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堀内の顔が晴れて安心をして、そうか、とおおらかに俺は頷く。もうすこしで俺は四年になるし(願望)、こいつもいまの俺と同じ、遊び呆けられる最後の一年となる三年生になるはずだ。もう出会って二年になりかけている、というのが意外な驚きをもって俺の胸に浸透をする。もう二年にもなる。あっという間だったような気がしたけれどそれまでに乗り越えたぎりぎりの単位との時間を考えるとそうでもないような、微妙な気分。

堀内の声は、震えている。だから俺は先輩風を吹かせてひとつ頷いた。たとえ堀内の口を飛び出すのがどんな文句でも、受けとめてやろうと思った。…いつも俺が甘えているから、だからたまには頼ってもらいたいと思う。

「…先輩が俺に好きだっていってくれたとき、俺は先輩が好きだっていいました」

なにも考えるまえに、俺はそれを受け入れて頷いた。ゆっくりと夜風に酔いが浚われて、胸のあたりがすうっとする。聞かない方がいいような気がする、と思いながら、俺はゆっくりと心臓の音が早くなるのを自覚した。

「…そのとき。びっくりして、それで。咄嗟に。…それを、」

ずっと、謝りたくて。

耳の傍でパンッと風船が割れたらたぶんこんな感じになるんじゃないか、っていうような感覚といっしょに、俺は反射的に頷きながら胸をせり上がるものを呑み下そうといっぱいいいっぱいになった。この感覚は、あれだ。ものすごく上手なミステリを読んだ時、最後の種明かしのところで覚える感覚に似ている。全ての謎が解けていく、霧が晴れるあの感覚。

「…そっか」

堀内は、やさしい。それは紛れもない事実だ。…もし堀内が、あの旅行の夜のことを覚えていたら?酔ってなんとなく口にした言葉でキモいくらい混乱した俺のことを覚えていて、それでそのあと好きだ、なんていわれたら、いくら鈍くてもその言葉で告白する踏ん切りをつけたことなんてわかってしまうだろう。…堀内は、やさしい。きっとそんな気がないのに俺の背中を押してしまったことを、きっとすごく後悔して、申し訳なく思うだろう。そういうやつだ。だから好きになったんだけど。

そんな堀内が、俺のその突然の告白を、断れるわけもなかったということだ。自分できっかけをつくってしまったのだから、責任を取らなくては。そんなふうに思ったのかもしれない。ありえる。…恋人らしい触れ合いがないのもほんとうは堀内が俺のことを好きではなかったのだとしたら、すごくつじつまがあった。なるほどそういうことか、と、まるで探偵が謎を解き明かしたような気分である。なるほど。

その瞬間、俺の胸のなかのこのくるしさとせつなさは、そのすっきり感に凌駕された。われながらそれってどうかと思うんだけど、なんだかんだミス研に入って俺もミステリに毒されているらしい。俺はあの、謎が解き明かされる感覚がたまらなく好きだった。そして今目の前で起こっている事実の視認はすごくそれに似ている。だから、まだ、つらくはなかった。

「あの旅行の夜」

三歩先で、堀内が続きをはじめた。まだこの続きがあるのかとどこか恐れるような、そしてまた目を背けていた謎が解けるのを心待ちにするような気持ちで、俺はそれに聞き入る。

堀内は、なんで俺を好きになったんだろう。この一年間、ずっと謎に思っていた。謎に思っていたけど答えを聞くのが怖くて聞かないでいた。それの解答編が、これだ。びっくりするほど冷静になっている俺がいてびっくりする。堀内の形の良い眉がぎゅっと寄って、まるで叱られている子供のような顔をしていた。

「俺は酔っていて、…言っちゃいけないこともわからないで」

拳を固めた堀内の手のなかで、ビニル袋がくしゃりと音を立てる。中でチューハイとビールの缶がぶつかる澄んだ音がした。夜の風が、つめたい。俺は足の指先から血液が急速に冷えていくような感覚に襲われる。…もし堀内が、そのやさしさからこの一年間ずっと俺に付き合ってくれていたのだとしたら?なんとなく一緒に飯を喰いに行ったり、見たい映画を駄々こねていっしょに見に行ったり、あと、たくさん。そういうのを、酔って言ってしまった一言から俺に告白させてしまった罪悪感で付き合ってくれていたのだとしたら?…それは、あんまりに、かわいそうだ。俺は男で、かわいくもやわらかくもない。ちなみにかわいげも胸もない。それに好きだって言われてうっかり好きだと返してしまい、なんとなく付き合ってるみたいな感じになってしまってなし崩しに一年もずるずると経ったらそりゃあつらくもなる。罪悪感でいっぱいにもなるだろう。堀内はやさしいから。

「そんなので始まってしまったのが、許せなくて」

堀内は目を逸らしはしなかった。…思えばあの旅行の夜も、告白に返事をくれたときも、堀内は俺の目を見ていなかった。それはもしかしたら堀内なりの、せいいっぱいのSOSだったのかもしれない。

もうしわけなさでいっぱいになって、俺は思わずスニーカーのそこで地面を蹴っ飛ばす。それで三歩の距離を詰めて、息を呑んだ堀内の目の前で立ち止った。堀内の震えた息が、俺の前髪を擽る。

「…ごめん」

どくん、と耳の傍で心臓が鳴った。そのまま弾け飛んでしまいそうなくらいに脈打ちはじめるそれ。たぶん今、やっと動きを再開したんだと思う。と同時に眩暈がしそうなくらいにショックを受けてつらくてくるしくて泣きそうで、それでもどこかでちょっとすっきりしてた。なるほどこれで、ぜんぶに説明がつく。

「気付いてやれなくてごめん、堀内」

目を逸らした。それはせいいっぱいの、俺の、俺は最初っからずっとお前のことが好きだったよっていう自己主張で、それでもそれを言葉にするには俺の酔いは醒めすぎていたから、だから俺はゆっくりとあとずさる。肩が触れ合う距離にはいつもいたけれど、こうして真正面から近づいたことはなかったことに気が付いていた。…俺はなんて舞い上がってたんだ、ばかか。はずかしくて、たまらなくなる。

堀内はやさしすぎた。俺を拒むにも、拒絶するのにも、受け入れるにもその罪悪感をなかったことにするにも。そんなところが、好きだと思う。

「…秋良先輩、俺は」

袋をぶらさげていないほうの手で堀内が俺に手を伸ばす。ほんとうにいいやつだよ、お前。でもそれ以上何か言ってしまえば絶対に泣いてしまう、と思ったから俺は黙った。泣いてしまえばまた堀内は、俺にやさしくしてしまうから。

あきよし。俺の名前を、堀内が呼ぶ。最初の自己紹介のときに先輩が俺の名前を素で間違えてあきらと紹介したせいでほかのサークルのメンバーにはあきらくんとかあきらせんぱいとか呼ばれているから、ちゃんと俺の名前を呼ぶ堀内のことを余計意識してしまったことを鮮明に思い出していた。甘酸っぱい中学生か、俺は。

「ごめん。」

それで俺は、いたたまれなくなって堀内に背中を向けて走り出していた。スタンディングスタートで全速力を出すのは高校のときの校内体育大会で出た1500メートル走以来だなーと具体的なことを考えながら、思いっきり早く。先輩、と鋭い声が俺の背中に突き刺さるのからすら逃げるくらいのスピードでっていうか思いっきり聞こえてるごめん、とりあえず先延ばしにしたくて逃げる。中学高校と陸上部だった俺についてこれるわけもない堀内があのだいだいにひかる街灯の下で立ち尽くしているだろうことからも目を逸らして。冷たい風が目に沁みた。





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