初めて私の手を払いのけた刀がきた。今鍛刀されたその刀は人の身体になる際に不可抗力で行われる私との握手をものの数秒で振り払ったのだ。まんばくんだって戸惑っていたものの払いのけたりはしなかったのに。少しだけ痛い。
「……大倶利伽羅だ。別に語ることはない。馴れ合うつもりはないからな」
「…は、はじめまして…。えっと…私、主って、」
「どうでもいいな。どうせ呼ぶことはない」
「あ、はい…」
怖すぎる。握手の件について謝った方がいいんだろうけれどこんなに突っぱねられたら喋りかけるだけで機嫌を悪くされるかもしれないし、なんだかどっちにしろ悪い方向に転がりそうだ。今日は生憎隣に歌仙くんはいない。お鍋から目を離せないから一人で行けと言われてしまったからである。私より晩ごはんの肉じゃが。そしてやってきた不良。ダブルパンチだ、本当についてない。
「………」
「………」
またこれか。この大倶利伽羅くんという人もまったく喋らないしこの状況から撤退することもしない。早く上手いこと切り上げて歌仙くんのところに逃げ帰って、なんやかんやで慰められたい。その時鍛刀場の障子が物凄い音を立てて開かれた。
「っねえ主ちゃん、今日来た子って…!」
「ヒッ!み、みっちゃん…?」
「…光忠」
「わあ!やっぱり!倶利ちゃん久しぶりー!元気だった?僕がいなくなってからもちゃんと政宗公の言うこと聞いてた?僕も最近ここに来たんだけどさあ、ここ本当にいいところだよ。この子僕たちの主の主ちゃんって言うんだ、可愛い子でしょ?ちょっと人見知りなんだけど仲良くなったらみっちゃんみっちゃんって引っ付いてきてくれてね、それがまた懐かない猫を手懐けたみたいで可愛くて、あ、分かってると思うけど女の子だし主なんだから優しくしてあげないと駄目だよ?もしかしてもう酷いことしたんじゃないよね?」
「光忠、黙れ。鬱陶しい」
「もー、倶利ちゃん口が悪いよ。主ちゃんが怖がっちゃうでしょ?」
みっちゃんの撃ち放つマシンガンは的確に大倶利伽羅くんの心と耳を狙い打っていた。イライラはしているものの怒鳴り散らしたりはしないし、同田貫ほど血の気は多くないのかもしれない。この二人の関係が特別なだけかもしれないけれど。
「みっちゃん、友達?」
「そうだよ、前の主のところで一緒に仕えてたんだ。無愛想で口が悪いけどかっこいいでしょ?案外優しいところもあるんだよ」
「光忠…」
「うん、かっこいい…。仲良くしてね?」
「………」
案外優しいって嘘じゃん。とてつもなく冷ややかな目で見下ろされて思わず再び出した手を引っ込めてしまった。調子に乗ったら駄目なんだね。距離感が難しいな。私とこの人が仲良くなれる日はくるのだろうか。
「…あ、無理にとは言わないです……。ごめんなさい」
「……できればよろしくしたくない。が、勝手に叩き起こされて行くところもないからな」
「ごめんなさい…」
行き場の無くなった手を体の後ろに隠した。言葉まで刺々しい。歌仙くんなんでこんな日に限って肉じゃが作っちゃったの。私の横を通り抜けて鍛刀場を出て行った大倶利伽羅くんの背中を見つめる。光忠も大倶利伽羅くんの背中を見送りながら、罰が悪そうに私のフォローを買って出てくれた。
「あー…、倶利ちゃんいつもあんな感じだから気にしなくていいよ。根はいい子だからちゃんと戦には出てくれると思うしね」
「みっちゃぁん…怖かった!仲良くしたいけどできる自信ない!どうしよう〜…」
「よしよし」
私の頭を撫でる光忠がちょっと妬けたなぁと笑ったのに、私はとくに返事をしなかった。今の穏やかでない邂逅のどこにヤキモチを焼く場面があったのだ。