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洗濯物を取り込んでいる大倶利伽羅の背中を見つめる。その隣では空いた物干し竿に洗い立ての衣服を干していく光忠。今日は2人で洗濯当番だっけ。畑では御手杵と鯰尾が暑い暑いと怪物のように呻きながら草むしりに勤しんでいる。あいつら根っこから抜けって言ってんのにまた葉っぱ引きちぎってるな。長谷部が見たら怒り狂うぞ。御手杵の放り投げた葉っぱは、彼の背後のこんもりとした山の一部になった。その千切った雑草の山の側にある水道に水色のホースがひっかけてある。
私は閃いた。
「御手杵ー」
「えー?うっわッ!」
振り返った御手杵の暑さで溶けに溶けた間抜けな顔にホースの水をかけてやった。御手杵の反応は最高、どっちにかけるか迷ったけど御手杵にしてよかった。鯰尾もお腹を抱えて笑っているし。
「冷たくてきもちいでしょ」
「だからってなぁー!ちょっと飲んじゃっただろ!」
「いっひっひっ、顔!御手杵さんの顔!ぶっさいくでしたよー!ひっひっひっひッ」
なんだ、その気持ち悪い笑い方は。今にも大鍋をゆっくりかき混ぜそう。ツボに入ってしまってなかなか抜け出せない鯰尾に気を取られているうちに握っていた掌からホースが滑り抜けた。水道には蛇口に手をかけ、不敵に笑う御手杵。手には親指と人差し指を使って上下から発射口を狭められたホース。「やってくれたな」と言って御手杵の左手は蛇口を捻る。私は死神手帳の彼のごとく心の中でほくそ笑んだ。
「ぶあ!?や!ちょ!やめて!顔は!」
「主も顔にかけたろ」
「ヒィッヒィッヒィッ!ぶっさ!」
「やめろ!!顔は!!!!」
違う。私は胸とかお腹に水をかけられて下着が透けている私に内心ヤキモキしながらジャージを羽織らせてくれる大倶利伽羅が見たいんだ。だからわざわざ白い服を選んで着替えてきたのに。化粧が崩れたところなんて見せたくないんだ!こんなの計画通りじゃない!鯰尾は笑うな!やっと水責めが終わったと思ったら、今度は悪い転げる鯰尾にホースが向けられた。
「お前笑いすぎだろ」
「ヒッヒッぅぶ!げっほッ!ぢょっど!鼻に入っだ!」
「一番ブスじゃん。ちょっと御手杵、ホース貸して!」
「えー。………やだ」
「つめたぁ!わかったわかった!せめてそのホースの持ち方やめて!きつい!水が痛い!」
「わあっ!」
後ろの方から何故か光忠の声が聞こえた。そして水も止まる。御手杵のやっちまった感溢れる顔を見上げてから振り返ると、どうやら水の勢いが良すぎて光忠のところまで届いてしまったみたいだ。畑と物干し竿がある場所はそんなに遠くないから、それで光忠にかかっちゃったんだね。しかもお尻。光忠がお尻に手をやって「下着まで…!」と叫んでいるのが聞こえる。なるほど、これが既視感。…そう言えば鯰尾はどこに行った?もしかして逃げたのか、あいつ。
「もう!お尻が濡れちゃったじゃないか!」
「ごめんなさい」
「ごめんなぁ〜」
「うん、いい子は許すよ。でも洗濯物にかかるからほどほどにしてね?」
「うん」
「片付けるかぁ」
「あと君達、そのままでいちゃダメだよ」
「はーい」
じゃ、僕は鯰尾くんのところに行ってくるね。空になった洗濯籠を持って光忠は本丸の中に入っていった。今日の晩御飯は鯰尾の嫌いなものばっかり出るな。それで、大倶利伽羅は。光忠の背中を見送っていた大倶利伽羅と目が合う。彼は取り込みたての白いバスタオルを私の顔目掛けて投げつけてきた。え、ジャージは?
「えっ?えっ?」
「なんだ」
「いや…」
「すぐ着替えろよ」
「うん」
また失敗かぁ。

「ねえ、鶴丸。退屈?」
「ん?そうだなぁ、退屈度合いで言うと墓に入って38日目ってとこだな」
「審神者ちょっとわかんない」
今度は本丸の問題児、鶴丸に協力してもらうことにした。鶴丸は退屈じゃなくなる、私は大倶利伽羅とラブラブ、一石二鳥だね、これは。両手に持っていた水鉄砲を一丁鶴丸に差し出す。
「これなーんだ」
「?陸奥守のに形は似てるな…」
「うんうん。水鉄砲っていうんだけどね、こうやって持って、ここ。この先っぽよく見て、もっと近く。で、ここ人差し指で押して」
「ッわ!なん、なんだ!?」
至近距離で勢いよく水に撃ち抜かれた鶴丸は一瞬騒いでからぽかんと口を開けて大人しくなった。鶴丸の前髪から雫が垂れて、髪と同じように白い頬に着地する。それが輪郭に沿ってゆっくりゆっくり降下していき、最後には袴の色を少し濃くして吸い込まれていった。鶴丸は動かない。
「つーる。びっくりした?」
「ッハ、ははははは!なんだこれ!おもしろい!陸奥守はこんなおもしろいものを俺に黙っていたのか!」
「いやむっちゃんのはガチで死ぬやつ」
お気に召してくれたようでよかった。というか正直に言うと鶴丸なら絶対気に入ると思っていた。彼はこういう小学生くらいの男の子が好みそうなものがツボだから。たぶん精神年齢がそのくらいなんだろう。
「鶴丸!これで遊ぼう!」
「射的みたいなもんだな!的はどうする?あそこで寝ている同田貫なんかどうだ?」
「それはさすがに…お、怒られるよ…」
「じゃあどうするんだ?」
「的は私」
「主?」
「私の的は鶴丸。心臓狙って撃ち合いね」
ついでに大倶利伽羅のハートも狙い撃ち!なんつって。
「よ〜ぉ狙って…バン!つってな!」
鶴丸と同じようなことを思ってしまったのがなんだかムカついたから先手必勝でとりあえず顔面に一発。左手で目元を拭っている間に口にもう一発。
「ガラ空きだぜ!」
「君に良心はないのか?まだ俺君に向かって狙いを定めてすらいないぞ」
「じゃ、いいよ。撃たせてあげる」
案外負けず嫌いな鶴丸が私に銃口を向けて引き金を引く。それにタイミングを合わせてしゃがむと目の前の彼は不満そうにもう一度、と要求してきた。忘れてた、私の目的は胸元を濡らすこと。次こそ大人しく当たってやらなくちゃ。
「もう避けないから好きにしな!」
「本当かよ、避けたら鼻の中に撃ち込むぜ」
「えげつないな」
本当に鶴丸国永という刀はえげつない。連発なんて驚きを超えて卑怯だ。おかげで私のシャツは見事に水濡れ。御手杵のように顔を狙ってこなかったことは評価するが、的確に急所を狙ってきたのに悪意を感じる。何発か外したけれど、めちゃくちゃ射的が上手いと見える。
「何発撃つわけ!?やばくない!!?」
「やばくないやばくない。あ、玉切れだ」
「じゃあ次私ね」
「ちょっといいかい」
後ろの方から凍てつくような声音が降りかかってきた。この世の終わりのような顔をした鶴丸の揺れる金の瞳に淡い紫がゆらりゆらりと溶けている。そういえば私の後ろの部屋は、私たちがいるこの庭が一番いい景色として楽しめる部屋だった気がする。そこを問答無用で自分の物にした人が今、後ろに立っている。
「……こんにちは、歌仙くん」
「君達が執務を放ったらかして遊び呆けるのはまあ目を瞑ろう。後でいくらでも取り返しがつくからね。けれど僕の部屋に水を発砲するのは取り返しがつかないほど大変なことだと少し考えれば分かるはずだ。君達の無駄で、詰まった、頭でもね」
「ごめんなさい…」
「すまん…」
「鶴丸国永、首を差し出せ。今ここで」
「えっ、俺だけか!?」
「撃ったのは貴様だろう」
「そうですそうです、つるま…ッぷし!」
「……はあ、書物が濡れていたら許してはいないからね」
私の可愛くないくしゃみを聞いて歌仙くんは溜息ひとつ。それから自分の羽織りかマントかよくわからないものを私の肩にかけてくれた。ああッ!嬉しいけど違う!大倶利伽羅!

