ごみぶくろ | ナノ

07/02(Mon):<図書館>

本を捲ることが好きだ。言葉を手繰り、物語を追いかけることが好きだ。ざらざらとした背表紙に指を這わせることも、優しい白をした頁のむこうを透かし見ることも、紙媒体でなければ味わえないことだと思う。

「…」

こうして図書館に来て、何冊か、誰も読んだことがないんじゃないかと思ってしまうような奥の奥にひっそりと仕舞われていた本を取り出していつもどおりの席に行くたびに、僕はそれを再確認するのだ。

この本は僕に読まれるのを待っていたのだとそう確信するような出会いも多々あった。これもまた紙媒体でしか味わえない醍醐味だと思う。まっさらな貸出カードを見て人知れず微笑んだり、たったひとり、見知らぬ人の名前の刻まれたそれを見て思いを馳せてみたり、何度か同じ名前の人に出会えば、妙な親近感も覚えてしまう。

ところで、ぴったり俺の隣の椅子に座る男がいる。静かな図書館の雰囲気に似つかわしくなく、妙にそわそわとしている。俺は顰蹙を含んだ目でそちらを見、自分の考えが正しかったことを悟ってため息をつく。読みかけの頁がかすかにゆれる。ふるい印字の文字を目で追うことに没頭をする。

隣で指先を滑らせる微かな音がする。紙にするときとは温度が違う。となりの男が抱えているのは電子書籍という類のものだった。あの文庫本一冊にも満たない厚さのなかに何万冊もの本が入っているのだという。隣の男はどうやら僕にそれを見せびらかすのが好きなようだった。いつもこの男は、瞬く間に僕の読んでいる本と同じものを探し出す。僕が頁をめくるのよりもすこし早く、その指が滑る。

静かな図書館の片隅のことなど、他の誰も気には止めない。明らかに場に不釣り合いな男がいても、きっと誰も気づかないのだ。

「これ、面白い?」

囁くような声が沈黙を破る。僕は辟易をする。たしかに旧字体で描かれた世界に色を付ける作業には少し手間取ることがあった。石炭をば早や積み果てつ。

「前に読んだ気がする」
「じゃ、やめようぜ」

したり顔をして電子書籍を捲る。本は一瞬で消える。検索画面が姿を見せる。本のコーナーの目星をつけ、筆者の頭文字を指で辿り、目的の本を探す作業は必要ない。
広い図書館を歩きまわる必要もなければ、ゆっくりと本を物色する老人たちにぶつかる危険もない。こういうのを、情緒がないというんだ。学ばない男である、と僕は思う。

次の本を開く。頁を捲る。まだ知らない物語に思いを馳せる。

「…なあ」

次の頁を捲る。その手を掴まれる。白い頁に影が落ちる。重なる。

「…!」

ここをどこだと思っているんだろう。僕の動揺は沈黙のしじまの向こうに呑まれた。
何度目になるかわからないことを思う。この男とは本当に価値観が合わない。頬が熱かった。



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