ごみぶくろ | ナノ

01/14(Sat):<子育て>


「…返してきなさい」
「いや、そういうわけにもいかなくて」
「さっさと返してこいこの犯罪者!!」

いきなりどう見積もっても二、三才児の子供を抱えて部屋に入ってきたあいつに、俺がそういったのは当然のことだと思う。かわいらしい子供服を着せられたその子、たぶん女の子、は、きゃいきゃいと楽しそうに笑いながらあの馬鹿の耳たぶを引っ張っている。

「じゃあなんだ、お前の隠し子か!」
「ちげえよ!!お前というものがありながら、そんなことするわけねえだろ!」

子供の前でなんてこと言ってんだ!けれどこの馬鹿がその子を抱えたまんま、途方に暮れた顔で俺のほうを見ているので、俺も黙って本を読んでいるわけにはいかなくなった。立ちあがって馬鹿のそばに寄ってやる。…まあ、こいつが言ったようなそんな関係である以上、隠し子だとか言ったらその場でドロップキックだったけどな。

「…貸せ」

俺の怒鳴り声になおさら楽しそうなその子を抱きとると、子供独特のお日さまの匂いがした。こいつに幼女を誘拐してくるような性癖がないことは俺が身を以て知っているから、なんとなく冷静になると、犯罪の匂いが消えてほっとする。子供は俺の腕にしっかりと抱えられると、まんまるい目でまっすぐ俺を見上げてきた。

「で、誰の子だよ。それより何で連れてきたんだよ」
「……アネキの子、らしい」
「…オメデトウ、啓介おじさん」
「問題はそこじゃないんだって、ちゃんと聞いて」

いつもは俺の尻に敷かれている啓介が真顔になったので、俺は仕方なく姿勢を正した。とりあえず茶を入れて来い、というのも忘れない。すごすごと立ち上がった啓介が台所に向かったのを確かめて、俺はふくふくやわらかいほっぺを惜しげもなく俺の頬に擦りつけている人懐っこい少女に視線を合わせた。

「お名前はなんでしゅかー」
「ももか!」
「ももかちゃん。…何才ですかー」
「さんさい!」
「三才。ちゃんと言えて偉いねー」

ちなみに俺たちはまだ大学生だ。高校時代からの友人といつのまにこんな爛れた関係になってたかは正直思い出したくもないが、俺は大学が近いからっていう単純な理由でひとり暮らしのこいつの家に転がりこんでいる。狭苦しいこの部屋には、紙おむつもなければ粉ミルクもない。まあ三才児なら必要ないけどさ。問題はそういうとこじゃなくて。

「…準、かわいい」
「頭沸いたこと言ってないでさっさと説明しろ」

何故か顔を赤くして子供とじゃれていた俺の肩を掴んできた馬鹿の腕を振り払い、俺はしっかりももかの両耳を掌で押さえてからドスの効いた声で唸った。ももかは教えた俺の名前を呼んではきゃいきゃいとはしゃいでいる。正直すごくかわいい。もともと俺は子供好きなのだ。でまあ、すごすごと向かいに落ち着いた啓介が、湯気の立つ緑茶を挟んで話し出したことには。

「…子供を俺に預けて、蒸発しやがった」
「……おいおいおい、マジかよ」

がくりとうなだれた啓介には大学二年生ってより窓際サラリーマンって言葉のほうが似合うね。間違いない。…こいつの家庭事情が最悪だってことは、俺もよく知ってる。家族とまだ連絡を取っていたのか、って時点でちょっと驚いたくらいだ。それといっしょにわかるのは、つまりこの子は、まだたった三歳のこの少女は、両親に見捨てられたと、そういうわけなのか。

「…あのさ、準」

ふつふつと俺の胸に怒りが湧いてくる。こんなかわいくて、無垢であどけない、自分の力じゃ生きていけない子供を、おいて居なくなったっていうのか。

「それで。…施設に預けるの、かわいそうだし。もし、もし準がよかったら、いっしょに」

俺の髪を引っ張ってあそぶももかは何にも分かってない顔をして笑っている。でもたぶん、わかってんだろう。三歳にもなったら親が誰かなんてことは知ってるはずだ。そこまで子供は鈍くない。この子はきっと、大きな十字架を一生背負って生きていく。俺の胸に湧き上がった怒りは、行き場を失くして俺の胸にとどこおっていた。

「…準、聞いてる?」

とりあえずお前のアネキのかわりに一発殴らせろ、と啓介に言おうとして顔を上げた俺は見た。湯気を上げる茶のみの間にちんまりと鎮座する、やけにきらきらしいちいさな箱を。

「…なにこれ」
「俺と一緒に、この子の親になってください!」

どうみてもお高そうな指輪が入った箱と、膝に乗ったちいさい生き物。突然俺の前に舞い降りた訳分からん自体に、俺が混乱したのもしょうがないと思う。

「給料三カ月分ってわけにはいかなかったから、その、バイト代三カ月分…。形だけだけど、その、さ」
「…」

何かいきなりいいムードになった。もう俺は訳わかんなくて、でも、その真剣な啓介の目はいやじゃない。思わず心拍数が上がる。…とても子供には聞かせられないような台詞といっしょに、啓介の馬鹿が俺の顎を掴みやがったもんだから、俺が慌ててももかの両目を覆い隠したのは言うまでもない。




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