04/16(Mon):<わんこ>
人から犬耳としっぽがはえているのか、犬が人になって耳としっぽを変化させ忘れたのか、そこってすごく大事なところだと思う。
俺は生粋の犬好きなので、後者なら大歓迎だ。もふもふするし撫でまわすし、思いっきり甘やかしてやるだろう。それがたとえ八割方人間でも。元が犬なら、それでいい。だが前者、お前は駄目だ。
「…何でだよう」
しゅんと項垂れた耳も、ベースが人間だと思うとぜんぜんぐっとこない。たとえその尻尾がさっきから寂しげに床を叩いていたとしても、すこしもきゅんとならない。何故なら目の前の男が人間で、怪しげな薬を煽ってじぶんでその耳と尻尾をこしらえたと、俺はしっかり分かっているからである。
「これ以上俺にどうしろっていうんだよ!」
「生まれ変わって出直してこい!」
「ひどい!」
犬好きが高じてブリーダーをやっている俺と、俺好きが高じてかなりあやしい新薬を開発しているこいつ。なんだかんだで腐れ縁は長く、俺も大抵のことじゃ驚かない。巧妙に犬に似せたマシンで俺を誘導しようとしたって無駄だ。鼻が湿っていないとか、瞬きが単調だとか、そういった細かいところで犬と偽物を見分ける俺はそうしていつもこいつのしかけてくるトラップをかわしまくってきた。
で、辿りついたのが、「こいつ自身が犬になる」ことだったらしい。あほだ。知ってたけど。お前は犬好きを舐めているのかと小一時間聞きたい。問い詰めたい。猫好きが萌えている要素とは猫耳だけなのか?答えは否に決まっている。同じように犬を構成するすべての要素を統合した面に惚れこんでいるというのに、ひとつのファクターだけを取り出して合成しても、それは犬とは呼べない。そんなことわかりきったことだ。
「わかるよな?」
「…わかりません」
「ああもう、お前そんなに頭いいのに、なんでわかんないかな…」
床に座り込んだ図体ばかり大きい男の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。単純なもので、それだけでやつの耳はぴんと上を向いて、尻尾の振り幅がかなり大きくなった。単純なのはこいつの思考回路であって犬のそれではないことをここに明記しておきたい。
「たとえば、お前はそこらへんの人間とっつかまえて、俺と同じ顔や声になる薬飲ませて、それで満足かよ?」
倫理的に考えて人間としてアウトだけどな!と付け加えるのも忘れず、俺はじっとこの馬鹿の目を見て諭した。ブリーダーとして犬と触れ合うときもそうだ。忘れてはならないのは、真摯に向き合う心である。
「…満足、じゃない」
「だろう。そういうことだ」
しゅん、となった男の顔を、ため息をついて見る。
…いや、まてよ。逆転の発想だ。もともとこいつは、犬としてのファクターを十分ポテンシャルとして秘めている。いつでもどこでもついてこようとするし、言うこと聞くし、髪の毛も天パだし。寂しいときは寄り添おうとするし、落ち込んでるときにはうるさいくらいに構ってくる。逆に考えれば、こいつに足りないのは耳としっぽくらいだったんじゃないか…?
「…おい」
声をかけると、やつは跳ね上げるように顔を上げた。
「お手」
てのひらを差し向けると、間髪いれずにその手が握られる。ぎゅっと。そのまま腕を引っ張られて、頭からその胸に衝突をした。ていうか顎に頭打った。痛い。
「そ、そんなきらきらした目で見ないで…!」
…やっぱこいつは、いつものこいつだったわ。ちょっとでも惑わされそうになった自分が憎い。さっさと帰って犬たちと戯れようと思う。しかし俺を離そうとしないこいつに、俺はかなり良い考えを思いついた。
本物の犬たちには絶対に出来ないことを、こいつになら出来る。一度、やってみたいと思っていたのだ。
「離せ、馬鹿犬!」
「ぎゃん!」
…思いっきり尻尾を引っ張ったら、やっぱり、良い声で鳴いた。