。休学処分の取り消しを要求、だってよ」
「ふうん」

風紀委員がやる分野ってのはいうなれば巨大なこの学園の薄くない闇全般だ。俺にわかるのはそれは先生がやる仕事だろってことくらいである。さすが王道学園。

「怖い思いさせて悪かったな」
「は、こんなん怖いうちに入らねェよ」

氷の生徒会長らしく冷ややかな目で雅臣を睨みつけると、奴は嬉しそうに破顔した。え、なにマゾなの?と俺が思ったのもつかの間、その腕が俺をぎゅうと抱く。やめろ変態!と喚いても、無論俺にその力のはいった腕を振り払うことは出来なかった。

「よかった」
「よくねえ!離せ!」
「な、今日もカッコ良かっただろ?そろそろ俺に惚れたか?」
「誰が惚れるか!Fカップになってから来い!」

ぎゃあぎゃあ喚いていたら雅臣が笑いながら俺の拘束を緩める。さっさと硬いばかりの雅臣の胸板から抜け出せば、雅臣はすっと目を細めて笑った。くそ、変態のくせにイケメンなのが腹立たしい!

「Fカップなら勝ち目あるんだ?」
「は?」

柊ちゃんに。と付け足した雅臣に、俺は今自分が噂の転校生と熱愛報道されている氷の生徒会長であることを思い出して盛大に焦った。やばい。完全にその設定忘れてた。

「な、悠里、どう?俺にしない?」

…いや、キモいだろ冷静に考えて。

俺の理性の部分がとりあえずブラジャーのなかにたっぷり詰め物をした雅臣を考えたところで結論を出した。ちなみに俺のなかの想像ではこいつのブラジャーは黒だった。顔が良くてもキモいものはキモいことがよーくわかった。

「…いま悠里めちゃくちゃ失礼なこと考えなかった?」
「…、なんの事かわからねェなァ」

用事が済んだならもう俺は戻るぞ二度と俺を巻き込むんじゃねえ!といいながら倉庫の扉まで走ったのはいいけれど、外から鍵かけられててどうしようもない。そんな俺をにやにや笑いながら雅臣が扉を破壊したんだが、扉壊せるなら最初っからそうしろよ!と俺が叫びたくなったのは当然だと思う。





top main
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -