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翌朝、二人がアルメリカに連れられてきた結婚式場は、首都アリアでも最も大きなところだった。やはりラドルフがいかに権力を持っているかわかるというものだ。かれが顔役をつとめる工場地帯の関係者が参加しているだけあって、ひとに溢れかえっている。部外者であるふたりが混じっていてもなんら問題はなさそうだった。

「…すごいな」

モニカに会いに裏へといっているアルメリカがいないので、ふたりは手持無沙汰に式場を歩き回っていた。主賓は未だ到着していないし、証人は多い方がいいと郁人がいったから、問い詰めるのは式が始まってからということになっている。

それってつまり、派手にやりたいってことだろ?と洸がいえば、宣伝になるしな、と郁人が答えた。ますます武力で何とかするたぐいの依頼が増えそうだと思いながら、洸もそれに同意している。かれの口八丁がこれだけの人数をあっと言わせるところを、見たい気もしていた。

むかしから、洸は郁人をどこかの頂点まで押し上げる気でいた。

「俺はおまえを、たかが大公の次男坊で終わらせる気なんか、ちっともないんだぜ!」

それは幼い腕白な騎士見習いの夢物語であったけれど、洸は今もその気でいる。かれが望むのなら、そうだ。大陸中に知れ渡るカインの活躍よりも、郁人の活躍を広めてやろうという気でいる。それを話せば、いつも郁人はくすぐったそうに笑っていたけれど。

「…久しぶりだな、こんな格好をするのは」

襟元のタイを緩め、郁人が照れたように笑った。嘗てはこんな礼服ばかり着ていたけれど、自由の国に来てからはずいぶんと砕けた格好ばかりしているせいで、久々に袖を通した礼服が動きにくいらしかった。

「俺なんて、こんな格好したの、学校卒業しておまえんとこに挨拶にいった時くらいだぜ」

モニカの父が手配してくれた礼服は仕立てがよく、おかげでそれぞれ思い思いに着飾った参列客の中に混ざっても見劣りはしなかった。郁人などお得意の笑顔を振りまいたものだから、先ほどからひっきりなしに女性たちに黄色い声を掛けられているくらいだ。
洸もちらちらと視線を向けられてはいるのだけれど、如何せんかれは表情がよろしくない。女性たちを威嚇してばかりいるせいで、結果的に郁人の傍に寄ってこようとする娘たちまで遠ざけることになっていた。

「あのときのおまえの顔!」
「うるさい!言うな!」

郁人は肘で洸の脇腹を突っつくと、見事なステンドグラスを見上げるのをやめて暇つぶしの矛先を洸に向けたらしかった。そのままじっと洸の翡翠のいろをした瞳を見つめ、唇の端をにっと上げる。

「おまえがあんなにおれに殊勝にしているところは、はじめてみたもんな」
「あれはだな、あの日くらいはって…!おまえ、俺がどんな思いでおまえのところに行ったと思ってるんだ!」
「ほほう?どんな思いだ?いってみろ」

歩き回る足を止め、郁人はやわらかな二人掛けのソファに腰かけた。隣をぽんぽんと叩く。項垂れてそこに座り込んだ洸を、なおもにやにやした顔で眺めている。郁人は洸をからかうのが、面白くてたまらないのだ。

「おれは、嬉しかったぞ?」

ふいにやさしく目を細め、郁人はそんなことを言った。洸がびくりと顔を上げ、思わずまじまじとその顔を見ている。かれの口からそんな殊勝な言葉が出るとは、と、さっきの台詞をそのまま言い返してやりたくなった。

「おまえが無事に、あの厳しいと言われた騎士学校を卒業したんだからな」
「おまえは俺の親か!」

呆れたように頭をかかえ、洸は考えるのをやめてただひたすらに時が経つのを待った。騎士学校を卒業したその足で、与えられた剣を手にかれのところへ向かったときのことを、洸はよく覚えている。かれのもとへ戻るのに、あんなに緊張した日はなかったからだ。

「…おかえり。それが洸の剣?これでおまえも、一人前の騎士だな」

騎士学校の卒業式のあと、教官に剣と激励を(特に洸は人の二倍ほど長く)受けたあとに洸は須王院家の屋敷に戻っていた。わざわざ妹を連れて卒業式を見に来て、おめでとうと馬鹿にでかい花束を渡しに来た郁人のはにかんだ笑顔にも洸は盛大に照れたのだけれど、もっと照れなければならない行事が待っている。

「あー…、その、なんだ」

かれの兄も、かれの父も着た礼服はかれの雰囲気までも呑みこんで、洸を立派な騎士に見せていた。金銀の鋲も金糸の縁取りもかれの黒髪によく映えて、見違えるようだったといつも郁人はいっている。

いつものように中庭の白い椅子に座っていた郁人は、いつもと違って静かに歩み寄ってきた幼馴染をにこにこと見上げていた。真新しい剣を腰に下げ、髪も整髪剤で整えられたかればかりが落ち付かなさそうにしている。それからかれは、郁人の手を取って、そして。

「もういい!もういいから!」

楽しそうに思い出話をする郁人を無理やり遮って、洸は立ち上がった。アルメリカの赤毛が、ステンドガラス越しにちらりと翻るのが見える。

「なんで。一番おれがびっくりしたのは、この後なのに」
「恥ずかしいんだっての!思い出させるな、ばか!」

声に気付いたのか、アルメリカがふたりを探しているようだった。行ってやらなくては、と思いながら郁人も立ち上がる。歩き出そうとしたところで、洸に腕を掴まれた。

「俺は!昔から今までずっと、お前の騎士のつもりだよ!」

大股で先をいく洸の背中を、郁人は笑顔を隠そうともせずに追い駆ける。二人の姿に気付いたアルメリカに手を振った。

「…そんなこと、しってるよ。おまえはおれの騎士だ。これからもずっとな」

何も無い所で盛大に躓いた洸を追い抜く。アルメリカもまたモニカの父が用意をしてくれていたドレスを纏っている。一目見てかわいいね、と郁人が褒めると、照れたように笑っていた。しかし今はそんな余裕もないらしく、勢いよく郁人の腕を捕まえると、乱れた呼吸を整える間もなく声を上げる。

「郁人、たいへん!たいへんなの!」
「…誰かに聞かれるとまずいことみたいだね。どこか部屋はある?」

郁人は少女の泣き出しそうな声にすっと顔を引き締めて、すばやく周囲に顔を廻らせた。式が始まる時間が近づいているので、先ほどよりも人が多い。最初に洸が話を聞いてきた八百屋の女将なんかも来ているのかもしれない。するとアルメリカは心当たりがあるようで、ドレスの裾を豪快に絡げ、ひとつ頷いて駆け出した。それを追おうと構えて、じれったく背後を振り向く。

「洸!早く…」

先ほどと同じ場所で立ち尽くしていた洸が口に手を当てて真っ赤になっているのを見て、郁人は困ったように小さく笑った。かれに駆け寄り、腕を掴んで駆け出す。ドレス姿の少女を追い掛ける礼服の若者二人に視線は集中したが、いつもなら苦言を呈す洸は、それどころではなかった。






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