することもないので最初に出会った人に構ってもらおうと本丸の中を歩いているとふわりと揺れる布を見つけた。今まさに回廊を曲がろうとしているその背中に少し大きな声で呼びかける。
「国ちゃん」
「その呼び方はやめろ」
「だって名前長いからさあ。まあいいや、山姥切くんその布さ、」
「…俺は山姥切じゃない。写しだ」
「じゃあなんて呼べばいいの!めんどくせーな!私の山姥切くんは山姥切くん一人なんだから黙っててもらえます?お話したいんですけどよろしいか!?」
「あ、ああ…」
「で、その布だけど」
「あんたまで剥ぎ取るつもりか…?薬研や燭台切にも言ったが手放すつもりはないし洗濯もさせない」
「ちょっともういい加減にして。ちゃんと会話しよう」
辟易した様子を隠さない私にさすがの山姥切くんも黙ってこくりと頷いた。物事全部ネガティブな方向に持っていって、尚且つ暴走しちゃうのどうにかならんものか。
「それって寝る時もそのままなの?」
「…そうだが」
「へぇ…」
やっぱり山姥切くんってブランケット症候群じゃなかろうか。あの、特定のものを常に持っていないとパニックになってしまう一種の病気。これも彼の性格だと余計なことをしない方がいいのか、それとも何かしら手を打った方がいいのか…。
「何を考えているのか知らないが、顔を見られたくないだけだ」
「あれ、そうなんだ。………。なんで?」
「…写しが堂々と顔を出していいはずがない」
「ふうん。でもそっくりさんって3人いるらしいよ、気にしすぎだよー」
「あんたにはわからんだろうよ」
「山姥切くんの良いところはわかってるつもりだけどね!」
「…フン」

内番の様子を見て回って、最後に台所に足を運ぶと今日の料理当番の青江がお皿に二串乗ったみたらし団子をくれた。ちょうどよく焦げのついたお餅にとろりとした蜜がかかって美味しそう。
「貰ったはいいけど皆には内緒だよ?って言われちゃったからなあ。……今のめっちゃ似てた。ンン…、皆には内緒だよ…?うーわ、似すぎかよー」
今度ずお君の前でモノマネしてやろう。アホ毛をぴょこぴょこ揺らしながら自分も、と誰かのモノマネをしてくれるであろう彼を思い浮かべながら適当に人の気配のない部屋の障子を開けるとなんと先客がいた。朝に構ってもらおうと少し話をして、結局逃げられてしまった山姥切くんが部屋の隅で畳に寝転んでいる。こちらに背を向けた状態なので表情は伺えないけれど、誰かが入ってきたのに反応しないだなんて様子がおかしい。一先ずお団子の乗ったお皿を机に置いて近づいてみる。
「…山姥切くん、なんで芋虫になってるの?お腹痛いの?」
「………」
「山姥切国広くん」
「…ん」
寝てらっしゃる。控えめに肩を揺らしたことで寝返りを打った山姥切くんはいつもの不機嫌そうな、それでいて淋しそうな顔ではなく、それはそれは穏やかな表情で規則正しく胸を上下させていた。彼に嫌われたくないから口に出したことはないけれど、見れば見るほど綺麗だ。
「ほんとに、包まって寝てる…かわいいなあ…」
「………」
「本物の山姥切さんはいないから見たことないけどおんなじ顔してるのかな。…それでも山姥切くんは山姥切くんで強くてかっこいい別の人なんだから、気にしなくていいのに」
「………」
「人じゃないか。いや、でも今は人だしな…?……ま、なんでもいいや、お邪魔しますよー…っと」
左肩のところでくくられている紐を緩めて布の中に私が入れる分のスペースを作る。それからもそもそと布の中に頭から突っ込んで山姥切くんと同じ体勢に寝返り、体がジャストにフィットする位置を見つけた。一度この布に包まってみたかったのだ。マントみたいでかっちょいいから。
「………」
「うわ、めっちゃいい匂いする。山姥切くんこの布自分で洗ってるのかな。毎日…?可愛いしええ子や…。絶対A型」
「………」
「光忠もA、薬研くんもA、長谷部さんもA…岩融はOで今剣くんは…なんだろ、AB…?まだ見ぬおじいはBだなあ…歌仙、くんは…なにかな…ぁ……」
私、血液型の話題結構好きなんだよね。でも考えてたらなんだか眠くなってきた。触れ合った右肩からじんわり伝わる山姥切くんの体温があったかいし、いい匂いの布に包まれているし…もういいか、このまま寝ちゃっても。
「………」
「………」
「…なんで無理矢理薄汚い布の中に潜り込んできたんだ」
「………」
「しかもなんで寝る」
「………」
「………」
「………」
「……いい子なのはあんただよ、主」
おでこに触れた柔らかいものが気持ちいい。