ごみぶくろ | ナノ

01/07(Sat):<スケート場/一発キャラ>


そもそもスケートやりたいって言ったのはあいつだった。お袋が昔フィギュアの選手だったから、小さい頃リンクが遊び場だった俺はスケートがそれなりに出来る。だから午後の講義もねえし、そんなに行きたいんだったら連れてってやんねえこともねえよ、っていってわざわざ大学から結構離れたこのリンクまで車を走らせたわけなんだけど。

懐かしい白を基調とした建物はがらんとしていた。平日の午後二時にスケートに来るのなんて、暇な大学生や爺婆しかいねえってわけだろう。興味深げに左右を見回している連れにちょっと違和感を覚えつつ、俺は貸靴を頼んでベンチに腰掛けた。…までは、よかったんだけど。

「…お前さあ、滑れねえなら滑れねえって言えよ。アホか」
「まだ滑ってねえだろ!」

隣で何かぎゃあぎゃあ喚いてるけど虚勢でしかないのは明らかだった。さっきまで自信満々だったあいつはさっきからスケート靴と格闘している。ちなみにもう十分は経ったな。

…確かにこのタイプのスケート靴はヒモを通すのがめんどくさくて、初めて見るやつにとっては厄介かもしれない。結んでやっても良かったんだが、変に口を出したらまた何かいわれるのは目に見えてたんで黙ってた。結局俺をまねてなんとか靴を履き終えたのは、それから五分後ぐらいのこと。俺と目を合わせようとしない可愛げのない男は、ほら行くぞ、なんていってベンチから立ち上がった。

「!」

ぐらりとその身体が揺らぐ。咄嗟に俺の腕に縋りついたそいつと思いっきり視線がかちあった。プライドの高いこいつがこんなことをしたのにまず俺はびっくりしたんだが、多分あっちの方がびっくりしたらしい。

「…ニヤニヤしてんじゃねえよ」
「足震えてんぞ」

うっせえ死ね!と相変わらず可愛げのない文句を吐きながら、でも結局俺の腕にすがったままでそいつはリンクへの決して長くない道を歩き出した。珍しいことこの上ないその態度に俺は機嫌がいい。久々に履いたスケート靴は、ひどく足に馴染んでいた。

「…」

リンクまでつくと薄情なもんで、あいつは俺の腕を放り投げる。それからひどく恐る恐る、といったふうに、その足をリンクに乗せた。脇のガイドにがっちりと掴まってるせいで転ぶ様子はなかったが、腰が引けていて面白い。笑っていたらうるせえ!とまた怒鳴られた。

昔は国際競技会でも使われていたらしいこのリンクも、いまは観客席はがらんどうだった。数人がゆっくりと自分のペースで滑っているだけで、ほとんど貸し切りみたいなもんである。天井のライトも今は、全方向に明かりを向けていた。リンクに流れるのは流行りのJポップ。懐かしさに唇が緩むのを感じながら、俺は片足で氷を蹴った。身体がそれに従って、氷の上を滑りだす。一度加速をしてしまえば、体重をかけるだけで面白いほど身体が進んだ。まだ手すりにつかまったまんまのあいつと目が合う。間抜けな呆けた顔が存外に子供っぽくて、俺は少し驚いた。

「…ほら、来いよ」
「ちょ、…ちょっと待て」

なんとか手すりを突き離そうとしているのは俺への見栄だろう。面白い奴だ。ひととおりの滑り方を試して身体にまだそれが染み付いていることを確認し、俺はそのそばまで寄っていってやった。

「うわっ、…!」

顔を強張らせたまま氷を蹴った馬鹿が、思いっきり前のめりに転びそうになった。フィギュアスケートの靴はつま先が凹凸になっていて、それを利用してジャンプをする。つまりふつうに歩くみたいにつま先を使ったら、氷が足に引っ掛かるのは当然だった。そんなことも知らないなんてやっぱりこいつは初心者だ。…いや、そんなのとっくに分かってたけどさ。

「……」

それを見越して腕を伸ばして受けとめてやると。すっごい間抜けヅラが俺を見上げている。不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。ムカつく。しかも思いっきり目を逸らされたので、俺は後ろ向きの姿勢のまま思いっきり加速してやった。ざまあみろ。

「うわっ、わ、ま、待て!!転ぶ!」
「足閉じろって」

股裂けんじゃねえのって体勢になった馬鹿に声をかけ、俺は内心ぎゃあぎゃあ悲鳴を上げて本気でこわがっているらしいこいつに酷く満足をした。勝ち誇った気分である。そのままリンクの上を連れ回していたら口をきいてくれなくなったのはまあ、言うまでもない。…ま、どうせこの単純馬鹿は、「やっぱ滑れねえんじゃん」って言ったらきっと次も俺の誘いに乗ってここにやってくるんだろうけどさ。





prev|TOP|next

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -