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「…モニカさんから、我々のことはお聞きですか?」

通されたのは、工場長の部屋らしかった。仕立てのよいソファに腰掛けて、テーブル越しにモニカの父親へ郁人が穏やかに語りかける。

「あの子が探偵にも話をつけた、と言っていたのは聞きましたが、まさか本当だとは…」
「モニカったら、どこへいったのよ…、安心させてあげようと思ったのに!」

郁人のとなりで、アルメリカはそうとうご立腹のようだ。女性、それも若い娘の行動力はほんとうに称賛に値すると郁人は思う。洸はさっきから聞いているんだか聞いていないんだか、掌で火の魔石を弄んでいた。

「まあまあ。…お父さんとしましては、モニカさんが嫁ぐのはもう決定事項で、覆しようがないと?」

最初こそ胡散臭そうな目をしていたモニカの父だが、今となっては警吏の尋問に答えるような殊勝さになっている。これはひとえに、郁人の態度が関係していた。
世間一般にいう探偵と郁人は、かけ離れた存在である。物腰やわらかく礼儀正しいかれを無為に追い返すような真似は、モニカの父にはどうしてもできなかった。かれの様は探偵というよりは貴族や王族といったほうが正しい気すらかれは抱いている。…それも当然なのだが、かれに郁人の生まれをしることなど出来ない。

「ええ。あの子には申し訳ないことをしたと思っています。もちろん、リックにも…」

リックというのがモニカの婚約者なのだろう。かれの俯いた顔を見ながら、郁人はゆっくりと言葉を選んだ。家を出て国を棄てたころから、大好きだったあの小説は読まなくなってしまっていた。だけれど読んだたくさんの話は、今もあざやかに思いだせる。それのどれでも、カインは出来る限りやさしく周囲の人に接していた。だから郁人も、探偵とはそうあるべきだと思っている。かれは今まで一度も、どんな依頼も一度受けたら蔑ろにしたことはなかった。

「単刀直入にお伺いします。この工場の魔石に、ラドルフはなにをしたんです?」

驚いて顔を上げたモニカの父と、そして目を見開いたアルメリカの視線を一手にうけて郁人は涼しい顔をしている。あいかわらず、大したやつだと洸は笑いだしそうになるのを必死でこらえた。
これは相手が気弱そうな時につかう郁人の常套句であった。つまり、ハッタリである。勝手に相手の口から真相を語らせるそれを、この男は、優雅で穏やかな物腰で使うのだ。郁人の手の裡など何でもしっている洸だから分かるのであって、普通の人だったらころっとだまされてしまうのも無理はない。

「…そこまでご存じでしたか。…もともと、ラドルフさんはここ周辺の工場を一手に面倒を見てくださっている方でした。かれの庇護下へ入ってさえいれば、どんなときも安心だと。私がこの工場を始めたころ、先輩にそう言われたものです」

かくして郁人の思惑通り、モニカの父はつらつらと語り出した。穏やかににこにこと微笑んでいる郁人と、腹のなかでは笑いそうになっている洸以外、これが全くの新事実だということは誰にも分からない。アルメリカも、郁人とモニカの父を交互に見比べていた。いつのまに調べたのかと、そんな顔だろう。

「この工場の魔石が魔力を失いかけたときにも、ラドルフさんは快くかれの魔石の魔力を分けて下さって…。そして見返りとして、娘をと」
「魔力を他の魔石へ移したのか!」

口を開き、大声を上げたのは洸だった。びくりと身を竦ませたモニカの父が、視線を洸へと向ける。かれは呆れたようにため息をついて、相棒の横顔を見ていた。

「おいおい、じいさんといいこのおっさんといい、この国の教育はどうなってるんだ」
「いや、この国の技術上は出来なくもない、ってことだろう。…少なくともおれたちよりは、魔石に詳しいはずだしな」

森の共和国での教育は、初等教育より上は自身が好きな専門の学校へ進むこととなっている。例えばアルメリカは総合学校へと進んでいたが、技術者を目指すならばそういった方面の専門学校へ進むのが常だった。もとより騎士になるのならば騎士学校、と自身に見合った学校で教育機関すべてを過ごす海の帝国とは違うのだ。

「…なにか、いけないことなのでしょうか?ラドルフさんはこれで大丈夫だと仰っていましたが…」

おろおろと尋ねてきたモニカの父に、苦笑いをしながら郁人が説明をする。アルメリカは難しそうな顔をしていたが、じきに気付いたようで肩を竦めていた。

「魔石はもとは、昔滅びた魔法の力が欠片となって残ったものです。小さな魔石なら簡単な呪文の、大きな魔石ならおおがかりな魔法の…それはご存じですよね?」
「ええ、まあ…」
「ですから、ラドルフさんの魔石とあなたの魔石のもととなった魔法は違う可能性が大きいですよね?」

かれの口から零れた事実で、郁人が理論を積み重ねていく。魔石は消耗品だという概念は、海の国では当然だがここでは違うのかもしれないと今更ながらに思っていた。福利厚生の概念で考えると、森の国には些か不安が残る。

