最近、悩みがある。
「おい、ひよ子。さっさと用意しねーと追いてくぜ」
「え、待って待って!はやい、承太郎!」
それは女の子からの好意を欲しいままにしているスーパーイケメンハーフ、隣のクラスの空条承太郎に対する恋慕の情から。とかではない、残念ながら。
屋上の給水塔の上で昼寝をしていた承太郎の学帽が、風に乗ってひらりとフェンスの側まで落ちてきたのを人生初のサボりをしていた私が拾ったのが承太郎との初対面だった。そんな劇的出会いから名前呼び、更には一緒に帰るまでに距離が縮まった承太郎との仲に悩みなどない。むしろ順調だと!私はそう思いたい!
「承太郎、君ってほんとに人気者だね」
群がる女子に承太郎が喝を入れたところで、そいつは姿を現した。
「それは嫌味か?花京院」
「まさか。羨ましい限りだよ」
くすくすと、口元に緩く握った手を持って行き楽しそうに笑う私の恋敵、花京院典明。
悩みの元凶はこいつだ。こいつはいつもいつもいつもいつも私と承太郎の恋路を邪魔する、目の上のたんこぶ的存在。こいつの過剰なまでの承太郎へのスキンシップ、承太郎を見つめるうっとりとした瞳、たぶんこいつは承太郎のことが好きなのだ。いや、絶対。今日だって私は承太郎と二人で帰るつもりだったのに、この流れではこいつも一緒に下校することになるだろう。
「承太郎に軽口を叩くとは!このひよ子、容赦せんッ!」
「おや、ひよ子じゃあないか。居たのに気付かなかったよ。ああ、君は僕や承太郎と違って背が低いもんね、…ふふっ」
「は!?今、笑った!?女の子が男の子より低身長なのは当たり前なんで。これも可愛いところなんで」
「自分で可愛いなんて口にするあたり、女子失格だね。ねえ、承太郎?」
「承太郎に話しかけるな、このチェリーボーイが!」
「なんだ、今日はやけに突っかかってくるね。そんなに承太郎と二人っきりがよかった?」
「っ、違うわ!ばーかばーか!」
筆箱や空のお弁当箱を急いで詰め込んだ鞄を引っさげて、待っててくれた承太郎とムカつく花京院の間に割り込む。こいつのこういう悪意丸出しで私の承太郎への想いを知ってて尚、からかうように邪魔をしてくるところが心底嫌いだ。承太郎を背に庇うようにぐるる、と前髪巻き巻き院に威嚇しているとお前は忠犬か、と後ろから承太郎の大きな手で犬にするように頭を撫でられた。
………承太郎ーー!いい!忠犬でもなんでもいいよ、私!承太郎が撫でてくれるなら!!!
ぽやぽやと撫でられた余韻に浸っていると、いつのまにか花京院が承太郎と連れ立って階段を降り始めていた。油断ならん、花京院典明ィ…!

承太郎、私、花京院と並んで帰路に着く。承太郎の隣は絶対に譲らない。
「それで承太郎、聖子さんは最近どうだい?」
「どうって普通だ。相変わらずうるせーアマだよ」
「はは、そんな言い方するなよ承太郎。最近会ってないし今度君の家に遊びに行ってもいいかな?」
「いいぜ」
二人よりも低い位置にある私の頭を飛び越えて会話が交わされる。
入れない…。私は承太郎のお母さん、聖子さんという人にも会ったことがないし、花京院はわざとかどうかは知らないが私に付け入る隙を見せずにこれでもかと饒舌っぷりを披露している。
あ、今こっち見てにやっとした!こいつ絶対わざとだ!承太郎も楽しそうに喋っちゃってさー、いいないいなー。家に遊びに行くとか私にはできないことを平気で遣って退けるなんて、同性羨ましい!
「このホモ!ガチホモ院!」
「誰がホモだ、誰が」
「あ、聞こえてましたか。ごめんなさいね?」
「……ほんっと、可愛くないね」
「花京院に可愛いなんて思ってもらわなくていいもん」
「へぇ。じゃあ誰に思ってもらいたいの」
なんだこいつ腹立つな。にやにや見下ろしてくる花京院の前髪を引っ掴んで、ハサミでばつんと一思いに切って泣かせてやりたい。
私がどっかの漫画の頭の弱いヒロインみたいにうっかり承太郎って言っちゃうとでも思ってるわけ?言うわけないだろ、ばーか!ば花京院!
「未来の彼氏」
「ハッ、それじゃあ一生誰にも思ってもらえないね」
「はあ?今なんつった!」
「ひよ子に彼氏なんかできるわけないって言ってるんだよ」
「できるし!すぐできるもん!」
「…そんなに欲しいなら僕がなってあげないこともないけど?」
「は?何言ってんの、花京院みたいな残念イケメンお断りだし!付き合うなら承太郎みたいな人がいい!」
「承太郎とひよ子じゃあ悪い不良に誑かされた可哀想な女子高生にしか見えないよ!僕と並べばお似合いじゃあないか!」
「やーだー!」
「なんでさ!」
「花京院意地悪なんだもん!助けて承太郎ー!」
承太郎の後ろにさっと回り込んで学ランの裾を捲り抱き締めて、縋るように頬擦りする。わお!承太郎のお尻!羨ましかろう、花京院!
「いつも承太郎承太郎って!僕の方が絶対優しいのに!」
「花京院こそ承太郎にべったりなくせに!邪魔!どんだけ承太郎のこと好きなの!」
「それだけど!僕は別に承太郎に恋心なんて抱いてないからね!」
「嘘つき!ホモ!」
「うるさい、鈍感!」
ああ言えばこう言う目の前の男がどうしても、どーーーうしても気に入らない。なに、鈍感って。何言ってんだ、お前は!嫌い!うざいうざいうざい!
「もう!承太郎!黙ってないで花京院なんとかしてよ!」
いつの間にかヒートアップして立ち止まって言い合っていた私たちを置いて、自宅への距離を縮めていた承太郎の広い背中に叫ぶ。後ろからでも帽子の鍔をくっと下げたのがわかった。
あ、今絶対いつもの口癖言った。かっこいい。

気付けよな!
(僕が狙ってるのは君だって!)
(俺が邪魔だってか)