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なんかよくわからないけど、柊が転校してきてからイベントが増えた。麻里に報告するネタに困らないので俺としてはありがたいことである。

「…おまえ、柊のなんなんだ」

まあ、巻き込まれるとちょっと困るけどな。今日はちょっとした書類を届けにきた職員室をでたところで、三年生の先輩に呼び止められた。でもって有無を言わせずイベント突入である。俺の前にはまえの風紀委員長、つまり雅臣の前任にあたるひとが立っている。ちなみに雅臣が金髪でちゃらちゃらしてるのに対し、こっちは黒髪で制服も着崩してない真面目なまさしく風紀委員長!て感じのひとだ。喧嘩はめちゃくちゃつよいらしいけど。

「何って…見てわかるだろ?」

しかし俺は氷の生徒会長なので、そういって冷笑を浮かべなければならなかった。柊とはいい友達です!とは言えない立場がうらめしい。ずっと通った形のいい眉のしたの瞳が剣呑な光をうつすのを、俺は見守るしかなかった。

「…あの子は、お前の戯れに弄んでいい人間じゃない」

氷の生徒会長と転校生。柊が好んで俺のそばにいるせいで、まわりからはおれが柊を誑かした感じに見えているらしかった。俺たちとしてはまあいろいろ言いたいことがあるけどお互い我慢している。俺が悪し様に言われるのを柊は憤ってくれるし俺の親衛隊なんかが柊を憎むのを俺は止めているから、まあお互いさまだった。

「…ホンキだって言ったら?」

柊はいい奴だしきれいだ。時々素の顔を出す時の柊はすごくかわいいので、こうして我が帝豊高校の有名人を次々篭絡していくのも当然といったら当然だろう。柊はたぶん気付いていないんだろうけど、ふいにみせるツンツンした態度のうらにあるやさしさにみんながメロメロ(死語)なわけだ。

「お前が相手でも潰すさ、東雲悠里」

かれが薄く笑う。きれいでこわい。どうしよう誰か助けて。なんてもちろん態度に出せないので、俺は意識してゆっくりと薄ら冷たい笑みをつくった。話はそれだけか、と言ってさっさと第二音楽室に逃げ込もうと思います、はい。

「…待て」

足早に前風紀委員長の前を通り過ぎようとしたところで呼び止められた。やっぱりただでは帰してくれそうにない。喧嘩なんてできないわけでこのひとは臨戦体制なわけで、さてどうしようかと俺が必死に考えていることなどつゆしらず、かれは俺の腕をがしっと掴む。痛いです先輩。

「…おい!」

内心ダラダラ冷や汗をかいていた俺の前に天使が降臨なさったのはそのときだった。階段の上から聞こえてきた声。はっと俺の腕を離した先輩が、その声がしたほうを振り仰ぐ。

「…柊」

柊マジ天使!階段を駆け下りてきた柊が、俺と先輩の間に割ってはいる。なにがあった、と目線で尋ねた柊にかるく首を傾げれば、それだけでわかってくれた柊が先輩に聞こえるように声を上げた。

「なんで喧嘩してんだよ!」
「…お前には関係ない」

そういってくれたおかげで、俺は自然に先輩に背を向けることが出来る。むこうからすれば今の会話を柊に聞かせたくない的な感じになるはずだ。柊ありがとう!と内心で超感謝をしながら俺はさっさとこのプチ修羅場を抜けようと足早に立ち去ろうとした。

「柊、下がっていろ」

…のに、空気読めない前の風紀委員長はふつうに柊の前をすり抜けて俺に追い付くから困ったものである。困ったものである。たいせつなことなので二回繰り返したはいいけれどこれどうしよう。柊がおい、とその腕を引くけれどこの先輩もここまできたら俺よりかっこいいところを柊に見せたい訳で、このひとは真面目だけど喧嘩めちゃくちゃ強いわけで、俺はといえばそこらへんの風紀委員Eとかより喧嘩に弱いわけで…。