「おっさんのトコの魔石、ずいぶん不安定なエネルギーの供給してたけど大丈夫かよ?」

にやにやと笑いながら、洸がトドメを差した。顔面蒼白になったモニカの父が、身体を前に乗り出して郁人に縋るような顔をする。エネルギーが切れかけただけでジーンの窯のように不安定にエネルギーを放出する魔石に、種類の違う魔力を混ぜたのなら。近い将来、どうなるかは想像に易しかった。

「しかし、ラドルフさんはこれで安心だと…」
「ラドルフさんの前妻の工場が、すぐに潰れた理由はご存じですか?自覚なしにやっているとは、とても思えないんですが」

モニカの父は言葉を切り、はあ、と長い長いため息をついた。こころの何処かでは疑いを持っていた地元の顔役への疑いが、確固たるものになった瞬間である。かれはそして立ち上がり、郁人によわよわしく頭を下げた。

「探偵さん、教えてほしい。私はどうすれば…」
「…他でもないアルメリカの頼みですからね。婚礼なしにラドルフ氏を納得させればいいんでしょう?それにしても、ラドルフ氏にいい噂はないし、ちょっと懲らしめなければいけないでしょう」
「おまえっていう、やつは。本当にお人よしだな」

呆れたように洸が半眼になった。まさに地獄に仏、といった表情をしたモニカの父が郁人の手を取って振りまわしている。

「早く新しい魔石を手配したほうがいい。工場の規模が小さくなっても、ふつうの魔石を使うのがいいんじゃないですか?」

郁人にとって探偵とは、かれが焦がれた『カイン冒険譚』そのままに、ひとを無償に救うまさしく正義のヒーローだった。これだからこの幼馴染をほったからかしにしておけないのだと洸は思う。はじめて間近で、推理とも呼べない郁人の推理を見てぼうっとしているアルメリカをひとつ小突き、呆れたように洸も立ち上がった。

「で、どうすんの、郁人」
「決まってるだろう。明日直接、ラドルフを問い詰める」
「推理もクソもないな」
「いまさらじゃないか。おれはもっと、トリックとか、そういうのをしたいのに、入ってくる依頼はこんなのばっかりだ」

それではまた明日、といって、郁人が立ち上がる。何度も頭を下げるモニカの父と、だからいったでしょ!となぜか得意げなアルメリカを見ながら、洸はため息をついた。アルメリカを連れて部屋を出ていく郁人の背中を見送って、頭を下げっぱなしのモニカの父に呼びかけるのも忘れない。

「報酬のほうは、裏通りのパン屋の隣の探偵事務所までよろしく」

返事を聞く前に扉を閉めた。どうしたんだ?と言いたげにこちらを見た郁人に笑ってごまかしておく。またろくでもないことをしたんだろうと言いたげに肩を竦めて、郁人は洸が歩調を合わせるまで待った。

「問題のモニカさんにも会っておきたいんだけど、まだ帰っていないのかな」
「そりゃあ、婚約者と引き離されてオッサンと結婚させられるんだから、今日くらいは一日中婚約者といるんじゃないか?」
「それもそうだな…」

モニカの父は直に指示を出したらしい。すでに工場の動きは止まっていた。不安げにしているアルメリカに笑いかけ、郁人は安心させるようにその肩を掴む。

「おれたちに任せておいて。明日、婚礼の前に迎えにきてくれ。…あれだけ危険なことをしていたんだ、ラドルフはしばらく警察のお世話になるかもしれないな」
「…うん!ありがとう!パンはあとで届けにいくね!」

アルメリカは笑顔になるとそういって、工場を出るなり駆け出していった。祖父を心配しているのだろう。彼女はこころやさしい娘である。

「…俺達も帰るか。どうせ明日も、すんなり行ってくれるとは思わないしな」
「なんだよ、それ。探偵っていうのは、華麗に事件を解決するものだぞ」
「結局最後にはこいつでカタつけてんだろ」

洸がぽん、と腰の剣を叩く。だから用心棒なんかを依頼されるのが多いのだが、不可抗力だからしょうがないとかれ自身思っていた。剣の腕がいいという評判ばかりたち、それに即した依頼ばかり来るが、郁人はすべて探偵業だと勝手に脳内変換するのだから世話もない。

「それで解決するのなら、それでいい」
「はいはい、そうだったな」

洸は笑って頭の後ろで腕を組んだ。隣を歩く郁人の、なにひとつ疑わず前だけ見据える瞳がすきだ。視線に気付き洸を振り向いて、郁人が首をかしげる。なんでもないよと言い置いて、既に紫いろに傾いた地平線を見上げた。町には電灯がともり始め、通行人もちらほらと見えるだけになる。

洸の剣はもとより、郁人のためにあった。かれが望むのならどんなものでも斬り伏せて、かれの道を作るためにあった。それが洸の喜びだった。
いまは少し違う。かれと共に歩み、かれと共に苦しみ、かれと共に道を築いていきたいと、そんなことを思う。郁人の騎士というある種の枷が無くなって、洸もまた変わったのかもしれなかった。






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