三兄弟が山の下の街で死体で見つかったという報せは、日付が変わろうかという未明、屋敷に電話で報じられた。茫然とした顔の執事やミシェルを見ながら、探偵たちが一気に色めき立つのを、洸はため息をついて眺める。隣で郁人がじっと目を閉じている。苦悩と動揺を明確に刻んだかれの表情は、明らかに見通しを失った不安に喘いでいた。
「犯人は、この中にいる!」
高らかとそう宣言したとある探偵の言葉に、屋敷が沈黙に沈む。ふざけるな、だとか、そんなわけが、とか、そういった言葉は一つも出て来なかった。無論、執事やメイドの間からも。それはどう考えても、歴然たる事実だったのだ。
その台詞をすでに数時間前に聞いていた洸にとっては、何ら驚くべきことではない。郁人によれば、三兄弟が父の殺害を計画していたということは紛れもない事実であるということのようだ。先ほど混乱する屋敷の動騒を縫って侵入した三兄弟の居室で既に、洸は盗聴の魔石の音声を聞くマザーシップを発見している。
となればつまり、犯人は殺害計画を防いだうえで、自らが資産家の老人を殺害したということになる。だがしかしそれは遺産を目当てにしたものでは、無論なかった。…なにも掴めない、見えないなかで、郁人はそれでも何かを探り当てなければならないという焦燥に駆られている。
「…おい、ミシェル!」
そう切羽詰まった声が聞こえてきたのはその時だった。沈黙に沈んだ部屋で、視線が一気にそちらに集まるのが分かる。自然とそれに従ってそちらを向いた郁人は、ずぶぬれのケイがそこに立っているのを見た。
「警察から連絡があった、橋が落ちてこっちに渡れないらしい!」
ざわついたホールのなか、郁人の瞳が僅かに洸のほうにそよいだ。視線に気付いて郁人を見た洸が、何かあったのかと目線で問う。すると郁人は、軽く頷いて、それからホールのなかを見まわした。顔面を蒼白にして立ちつくしたメイドのほうを見て、それから哀れなこの屋敷の若き主人の顔を見て、駆け出した執事を見て、しばらく。
「出来過ぎてる」
と、呟いた。
山の中の洋館。断絶された陸の孤島。犯意なき殺人。何もかも出来過ぎだ。その奥に真実がありたぐり寄せるには、舞台が整い過ぎている。探さなければならないはずなのに、何を手掛かりにしていいかもわからない。わからないのにパノラマだけが組みたてられて、郁人は初めて経験する息苦しさにらしくもなく動揺していた。
「おい、郁人。忘れんな」
すると冷え切った郁人の手指を、洸がそう言って強く握る。いつもそうだ。洸は郁人が立ち止れば、この手を引いて歩きだしてくれる。そんなこと、郁人はとっくに分かっていた。だから弾かれるように顔を上げ、咽喉を鳴らして洸を振り仰ぐ。いまかれの、その言葉が欲しかった。いつだって郁人を認めてくれる、その瞳が。
「お前に出来ねえことなんてねえんだよ、わかったか」
「…、やっぱり、お前はおれを甘やかしすぎる」
口ではそういいながら、けれど郁人はその言葉に、ひどく救われた気分になった。何があっても自分の味方である存在は、気が付けばひどく成長をしている。不思議なものだった。
「…探さないと。何かがおかしいはずなんだ」
「おう。…ま、とりあえず、ここを出る手段もねえんだしちゃんと飯は食っとけ」
といってざわめく部屋でひとり運ばれてきたっきり誰の目にも止まっていなかった食事に手を付けた洸は、実のところかなり大物だと郁人は思っている。何か言う間もなく洸は郁人の分も料理を取ってきてしまったので、郁人はゆっくりと目を伏せる。
「少し待て」
「ん?」
「…だから、こういうところではちょっとぐらい警戒しろって言ってるだろ」
メイドや奉公人に見えないように郁人がポケットからがさごそと取り出したのは、小ぶりのちいさなフォークだった。透き通るような銀色をした、値が張りそうなそれである。
「何それ」
「ラインハルトに貰った。毒が入ってたら色が変わる魔石で作ったフォークだそうだ」
「…あー、あいつ毒とか盛られてそうだもんな」
白銀は色を変えることはなかった。少なくとも皆殺しにする気はないらしいと思いながら、郁人はあたたかなスープに口を付ける。それから自分が空腹だったことに気づき、ほんの少し呆れて笑った。肝心な時なのにちっとも慌てない騎士さまに、毒気を抜かれてしまったらしい。
「…ラインハルトに声をかけてきたんだが、橋が落ちたんじゃかれの助力は望めないな」
「でも、犯人はこの中にいるんだろ?なら逃げたらすぐわかるし、大丈夫だろ」
チキンステーキをナイフで切りながら、洸は小さく笑った。その物言いがあんまりで、郁人も思わず噴き出しそうになってしまう。―――郁人の好んだ探偵小説のなかには、殺人犯と同じ屋敷に閉じ込められたことを好都合ととるような人間は、決して出てこなかったから。
「で、これからの戦略はどうなんだ?名探偵」
「…そうだな、まずこの屋敷の情報を整理し直す必要がある。…この屋敷の奉公人すべてを把握する必要があるな。といっても、コックやメイドを含めても、両手の指で足りそうだが」
それから郁人ははっと我に返って、だから今はお前が探偵だって!と優秀な助手さまに喰ってかかったのだった。
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bkm