04/16(Mon):<擬人化>
へくち、と間抜けこの上ないくしゃみをする音が響き渡った。神々の庭であるこの天上には似つかわしくない音である。
「…って、お前のせいだよ!ばか!」
なんて俺が仙桃の木に登って下界を見下ろしながら詩的に綴っていたっていうのに、空気の読めない雷小僧が俺の腰掛けていた枝の根本のほうに腰掛けたので身体が軽く揺れた。まさか齢一万を越えるこの木の枝がこのくらいで折れたりはしないだろうが、突然揺れたものだからバランスを崩してしまうのも無理はないと思う。なんとかほかの枝につかまって堪え、俺は穏やかな時間をブチ壊す闖入者をねめつけた。
「おい、揺らすなよ」
「おっまえー!他に言うことあるだろ!鼻水止まんないんだけど!」
「うわ、汚ぇな!こっち寄るな!」
俺は、風神という神格を賜る神のひとりだ。風を世界に廻らすのはそれほどいやな仕事じゃない。っていっても、俺の管轄はそれほど広くないわけだけどさ。
で、もって、同じ管轄で神として働いてるのがこのちんちくりんな坊主である。雷神のはしくれであるにも関わらず、チビだし、どんくさいし、猿っぽい。
「全部口に出てるっての!」
おっとそれは失敬。と思うのは心のなかに留めておいて、俺はわざわざ枝をゆさゆさ揺らしてくる子猿を睨みつけてため息をついた。
「で、なんだ」
「なんだじゃないってば!俺の風邪!どうしてくれるんだよ!」
そういえばいつもより比較的厚着をしている雷小僧は、器用なことにつま先でとんとんと枝を踏んで俺の座っている真上の枝からぶら下がった。ぶらぶらとその顔が眼前で揺れている。鼻水詰まらないのかな。
「俺のせいじゃないだろ。お前がかってに伝染っただけで」
「お前がそんな性質の悪いものばら撒いてるからいけないんだよ!」
…確かに時折風邪の種を含めた風をばら撒くのも俺の仕事だけど、お前のその症状、ほぼ間違いなく花粉症だと思うぞ。
咽喉元まで出かかったが、それってどっちにしろお前の風のせいだろ馬鹿!といわれるのは火を見るよりも明らかだから、やめた。たしかにこの時期は花粉がよく飛ぶ。もちろん風の元である俺には降りかからないけど、そばにいるこいつはもろに喰らってたんだろう。かわいそうに。自業自得だけど。
「…仕方ないな」
目の前にぶら下がってる顔をぐいっと掴んだ。え、と間抜けなくぐもった声を上げて(やっぱり鼻詰まってるじゃないか)、半開きになった唇を塞いでやる。…うん、やっぱり風邪じゃない。花粉症だよ、お前。
「ななな、なにすんだばか!!」
あ、落ちた。
下にはお誂えむきに酒が満ちた池。上がった水柱が手にかかった。相変わらず美味い酒である。水に雷はいけない組みあわせじゃなかったか。まあ、落ちたものはしょうがないよな。俺のせいじゃないし。
「俺の純情を返せーーー!!」
これじゃ間違いなく風邪も引くだろう、俺がそばにいてもいなくても。まあいい、花粉症に風邪は辛いだろうから、あとで風邪は貰っといてやろう。