確かに私が先に可愛くないことを言ってしまったのが悪かったのかもしれないけれど、まさか獅子王にあんなことを言われるとは思わなかった。大体鶴丸があんなこと言うから。そうだ、鶴丸のせいだ。

「ね〜。まぁた獅子王と買い出し行ったの?俺とも一緒に行ってってば」
「あー…、ごめんごめん!今度一緒に行こ?ね?」
清光がここ最近気に入って使っていたマニキュアがもうすぐ無くなりそうだとぼやいていたから、食料と日用品のついでに買って帰った。広間にいた彼にそれを渡しに行くと嬉しがるどころか不満げに腕を取られ、組まれ、放してくれなくなってしまった。まだ買ってきた物の片付けが終わっていない。早く戻らないと獅子王に全部押し付けることになってしまう。
「…今度っていつ」
「ん〜〜…?いつだろう…」
「ちょっとぉ!適当に宥めてはぐらかすつもりでしょ!」
「ちがうちがう!でも昨日今日で必要なものが出てくるわけでもないし、ちょっと先になっちゃう気がするんだけど…」
「もー!主のばか!俺だってお買い物デートしたいのにぃ〜!」
「いや、デートというか…」
「やめとけやめとけ、俺たちの主殿は獅子王にご執心なんだ。なっ?」
「えっ、え、ぁ」
同じ空間にいた鶴丸が意地の悪そうな笑みを浮かべて冷やかしに入ってきた。そういう意味で獅子王を特別に見ている私はなんでもいいから返事をしなきゃ、でも上手い言葉が見つからないとしどろもどろに喉から音を出すしかなかった。黙っていればまだなんとかなったかもしれないのに、焦って声を出してしまったのだ。今さっきまで畳に寝転がってお煎餅を齧りながら録画していたどっきり映像の番組を見ていたくせに、なんて余計な事を。しかし私の不運はまだ続く。話題に上がっている獅子王が広間に顔を出してしまったから。
「主ー、荷物全部片付け終わったぜー」
「あ、しし、お」
ああ、ああ。大好きな獅子王のきょとんとした顔と鶴丸の楽しそうな瞳と加州の拗ねてぷっくり膨らんだ頬が目の奥でぐるぐる回る。どうしよう?逃げなきゃ、上手に。何か。
「そんな…そんなことない!別に好きでも嫌いでもない!獅子王とは、普通!なんにもないから!」
なんだなんだと不思議がる獅子王に、聞いてよ、獅子王。鶴丸が私と獅子王が仲良しだからって茶化すんだよ。と柔らい声で言えば全て綺麗に収まると思った。
けれど私は言い切ってからはっとした。笑うのを忘れていた。一番大事なことなのに。笑顔で語尾を伸ばしてへらりと交わすはずだった。気持ちが高ぶってしまって、声を張ってしまった。大きく開かれた目を数回瞬いた清光が私を見ている。鶴丸は眉を下げてやってしまったと言わんばかりにぎこちなく笑っていた。獅子王。獅子王は。
「またからかったのかよ、鶴のじっちゃん。俺も困るんだから、やめてくれよなー」
毛穴が全部開いてしまったかのようなチクチクとした刺激が腰から項を這った。一瞬で熱くなった背中は吹き出た汗で冷たくなって、心臓までも凍らせてしまったのかもしれない。それくらい生きた心地がしなかった。
「そ、うだよ…。やめてよねー」
今頃になって上手に笑えてしまうなんて。獅子王はそのままふらりとどこかへ消えてしまって、机に突っ伏した私は清光と鶴丸に慰められたのだった。鶴丸が7割ほど悪いけれど、全部全部彼のせいにするのは間違っているんだ。でも彼は優しいから傷心している今だけ甘えることにする。鶴丸の馬鹿。

「ふうん。それで落ち込んでるんだ」
「あんたも余計なことしかしないねェ」
「だからぁ、悪かったって!そろそろ許しちゃくれないか」
「ごめんで済んだら切腹はいらないよね」
額を机にくっ付けていた私は隣に座る鶴丸の方にころりと顔を向けてから、清光の言葉に1回頷いた。今度は頬がひんやりとした机に体温を分け与えていく。あの後暫く慰めの会が開かれていたが、いつの間にか乱ちゃんと次郎ちゃんも増えて所謂恋バナというものに発展していた。獅子王は今頃どうしてるだろうか。私のことなんて気にしてないと思うけど。
「でもさぁ、謝れとまでは言わないけど早いとこ話しかけといた方がいいと思うよ、僕は」
「なんで…」
「だってししおーさんなんか勘違いしてそうだし」
「えぇ?」
どういうこと?と再び聞き返す私にうんうん唸った乱ちゃんはそれっきり黙り込んでしまった。なんと言えばいいか分からないといった感じ。ますます気になるから誰か教えてよ。
「主?あんた燭台切とは仲が良かったよね?」
「え?う、ん…?」
「イケメン、優しい、料理はうまい。ふっつうに、好きだよねぇ?」
「うん。…あ、でも獅子王だけだよ!大好きなのは!」
「わかってるわよ。……燭台切に好きでも嫌いでもないよって言われたら、主どう思うの」
頬杖をついて話す次郎ちゃんのなんでもないような言葉に耳の奥でピシャリと雷鳴が轟いた気がした。嫌だ。そんなの寂しい、嫌すぎる。
「やだ……光忠…」
「今獅子王はそうなってんじゃないの?いいの、このままで」
「だめ!私獅子王のとこ行かなきゃ…」
「うんうん。いい子だね。頑張ってきな」
次郎ちゃんにさらりと頭を撫でられて少しはにかみながら立ち上がると鶴丸がつい、と袖を引っ張った。なあに?そう言おうとしたのに、できなかった。私を見上げる鶴丸が見たこともないくらい優しく笑っていたからびっくりしてしまって。
「さっきは悪いことをしたからな、俺からもいいことを教えてやろう。獅子王は君が思っているより君のことを気にしてる」
「なん、」
「大方鶯丸のとこだろう。早く行ってやれ」
「………うん」
清光と乱ちゃんの声援を背中で受け止めて部屋を飛び出した。こういうところがあるから鶴丸は嫌いになれないんだ。ポンとお尻を叩かれたのは今回だけ知らないふりをしてあげる。獅子王は私が思ってるより私のことを気にしてる。そんなの、都合のいいように受け取ってしまう言い方して責任取れるの鶴丸。絶対獅子王はそんなことないよ。でももしかしたらって淡い期待を抱くのを止められない。いつも買い物についてきてくれるのは、よく目が合うのは、一緒にいる時たまに頬を染めているのは、そういうことなんだろうか。少しは自惚れてもいいだろうか。廊下を駆けるスピードがぐんぐん上がっていく。ちょっと酸っぱいのがたまらなくよくって癖になってしまったから。油断ならないこの関係に胸が高鳴るから。だから今はまだこのままで。眩しい彼の笑顔を思い出しながら襖に手をかけた。


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