昨日も今日も失敗して、もう万策尽きた。今までやってきたこと以外で自然に濡れる方法なんて、探せばまだいくらでもあるのかもしれないけれど私には何も思いつかないし失敗しそう。…今のはちょっと嘘。後一つだけ残っている。水場に自ら飛び込むのが。でも井戸は絶対嫌だし、安全そうなのは今覗き込んでいる庭の池だけだ。…いくらなんでもやりすぎなのでは?こんなに体を張ってすることか?大体池に落ちましたってどういう状況なんだ。何してたら池なんかに落ちることがあるというの。
「っあ!」
「わ、えっ、わわ」
落ちた。
頭からいったから、水が鼻に入ってかなり痛い。浅い地面に足をついて、ぼやけた世界から急いで顔を上げた。外ではたくさんの声が何かわんわん騒いでいるけど正直鼻、口、耳、穴という穴から水が出るわ目は潤いすぎてまだ視界不良だわでそれどころじゃない。噎せながら目を擦っていると段々はっきりしてきた。たぶん心配そうにしている4人の中で鼻水を垂らしながら必死に涙をこらえてごめんなごめんなと謝っている国俊が私のお尻にぶつかってきたんだと思う。それで落ちた。
「ごめんんん…っ、主死ぬなよぉ!」
「うん、立ってるよ」
「俺の、俺の手ッ。捕まれ!」
「国俊じゃ私の体重はちょっと無理かな…」
「誰か大きい人呼んでくる」
小夜ちゃんめちゃくちゃ頼もしい。自力で難なく上がれる深さだと思うけど足をついた時に捻ってしまったみたいで無理するのが怖いから大人しく応援を待つことにした。岩融とか呼んできてくれたらいいな。国俊と博多と厚に捻挫したのがバレる前ならもっといいけど。
「ごめ、っごめんなぁ…」
「ねー、ちょっと濡れただけだよ。なに泣いてんの」
「死なんと〜っ」
「たいしょぉ…っ」
「わかったって〜。泣くな、男の子ー!」
頭を撫でようと腕を伸ばしたところで水滴が滴るほどに濡れているんだったと思い出してすぐに引っ込めた。ううん、もし一期さんが呼ばれてきたらびっくりしてしまうな。そのままあやし続けていると向こうから大倶利伽羅が歩いてくるのが見えた。めちゃくちゃ速歩きしてるように感じるけど、小夜ちゃんは一体なんて言って呼び出したんだ。
小さな3人の隙間を通って私の目の前までやってきた大倶利伽羅はしゃがみ込み、黙って見上げる私の脇に手を入れてそのまま立ち上がった。私の服から水がぽたぽたと垂れて、揺れる水面に落ちる。ゆっくり地面に降ろされて少しだけ足首に響いた。
「…世話の焼ける」
「へへ、ありがとう」
「ん」
ついに、ついに大倶利伽羅が自分の学ランを脱いで私に羽織らせた。感激と胸キュンと、大倶利伽羅の匂いに包まれて勝手ににやける唇を引き結ぼうとするけれど上手くいかない。眉間に皺を寄せながらにやけているのなんてお世辞にも可愛いとは言えないだろうから腕で口元を隠すと袖からふわりと大倶利伽羅の匂いがしてどんどん締まりのない顔になっていく。ああ!もう!幸せ!
暴れるなよ、緩む口元に苦戦している私の肩を掴む左手と膝の裏に回った右手に気を取られているとなんと両足を持ち上げられてお姫様抱っこの完成である。短刀3人の目の前で。恥ずかしい。口開けてガン見しないで。どうせなら冷やかして。
「すぐに着替えさせるから、心配するな」
「泣いちゃダメだよ、私ほんとに平気なんだから!」
こくこくと必死に頷いている彼らは果たして私が戻ってくるまでに泣き止んでいるだろうか。あの様子だと戻ってきた時にはもっと酷くなりそうだけどなぁ。
「……足」
「ん?」
「捻ったのか」
「うん。ちょっとだけね、すぐ治るよ。あ、4人には内緒だよ」
「あと1人は誰だ」
「え?小夜ちゃんに呼ばれたんじゃないの?」
「呼ばれていない。主が池に浸かってるのが見えたから、」
「急いで来た?」
「…性格の悪さは顔に出るぞ」
「ごめんなさーい」
今は何言われてもいいんだ。だって作戦が成功したからね!大倶利伽羅に触れているところからじんわりあたたかい体温が冷えた私の体に移っている気がする。これだけで好きだと思えてしまうのだから、私ってばちょろい。
「痛いのに楽しいのか」
「え?んふふ、ちがうよ。大倶利伽羅の服やっと着れて嬉しい」
「…あんた馬鹿か?………まさか、最近のも全部それか」
達成感で気が抜けて口を滑らせてしまった。まあ見上げた大倶利伽羅の顔はびっくりしているだけで怒ってはいないみたいだから別にいいか。
「まあね。大倶利伽羅全然上着羽織らせてくれないから乱ちゃんみたいな美少女じゃないとダメかと思った」
「いくらでも着せてやるからもうやめろ。風邪でも引いたらどうする」
「えっ!」
大倶利伽羅が、私の心配を。好き、好き好き好き!
「けど、安心した」
「な、っにが…?」
「とうとう頭がおかしくなったのかと思ったからな」
「は?」
やっぱり何言われてもいいわけじゃないわ。学ラン燃やしてやる。