一度蜂須賀を近侍にしてからというもの、彼を任から外せなくなってしまった。歌仙や燭台切ほどうるさくなくて、長谷部ほど頑張りすぎない。かと言って鶯丸や和泉守のようにサボったりしない。きっと波長が合うのだと思う。言わなくてもなんとなく伝わるし、何かとタイミングもいい。そんな訳で私の近侍はもうずっと蜂須賀だった。
「蜂須賀」
「うん?」
「万屋に行ってくるから、お留守番よろしく」
「主、ちょっと待ってくれ」
「え?」
「誰と行くんだ?」
「薬研と約束してたから、」
「俺を、置いて、誰と行くんだ?」
空欄の埋まった書類を片付けていた蜂須賀が障子の前に立ち塞がる。私の蜂須賀虎徹は他のところに比べてかなりヤキモチ焼きだということをこの前の演練で知った。そこも可愛いけれど、約束が。
「ちょっと行ってくるだけだよ。靴下が破れちゃったんだって。次は一緒に行こうね?」
「嫌だ。ねっと通販とやらで買えるだろう」
「なんでもかんでもネットに頼るな!あれは万屋にないものだけ買っていいの!靴下くらいどこにでもあるでしょ」
「嫌だ」
「も〜〜〜。蜂須賀〜」
靴下すら買いに行けないなんてそんなの絶対おかしい。足元の畳を睨みつけて子供のように駄々をこねる蜂須賀を宥めるのはちょっと難しいかもしれない。薬研との約束の時間が迫っているのになぁ。
「蜂須賀」
「………」
「拗ねても駄目だからね、退いて」
「嫌だ…主……」
蜂須賀の腕が背中に回ってしっかり捕獲されてしまった。抱きしめるというより縋り付くような彼のこの行動を押しのけることができない私も相当毒されている。蜂須賀の柔らかい髪が耳に当たってくすぐったい。もう。しょうがない。
「わかった。降参」
「行かないのか?」
嬉しそうな声が耳のすぐ側で聞こえる。可愛い。薬研との約束を破って、その上蜂須賀を許しそうになっている私はちょっと最低かもしれない。ごめん、本当に。今度絶対に埋め合わせするから。笑って許してくれる薬研が脳裏に浮かんだ。
「謝りには行かせてね」
「………」
「蜂須賀」
「分かったよ。でもすぐ帰ってきてくれ。それから今日はずっと俺の側にいてほしい」
「わかったわかった。なんなの?何か嫌なことでもあったの、はっち?」
ぴったりくっついていた体を少しだけ離して、蜂須賀は私の髪を耳にかけた。そうして晒されたこめかみに慈しむように唇を押し付けるのだ。私を写す瞳も胃もたれするくらいに甘く細められている。
「たまには甘えたいんだ。いいだろう?」
割といつも甘えているくせによく言う。けれど私も私でそんな彼も好きだから、やっぱりこの先蜂須賀虎徹以外を近侍にすることはできないのだ。


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