雨を請うひと | ナノ


  8



「とにかく、オレはひとりで平気だって!だからお前は街に戻れよ」
「レベル2の身分で俺に指図か」

ぐしゃぐしゃ乱暴に頭を撫でられて、セツは思わず首を縮める。それからどこか慈しむようなせつなさを咬み殺しているようなそんな表情をしたレインが、その長い指でセツの唇をするりとなぞった。びくりと肩を竦ませたセツが何かを言おうとして、そして。

「―――!!」
「ちッと黙ってろ」

言葉が音にならなかった。
サイレント、沈黙の呪文と呼ばれるそれを掛けられたのだと悟ったセツが身体をバタバタさせるけれど、ひらかれたその唇から何の言葉も漏れ出はしない。静かになったセツを見て溜飲を下げたらしいレインがひとつ嘆息をした。なんて悪魔だ!と思いながらセツが街の方を指差してボディランゲージをしていると、それを見て笑い出すからこの悪魔はひどいものである。

言えなくなってしまった。お前を巻き込みたくないんだ、という一言は、まるでそれをレインが恐れたみたいにして魔法のうしろに押しとどめられてしまっている。きっとかれはそのひとことを、決して言わせてくれないつもりなんだろう。

「…」

なんとなく頭のどこかでかれを追い返すことは無理だと悟ってしまってから、セツはゆっくりとレインを見上げた。きれいな顔を笑み――、それはほんとうは、かれを無事に見つけられた安心だとかそういうのも含んだそれであったのだけど、そんな複雑な笑みで彩ったかれがセツの視線に気付いて片眉を上げる。

「俺を連れてく気になったか?勇者サマ」
「…」

あくま、と口の形で訴えかけ、セツは諦めてそっぽをむいた。さっさと歩き出す。その半歩後ろに歩幅を合わせるレインがむずがゆくて、セツは出ない声でばーかと言ってやった。まあオレは簡単に負けたりしないけどな!勇者だから!なんてユリアに聞かれたらこちらこそばっかじゃないの、と言われそうなことを考えながらである。

「…おじさんとおばさんから、気をつけて行っておいでってよ」
「…」
「挨拶しなくてよかったのか?一回戻ってもいいぜ」

なんて猫なで声を出すレインに首を振って、セツは意地でもレインを――ひいては森の奥にある街を振り返らなかった。勇者はいつだって、カッコよく旅立つのだから。

ホームシックも治まった。くだんの悪魔がついてくるのだからそれも当然だろうけれど、それを嬉しいと思ってはいけないのにセツはうれしいし、心強いと思ってしまっている。そんな気持ちを悟られるのは気恥かしいので、セツはいっそサイレントの呪文に感謝すら覚えていた。へたにくちを開いたら、きっとまたレインににやにやと笑われる。

「せーつ」

ぞくっとするような低い声で呼ばれ、セツは身を強張らせた。その大きな手のひらに肩を掴まれて弾かれるように顔を上げると、そこには二体の熊の形をしたモンスターがいる。ぼーっとしていたせいでちっとも気付かないでいたことに慌てて剣を鞘から取り出せば、全く先が思いやられるな、と笑いを含んだレインの声がした。

「森のモンスターよりだいぶ強いぜ?」
「…!……!」
「ああ、ハイハイ。で、俺を連れてく気にはなったか?」

様子を窺っているそれらを前に、レインはセツに意地悪く囁く。悪魔め、と内心でかれを罵りながら、セツはひとつも言葉が零れない唇をもどかしく開いたり閉じたりした。術を解くにしては法外すぎる対価を要求する悪魔についに降参する。

「…よし、これで俺達は晴れてパーティだな」

しぶしぶ、といった顔で頷いたセツににっと笑みを深くして、レインは再び指先でセツの唇をまさぐった。魔力がそこから注ぎこまれるのを感じて、いましめを解かれたセツは思いっきり叫んでやる。

「…この、悪魔ッ!」

…ケケケ、とまさしく悪魔のように、上機嫌なレインが声を上げて笑った。



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