「お次でお待ちのお客様、こちらのレジへどうぞー」
週3回のコンビニバイト、時給は840円。いろんな人と接するわけで、店員側からするとよく来るお客さんや変わったお客さんにはあだ名をつけることもある。いつも募金をしていく私立校の制服を着た小学生男児は天使だし、絶対にお釣りが出ないようにお会計するサラリーマンの人は達人。今私のレジに向かってきた人は黒飴さんという。
「お会計168円になります」
いつも黒飴ばっかり買う。金髪でなかなかに奇抜な髪型をしていて黒と金のジャージでご来店なさる同い年くらいの男の子。どう見ても田舎のヤンキーなのに黒飴。たまに違うものも一緒に持ってくるけれどみたらし団子とかバナナカステラとか、おじいちゃんおばあちゃんが好きそうなお菓子ばっかり選ぶのだ。黒飴さんは。
「32円のお返しとレシートです」
「ありがとう」
私としてはギャップがちょっとだけ可愛いし、こうやってありがとうって言ってくれるから黒飴さんは好印象だ。笑顔が可愛いんだ。ちらっと見える犬歯がまたいいの。
「………」

黒飴さんが退かない。お会計はもう終わったのにきゅっと口を引き結んで、手に持っている私の渡したレシートを見つめている。レジミスはしていないし、もしかしたらレシートいらなかったのかな。いつも持って帰ってるはずなんだけれど。
「あ〜〜…。あのさぁ」
「はい!なんでしょう?」
「いつもありがとな、頑張れよ」
心がほっこりするような素敵な笑顔を残して黒飴さんはさっと自動ドアをくぐってしまった。初めて話しかけられた。正直びっくりしたけど頑張れって言われたの嬉しいなぁ。後ろにもたれかかって立つのやめよう。あと1時間頑張れ私。

それから黒飴さんとは後ろに人が並んでいない時限定で言葉を交わすようになった。黒飴さんの持ってくるお菓子の量が増える度、バーコードを読み取る時間が長くなる分だけほんの二言くらいだった会話もじわりじわりと増えていった。
黒飴さんの名前は獅子王さんというらしい。お爺さんがつけてくれたらしく、かっこいい名前ですねって言うと誇らしげにしていた。この間学校帰りに寄ってくれた時は見覚えのある制服に、私の学校が獅子王さんの学校の近くなのだということを伝えると驚いていた。3日前は少し遅めの時間にお風呂上がりにアイスを買いに来た。火照った頬と水気を含んでセットされていない髪に少しだけどきどきした。少しだけね。
今日も獅子王さんはやって来た。肉まんとブラックサンダーがレジに置かれる。
「そういえば最近黒飴買っていきませんね」
「え?ああ、もう顔覚えてもらったし」
「え?」
「ん?」
えっと。それは、ずるいんじゃないか。だってそんなの、私のために毎日毎日通っていたんだと期待してしまう言い方。思い返せば黒飴さんが私以外の店員のレジに向かったことは、私が知る限り一度だってなかった。やっぱり私の存在もコンビニに来る理由の一部になっていたんじゃないの。これで違ったら私はもうこのバイトを続けられない。恥ずかしすぎる。
「あ、なあ」
「えっ、はい…!」
「何時に終わんの?バイト」
「8時、です」
「そっかぁ」
なんだ。もしかしたらその…送る、とか?いやでもまだ6時だぞ。そんな時間まで待つなんていくら優しい黒飴さんでもあり得ないだろう。だいたい送ってもらうとか、そういう間柄でもないし。少し優しくしてもらっただけで勘違いしそうになるから嫌だ。これだとまるで私が黒飴さんを意識しているみたいじゃないか。違う違う。
「10円のお返しです。っあ、レシートも!です」
「ん、ありがとう。頑張ってな」
拍子抜けするほどあっさりと帰って行った。なんだったんだ、もう。黒飴さんにとってはなんでもないかも知れないけれど、引っ掻き回さないでもらいたい。なんとなく次に会うのが気まずいなあ、だなんて。そう思っていたのに黒飴さんは来た。その日のうちに。1日で2回来店するのは今日が初めてのことだ。
「何回もごめんな、やっぱり食いたくなっちゃった」
黒飴はもういいって数時間前に言ったくせに。私は袋に詰めながら、笑顔を真剣な表情に変えた黒飴さんを横目で見ていた。
「あのさ」
「は、はい」
「送ってっても…いいか?」
「え」
「っや!断ってくれてもいいから!遅くに女の子一人で帰るのって心配だろ!まじでそれだけだから」
「………」
「………」
「あの」
「うん」
「…お願いしちゃってもいいですか」
猫目を丸く、ほっぺをぽぽぽっと赤くした黒飴さんを見てめちゃくちゃ急いで着替えようと思った。店の奥にかけてある時計をちらりと盗み見る。私と黒飴さんにとって、長い長い10分が始まる。


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