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ピンと張り詰めた一室で鯰尾くんの語りが終わった。私の最近暑いねという呟きから夏と言えば、という話が膨らみ最終的に誰かの夏と言えば怪談だ、の発言でその場のノリで始まってしまった怪談大会は青江の独壇場かと思われたけれど、意外にもダークホース鯰尾くんが驚くほど綺麗に最後をかっさらってしまったのだ。
「なぁんてね!いや〜、皆さん反応がいいから気持ちいいなあ」
「ぼ、僕おトイレ行けないですぅ…」
「僕もぉ」
「岩融、おトイレについていってあげます。それからきょうはいっしょにねてあげますよ」
「おお、今剣は優しいなぁ。さあ者共、今剣と共に厠へ行こうぞ!」
短刀たちに囲まれた岩融が出て行ったことで部屋の人数が半分くらい減った。大倶利伽羅も混じっていたような気がするけど知らないふりをしてあげよう。
それにしても岩融は本当に面倒見が良いなあ。惚れそう。
「さて。短刀たちも行ったことだし、本番といきましょうか」
「えっ。まだやるの?」
「だって主さん全然怖くなさそうだし。ちゃぁんと涼しくしてあげますよ」
「いや、もういい。十分怖かった」
え〜?だなんてにやけた顔で近づいてくる鯰尾くんはしっかり私の汗ばんだ手を握っていて、帰すつもりはないらしい。本当に勘弁して。聞くのはいいけどその後ふとした瞬間に思い出すのが嫌なんだ。そういう時は大抵一人の時なんだから。誰かに助けを求めようとしたその時、まさに絶妙なタイミングで救世主が鯰尾くんの名を呼んだ。
「おやめなさい。明日はお前も京へ出陣予定でしょう。もう寝なさい」
「ゲッ…いちにい」
「兄の顔を見てゲッとは…。鯰尾はいつからそんな子に…」
「わかったごめん!寝よう、いちにい!それじゃ主さん、皆さんもおやすみなさーい」
鯰尾くんが悲しそうに眉を下げた一期さんの背を押してそそくさと部屋を出て行った。一期さんを悲しませるとなんでか罪悪感がすごいもんね。幸せにしてあげたい刀剣男士堂々の一位だもの。よし、鯰尾くんも行ったことだし私もそろそろ御暇させてもらおう。
粟田口兄弟とは反対方向に回廊を進んでいると一室だけ障子が開け放されたままなのを見つけた。…鶴丸って本当に誰の部屋でも開けっ放しで出て行くし、奴のために作られた開けたら閉めるの本丸ルールが全然意味ない。冬は寒いし夏は虫が入るし、本当に勘弁してほしいんだけど。…そういえば鶴丸もさっき怪談聞いてたな。ちょっと脅かしてやろ。
ごちゃごちゃと物が溢れる部屋へと踏み入り、どこに隠れようか思案する。ここは無難に押入れか。暗くて私が怖いからちょっとだけ隙間を開けといて。ていうかなんであの人こんなにおもちゃ持ってるんだ。まさかお給料全部びっくりアイテムに…?そんな身を削った驚きいらないよ…。まあ人の幸せはそれぞれだし、それで鶴丸が満足なら何も言うまい。カチャリと電気紐を一回引っ張る音がした。鶴丸が帰ってきた。それまで月明かりに慣らされていた目に急に明るくなった部屋は眩しすぎて、数回瞬いてから隙間から鶴丸の様子を覗き見た。こちらに背を向けて散らばった数々のおもちゃを拾い集めている。たぶん寝るスペースを確保するためだと思う。楽しげに喋っているところしか記憶にない鶴丸の静かなところを初めて見たけれど、さすがに一人では騒げないもんな。というより鶴丸が一人で居るところを見たことがない。…一人で居る時くらいはみっともなく声を上げて驚くかもしれない?究極の仮定に行き着くと口が勝手ににやけて落ち着かなくなってきた。いつ飛び出せばいいかな、どのタイミングが一番驚くだろう。こんなに楽しいなら鶴丸がクセになるのもわかるかもしれない。はやる気持ちを抑えて白い背中を見ていると、それは静かに立ち上がり両手いっぱいにおもちゃを抱えこちらに歩いてきた。押入れに押し込む気か、よし開けた瞬間が勝負。