「柊、この男はお前を興味本位で構っているだけだ」
「…」
「悠里はそんなやつじゃない!」

氷の生徒会長が急に柊に構ったり一緒に過ごしたり果ては熱愛報道までされたってのはやっぱり色んな憶測を呼んだ。主流なのは俺が「注目を集める転校生に興味を持った」とかそういうので、もちろんそれは柊を好きなやつらにとっては好ましくない事態である。なんてったって柊は俺様生徒会長ルートまっしぐらなんだから。

で、柊もまたマニュアルどんぴしゃりの素晴らしい模範回答をしてくださった。見る見る先輩の表情が険しくなる。

「…気に食わないな」
「…ッ」

うわあああ。

うわあああああ。俺の顔の真横の壁がぼろっと。ぼろっと崩れました。かれのパンチで。これ腹とかに入れられたら俺死ぬんじゃないかな。なんて俺は態度に出せないので、耳のすぐそばに先輩の拳をめり込ませたまま俺は氷の笑みを浮かべたよ。浮かべましたとも!

「…柊、離して」

振りかぶられた二撃目を止めてくれたのはやっぱり柊だった。内心冷や汗ダラダラの俺を今度こそ沈めようとした先輩の腕を掴んでいる。柊が喧嘩に強いってのもほんとうなんだろう、振りかぶられた腕をああして抑えているのだってそうとうな力が必要なはずだ。

「やめろ」

そしてそうやって冷たく凝った声を出した柊に、先輩の顔色が厳しくなった。いやに優しい手つきで柊のてのひらを腕から外す。敵意と憎悪をしっかりと孕んだ目線にぞくっと背筋がふるえた。…えーとこれはつまり。

「そんなにこの男が大切?」

ですよねー。
俺を特別あつかいして庇いまでする柊は、そりゃ先輩からすれば気にいらないだろう。しまった、といった顔をした柊がゆっくりとかれの腕に押し退けられた。

まああれだ。俺は結果的に柊が俺を庇うとこまでお見通しみたいに余裕の顔をしていたことになる。完全に柊が俺にむけている気持ちを弄んでるみたいにして。

「悠里ッ」

柊が呼んだ名前は俺のものだった。それがますます先輩を煽る。叩き込まれるそのめちゃめちゃ痛そうな拳を、俺はもう甘受するしかない。

…と、おもった。

「どう、悠里?俺カッコいい?惚れた?」

なんて巫山戯たことをいいながら俺と先輩の間に割り込んできた背中を見る、その瞬間までは。
目の前で揺れる金色に、俺は思わず背中を壁に押し当てて座り込みそうになった。安心感?みたいなものが否応なしに俺を侵食する。

「…ま、さおみ」

生えてきたの?地面から?ってくらいのタイミングで現れたそいつ、つまり現風紀委員長は、先輩の拳をものすごいいい音を立てて受け止めたらしかった。俺には雅臣のつむじしかみえない。

「センパイ、ここは可愛いコウハイに免じて許してよ」
「…僕は、お前が嫌いだ」
「……奇遇だな、俺もだ」

なんて先輩の声といつもより低い柊の唸り声が聞こえる。俺も俺も!とついでに参加しようと思ったけど自分でもマズいと思うくらいにたくさん助けられてる雅臣にそろそろ感謝の念を覚えかけていたのでやめた。やめたあとに氷の生徒会長であることを思い出して心底安堵する。あぶなかった。

「ハイハイ、邪魔者は退散すりゃいいんだな」

せっかく話し終わるの待っててやったのにとか凄く聞き捨てならないことをいいながら、雅臣は俺の腕を掴んでそばにある階段をずんずんと登っていく。背後で先輩と柊の低い話声がした。それをしっかり意識で追えないままに雅臣に引っ張られていくさなか、途中でさっき先輩が割った壁の破片を踏んで背筋が冷える。いまだけは雅臣に後光が差してみえた。

