雨を請うひと | ナノ


  1


十六歳の誕生日はよく晴れた。
いつもよりずっと早く目を醒まし、セツはめくるめくような期待に胸を躍らせている。十六歳。今日はセツの、神託の儀式の日なのだった。

この世界では十六歳に達すると、旅へと出る許可が得られる。戦士や剣士、黒魔導師や白魔導師、変わったところでは召還士や吟遊詩人など、そんなようなジョブについて世界を廻るのだ。
十六歳を迎えた若者は神殿へと行き神託を受け、天職となるジョブを与えられる。それを極めると違うジョブに転職することも可能だが、基本的には日常をそのジョブで過ごすことになっていた。ふつう、普段の生活からなんとなくあたえられるジョブもわかっているのだけれど、それでも神託でジョブを与えられると大人として認められるから、神託の儀式を迎える十六歳の誕生日は若者たちにとって特別な日なのである。

旅に出る。それは即ち、この街を出て王都を目指すということだ。そこまでの道のりでレベルを上げ、ときには人を助け、ときには魔族やドラゴン、精霊たちと契約を交わす。そうして人は強くなっていく。戦士であれば商人の護衛を受け持って生計を立て、魔導師であればパーティを組んでモンスターを退治する。吟遊詩人は勇者の伝説を語り継いでゆく。そうしてこの世界は、ゆるやかな時間を過ごしてきた。

「セツ、レインくんが帰ってきたわよー!」

神託の儀式のために、と猟師をしている父が昔使っていたロングソードをもらったセツは上機嫌でその剣を磨いていたのだけれど、いつも以上に料理に精を出している母にそう言われてソファから腰を上げた。きらめかしい剣をなめし革の鞘に入れ、窓のそとから街道を眺める。
セツの家は町はずれ、森のすぐそばにあった。この森には弱いとはいえモンスターが出るから、まちの子供たちのかっこうの訓練場所になっている。セツも昔はよく探検をしていたものだ。昔は街で指折りの白魔導師だったというセツの母がいるせいで、この家はよく子供たちの探検隊の駐屯地になっていた。拵えた擦り傷や怪我はセツの母が片手間に魔法ひとつで治してしまうから、子供たちの親も安心してかれらをちいさな冒険へと送りだすのである。セツもちいさいころはよく幼馴染の少女に連れ回されて、この森を朝も夜もなく駆けまわっていたものだ。

この街の森を抜けると、王都へと向かうための平原へと出る。そこまでの道は街道になって整備されていた。セツが窓のそとを覗けば、そこをゆっくりと歩いてくる影がいくつか見える。馬車があるから、すぐにそれが商人のキャラバンなのだと知れた。
王都から品物を仕入れるために、商人は時折こうしてキャラバンを組んで旅に出る。無論護衛が必要だから、まちでも腕ききの戦士や魔法使いがついていくのが常だった。そしてそんな護衛のなかに、セツの同居人もいるのである。

「迎えにいってらっしゃい!」
「えー…」
「ほらほら、その剣も見てもらえよ」

母と父に急かされて、仕方なくセツは家を飛び出した。悪魔みたいなその同居人はセツよりいくつか年嵩で、セツの家に居候をしがてらこうして町いちばんの魔導師として働いている。名前はレイン、といった。セツよりあたまひとつ背の高い、長く伸ばした烏の濡羽色の髪を背中でひとつに括っている青年である。造り物と見紛うくらいにとてもきれいな顔をしているせいで、街の女の子たちからとても人気が高い。セツの幼馴染の少女もかれに首ったけだ。それを思い出してなんとなく苦々しい気分になりながら、セツはキャラバンのほうに走り出す。

