「本拠地はどこに置かれますか?」
ある日いきなり市役所からの手紙がポストに投函されていた。封筒を開けると中には白い紙が一枚だけ入っていて、それには明日市役所までお越しください。の15文字。それだけ。
悪戯かとも思ったけれどきちんと市役所から届いているみたいだったし私は翌日素直に市役所に行くことにした。受付のふんわりボブの可愛いお姉さんに名前を告げるとなんだか関係者しか立ち入れないような奥の部屋に案内されて、中で私を待ち構えていたスーツに身を包んだ重役っぽいおじさん達に言われたのだ。
仕事を手伝ってほしい、と。
難しい話でよく分からないので理解できたところだけ繋ぎ合わせると、私を手伝ってくれる人たちがいて、その人たちと一緒に頑張ってくれ、とのこと。バイトみたいなものですか?と聞くとネクタイが珍妙なおじさんはまあだいたいそんなもんだと言った。
だから了承したのに。
過去に飛び刀の神様を呼び出して歴史を守るお仕事、その仕事をこなすのが審神者。本当はあのスーツのおじさん達、時の政府は2205年から審神者不足を解消するために少し前の世界から審神者適合者をスカウトしに来ていたのだ。そして様々なデータから適合者だと判断された私があの部屋へ呼ばれ、気付けば審神者に就任させられていたのである。世界の命運がかかったバイトとか重いわ。
「本拠地はどこに置かれますか?」
「あー、そうね…」
私に詳しい説明をしてくれた喋るカラクリ狐、こんのすけは急かすようにまた同じ台詞を喋った。万屋の奥部屋、タブレットと5振りの刀の前で現実を受け入れた私は今、初期設定に頭を悩ませている。
「住むとここの中から選ぶの…?これどこ選んだかであの子が出にくいとかある?」
「いいえ、そのようなことはございません」
「そっかあ…じゃあここで」
一つの国のアイコンを人差し指でつつく。
住み込み嫌だなあ。しかも知らない人と住む上に皆男の人らしいし政府の考え最高にぶっとんでるね。私はか弱い女の子なのに。
「では最初の一振りをお選びください」
「小狐丸!」
「…ここにある五振りからお選びください。小狐丸は残念ながらまだ未実装でございます」
「んん…人見知りでも上手くやっていけそうな刀って、どれ?」
こんのすけは小さな頭で一瞬にして答えを弾き出したようで、私に合うかどうか一振りずつ紹介してくれた。
「そうですね、蜂須賀虎徹は少し高飛車でございますし山姥切国広はとてもこじらせておりますゆえ骨が折れるかと」
「胃が痛い」
「少々扱いにくいですが貴女様が愛をもって接すれば必ず応えてくれる加州清光、物腰柔らかでなんでも器用にこなしてみせる歌仙兼定、貴女様のような性分の人にはとても楽でございましょう大きな器の陸奥守吉行なんかがお勧めでございます」
「んんんん…」
こんのすけが私の前に差し出したのは三振り。
こういうの、悩むなあ。
「して、いかがなされますかな?」
「じゃあ…えー、っと…。この子で」
柄を握ると神様が出て来てくれるとこんのすけから教わっていた。
その通りに選んだ刀を恐る恐る握ってみる。
刀って、こんな感触がするんだなあ…。これで人を斬るんだ。
まじまじと刀を観察しているといきなりぶわりと弾けるように桜が舞って、目の前には着物を着た男の人が立っていた。握っていた刀の柄は、いつの間にか男の人の右手になっている。丁度握手するみたいに。地面に落ちる前にすうっと消えていくネオンのように発光する花弁と、男の人と、握られた手。驚きで視線が留まらない。
すごい、よくわからんけど私超すごいよ。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
「……神様?」
「おや…。そうさ、一番下級だけどね」
歌仙と名乗る神様は華のように笑って私の手を握る力を少しだけ強めた。大きな手にはちゃんと血が通っている。あったかい。
「やはり男ではなかったのか。女の子は掌の感触が柔らかいね、初めての経験だ」
確かめるように手を、指を弄られて思わずするりと解いて後ずさる。怪訝な顔をした神様は初めて人になったのだからしょうがないかもしれないけれど、年頃の女の子な私には少し刺激が強かった。
「どうして逃げるんだい」
「イケメンで…びっくりした…」
「いけ…、なに?」
「まさかこんなにかっこいい人だと思わなくて、あの、ごめんね」
「…そう?よろしく頼むよ」
あ…褒められて満更でもなさそう。