「…悠里、気をつけろよ。あいつキレるとなにすっかわかんねぇから」
「…あ、あ」

振り向いて雅臣がいう。反射的に返事をしてしまってから、俺は氷の生徒会長のことを思い出して口を噤んだ。俺本当に着実に俺様風紀委員長ルートのフラグ立ててない?と愚痴れる柊は階段の下で先輩のご機嫌とりだろう。申し訳ない。

「…な。いつも助けてやれるとは限らないんだから」

言いながら雅臣が目線を前に戻したせいで、俺には雅臣の後頭部しか見えなかった。だけどなんかその雅臣の声がめちゃくちゃ、なんていうからしくない真面目な声だったから、俺はついうまく切り返せなくて黙り込む。

「…助けてんだろ、毎回」

ようやっと口に出せたのはそんな一言だけだった。…なんかしらないけど何度となく雅臣には助けられてる。こんなふうに物理的な意味で危険の多い氷の生徒会長を演じるうえで、雅臣のこの計ったようなタイミングでの助けがなければやばかったことは何度もあった。本当なんなんだろう、こいつ。

「そりゃま、下心ありますから」
「…」
「そういう一瞬でも感謝した俺が馬鹿だった的な顔するなよ…めちゃくちゃわかりやすいっての」

心が読めるのかってくらいに的確に俺の内心を表現しながら、雅臣は結局ふたつ階段を登ったさきの屋上まで俺を連れて行った。

広がる青空。放課後だから、外で練習してる部活の掛け声なんか聞こえてきたりして。

「ほとぼり冷めるまで居ろよ」

風紀委員が使っている部屋はこの屋上にある。すごい調度品が豪華な部屋だ。なんかしらないけど余所から運び込んだらしい。風紀委員ってほんとなんなんだろう。

「…、すぐ戻るから、いい」

でもまあ雅臣のアジトとか一度入ったら大変なことになりそうなのでやめておく。いつも書類とか案件を持ってくると(こいつが俺からじゃないと受け取らないとか抜かすせいで俺が矢面にたつ)かなり長居をする羽目になるのを俺は忘れていなかった。

「ちぇー」

やっぱりなんか企んでたらしい雅臣が屋上のフェンスにもたれて頭の後ろで腕を組む。所在を無くした俺は、礼を言いたいのに(借りをつくりたくない)できないもどかしさをどうすればいいのかとりあえず考えた。…あの先輩マジ怖い。つぎ見かけたら全力で逃げよう。

「…ゆーり」

猫撫で声で、雅臣が俺を呼んだ。ぎくりと体を縮めてそっちを向くと、なんか雅臣がめちゃめちゃにやにやしてる。なんなんだ気持ち悪い。

「その顔かわいい」

…その?顔?
そこまで考えてはっとして慌てて首振って雅臣に背中を向ける。完全に今素だった。先輩の拳が怖かったのと助けられて安心したので完全に氷の生徒会長(笑)になってしまっていたことを自覚する。うわあああ。

「…」
「…褒めたのに」

お前わかっててやってんだろ!ってな雅臣の笑い声に、いたたまれなくなって駆け出した。もう第二音楽室に帰る!生徒会室に戻る気も失せた!

…と、思って階段に続くドアに飛び込もうとした俺が開ききらない扉に思いっきり肩をぶつけてしゃがみこんだのは、もうなんていうか、いっそしにたい。柊がいたらだからお前は!って笑い飛ばしてくれるからいいものの、今間違いなくその光景を目撃したのはあいつなわけで…。

「…ッ」

と思って見たくないのに振り向いてしまった背後では、雅臣が口元を手の甲で押さえてそっぽを向いていた。えっなにどういうこと、笑うなら思いっきり笑ってくれよ!と主張することもまあできないので、俺はじんじん痛む肩を押さえながら階段を駆け下りる。扉を閉めるときに、僅かに唸るような雅臣の声が聞こえた。

「…反則すぎんだろ…!」

…やっぱりあいつマジでわけわかんねえ。




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