「お、セツ。いよいよ今日だな」

そしてレインは、黒魔導師らしい長く黒いローブを靡かせながら大股でセツのほうへと歩み寄ってきた。かれの向こうでキャラバンがそのまま街の中心部へと向かうのに、セツは思わず見とれている。テントのなかに見たこともないような品が詰まったキャラバンの馬車からちらりと見えたものはすべてとても魅力的だった。魔法のポプリが詰まったカゴのとなりにたばになった古い薬草がぶら下げられている。骨董品みたいな盾や剣も見えた。

セツはこうして行商品を見るのがすきだった。そしていつも、平原の向こう、王都に想いを馳せている。そのなかでいつもセツはドラゴンが飛ぶ平原を抜け、王都に行き、そして全ての冒険者が焦がれる勇者と出会い、聳える魔王城へと赴く。

「…せーつ」

首だけでキャラバンを追い駆けているセツの肩を引っ掴み、レインが猫なで声を出した。ひっと肩を強張らせて、セツが慌ててレインの腕を振り払う。それから嫌味なくらいにきれいなレインの顔を見上げて、鼻の頭に皺を寄せた。

この男が悪魔の化身であることなどセツはよーく知っているのだけれど、それを件の幼馴染に主張しても聞き入れてはもらえない。それどころか、男はちょっとイジワルなくらいがいいのよ!なんて言われてしまった。むかしから正直で素直で、まっすぐ純粋に育ってきたセツはひどくショックを受けたものである。そんなこともあって、レインはとても罪深い男なのだった。

「シカトかよ。土産はいらないのか?」
「いるいる!おかえりレイン、おつかれさま!」

しかしそう言われたとたんにセツはさっさとレインに対する子供っぽい焼きもちを放り投げる。すばやく態度を変えたセツを見て、レインはわざとらしくため息をついた。それからおもむろにポケットに手を突っ込んで、セツに小さな小瓶を手渡した。手の上できらきらと陽光を弾くそれを、目をまんまるにして見入っているセツの顔を意地の悪い笑顔で眺め、それからレインはその鼻の頭をぴんっと弾いた。

「あいたっ」
「相変わらず低い鼻だな」
「はいはい、なあ、何?これ」

適当にレインの軽口をあしらって、セツはその小瓶を太陽に透かしてみた。微量の魔力を感じるからたぶん魔道具かなにかなのだろう。それでもろくに黒魔導の知識がないセツにはそれがなんの意味をもつのかわからなかった。腕のいい魔導師や商人なら、ひとめでどんなものか分かってしまうのだろうけれど。

「かなり年季の入った聖水だ。掘り出し物だぜ」
「マジで!?うわ、ありがとう!」

口と性格が悪くても女の子にモテてもレインが悪いやつじゃないことはよくしっているセツは、それを聞いて思わず飛び跳ねて喜んだ。聖水には様々な種類があり、魔除けになるものや呪いを解呪するもの、毒を消すものや魔力を回復するものなどいろいろだ。どれもなかなかに高価で、駆け出しの冒険者には手が出ないような代物である。

「誕生日おめでとう。…これのことは、おじさんとおばさんが気を遣うから、秘密だぞ」
「わかった!大事にするな!」

セツのなかでのレインの評価がだいぶ上方修正をしているなか、レインはそして、なんともないふうにつけたした。ちょっとだけ笑っているから多分確信犯だろう。

「転んで割るなよ、もしかしたら呪いのアイテムかも知れねえからな」
「えっ、えっ!?」

大事に小瓶をしまい込んだセツが慌てて小瓶を取り出すのを見て、レインはにやりと心底性格の悪そうな笑顔を浮かべた。やっぱりこいつ悪魔だ!とセツがぎゃあぎゃあ文句を言っているのを楽しそうに眺めながら、レインはセツが腰から提げている鞘を掌で持ち上げた。平原にいるような中級モンスターを斬るにはすこし頼りないが、それでもよく手入れのされたロングソードがずしりと重みを持って存在している。レベルはようやっと十に届いたくらいのへなちょこだけど、少しは一端の剣士らしくなったものだとそんなふうにセツは自分で自分を思っていた。


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