しかし押入れの目の前まで来た鶴丸は開けずにじっと突っ立ったままだ。私は下段にしゃがんでいるから立っている鶴丸からはバレていないはずだけど。
「…隙間」
やばいバレる。バレたら毛程も面白くなくなるから深く考えずに早く開けてほしい。暫く襖と対峙していた鶴丸はとうとう怪訝そうな顔のまま引出に手をかけするりと引いた。もらったぜ。
「わあ!」
大声と一緒にがっつり細い足首を掴んでやるとびくりと跳ねた鶴丸が私の右手に後退を阻まれ尻餅をついた。そこでようやく視線が交わる。
「驚いたか!?」
蜂蜜色の瞳はいつもよりもっとぱっちり見開かれて私を映している。しかし鶴丸は応えない。せっかく鶴丸のいつもの台詞まで真似してあげたのに。はっはっは!こりゃ一本とられたぜ!なんて反応が返ってくるんだとばかり思っていたから少しだけ物足りないじゃないか。
「人のリアクションに文句つける割には微妙ですな。そんなんじゃリアクション芸人への道は遠いぞー」
掴んだままだった足を軽く叩いて遠回しに返事の催促をしてみるも鶴丸の薄く開いた唇から音が漏れ出る気配はない。本当なに?魂抜けてたらどうしよう。仕方がないので鶴丸の顔を眺めて反応を待っていると変わらず私に視線を注ぎ続ける瞳からふいに蜂蜜色が溶けてとろりと零れた。鶴丸が、泣いた。
「えっ?つる、えっどうしたの?お、お尻痛い?あの、手入部屋まで運ぶから!」
弾かれたように押し入れから這い出て側に寄るまでの間、鶴丸は何度も首を横に振っていた。ようやく動きを見せたと思ったらこれか。痛いんじゃないならなんだと言うのか。
「ものっ、物の怪かと…っ」
物の怪。
「………。え?怖かったの…?」
こくりと頷いてから顔を上げた鶴丸はどんどん溢れてくる涙を両手で必死に拭っていて慌ててその手を掴む。事の発端は私だけど、そんなにすると痛くなってしまうから泣かないで…。今日たまたま光忠に持たされていた、たっぷりの柔軟剤で洗った柔らかなハンカチを白い頬や少し色付いた目元に押し付けて涙の粒を吸い取る。怪談の最中だっていつも通り楽しんでいたのに。
「まさか鶴丸が怖がるとは…」
「おっ、れにだって…こわ、い、ものっくらいある、あるさ。君は…っひどい奴だな」
「ほんとごめんね。もうしないから泣き止んでよ、鶴丸ー…」
しゃくりあげながら弱々しく責められると罪悪感が膨れ上がって爆発してしまいそうだ。鶴丸の涙はまだまだ枯れそうにもない。もう掛ける言葉が見つからなくて、どうしたら泣き止んでくれる?と聞くと揺れる瞳がまた私を捉えた。
「きょうは、添い寝してくれないと、いやだ」
私が泣かせたくせにこのいつもと違う女々しい鶴丸も、神様のくせに幽霊を怖がるところも、濡れて束になった白い睫毛も全部全部可愛いと思ってしまってごめんなさい。布団を敷くなり私を腕の中に引き摺り込んでぎゅうぎゅうと抱きついてきたことに幸せを感じてしまってごめんなさい。鶴丸の泣き顔をまた見たいと思っていることをどうかお許しください。隣で眠る神様へ懺悔。