『父さん父さん!今度の発表会の劇、オレが主役なんだぜ!このジョセフ様が竜をギッタギタのメッタメタにやっつけて、眠り姫ちゃん助けちゃうのよン!』
興奮した様子のジョセフがエアパンチやエアキックを繰り出しながら自慢げにパパに語って、危ないからやめなさい、とやんわり宥められていた。
小学校ではもうすぐ参観日で、劇の発表がある。
お兄ちゃんが通う高校も私たちの数日後に文化祭で劇をするので、皆少し浮き足立っているみたい。
5年生のジョセフは眠れる森の美女の王子役を見事勝ち取り、同じ話を何度も何度も自慢げに語るのだった。
『いーなー!オレもかっこいい王子がよかったっス!』
『なによ!アタシとヘンゼルとグレーテルするのがやなの?』
「そ、うじゃないっスけどぉ…」
徐倫ちゃんに詰め寄られた仗助がちょこんと座り込んでいるジョニィの後ろに逃げ込む。
私と同じ1年生の仗助と徐倫ちゃんの二人は同じクラスで、一緒に主役をするのだそうだ。
『いいじゃん、ぴったりだし。ぼくなんか白雪ひめだよ…』
『まさかジョニィちゃんが白雪姫役〜?んふっ』
『ちがうよ、ばかジョセフ。王子に決まってるだろ』
『キスシーンの時だけジャイロ君がお姫様なんだっけ?』
『…なんで知ってるの、ジョナ兄。じゃなくて、ジャイロはいいの!いやなのはディエゴ!ディエゴがわるいマジョなの!あいつとしゃべりたくないー…』
2学年上の泣き虫な兄は本番の舞台を想像して、じわりと涙を滲ませる。
男の子が女の子役をするなんて、変わったクラスだ。
そのディエゴ君という子がよっぽど嫌らしい。
当時は特に違和感を感じなかったけれど、今思えばジャイロとのキスシーンを受け入れていることに驚愕なのだけど。
『泣かないで、ジョニィ。ぼくはシンデレラの王子です。女の子がいっぱいです』
『うー…』
オトナノジジョウ、というやつで最近家に住み始めた従兄弟のジョルノは小学1年生にしては少々性格が歪んでいると思う。
とうとうジョニィの目から大粒の雫が溢れた。
ぼろぼろと止まらない涙を零しては拭い、零しては拭いを続けるジョニィの頭を承くんが戸惑いがちに撫でる。
『ジョルノ、いじわるしないの』
『はい、ジョナ兄』
眉間に皺を寄せ、唇を噛みぷるぷる震えながら落涙するジョニィを抱き上げて、ジョルノを注意するお兄ちゃん。
理由は分からないがこのマセた従兄弟はお兄ちゃんだけには殊更素直だし、 従順だった。
『ありがとう、承太郎。ほらジョニィ泣かないのー』
『ディエゴやだあっぜったいにぶっころしてやるうっ』
『もう、そんな汚い言葉使っちゃいけません。承太郎、2年生は何するの?』
褒められて照れた承くんは帽子目深にかぶり直し、ぼそりと呟いた。
『…もも太郎。オニたいじだぜ』
『ジョナ兄はー?やっぱり王子様?悪いやつ倒す?』
『ジョセフはそればっかりだね…。んー、僕はロミオとジュリエット。倒したりしないけど、王子様だよ』
徐倫ちゃんがロマンチックー!と最近覚えた言葉を使って、きゃあきゃあ飛び跳ねる。
この流れに乗らなければならないのなら、私も報告することになるのだろうか。
出来ることならば避けて通りたい道だ。
『ひよ子は?どんな劇するの?』
不可避であった。
お兄ちゃんが優しく笑って私の返答を待っているし、他の兄姉も興味津々とこちらを見つめている。
私はその視線に耐えられなくなって、俯いてワンピースの裾を指が白くなるほど握り締めた。
『……ねこのおんがえしの、ねこ。ふつうの、ねこ』
消えてなくなってしまいたかった。
皆物語の主役なのに私だけ猫の国に住む台詞のないただの黒猫だなんて。
恥ずかしくて情けなくて、まだぐすぐす泣くジョニィに当たり散らしたかった。
3分しか舞台に上がれないの、右から2番目に寝転んで主役の女の子を見つめるだけなの、そんな私の気持ちがわかるの?と。
『猫さんかー!じゃあ可愛いひよ子をいっぱい写真に撮らなくちゃね』
涙が零れてしまわないように、靴下の柄を一生懸命睨み付けていた私の頭をお兄ちゃんがふわりと撫でた。
目の一番奥の方がチカチカして熱い。
どうしてそんなに綺麗に生きられるのか。
私は今だって、ジョニィが泣いてるせいで自分が泣けないだなんて考えている汚い生き物なのに。
瞬きをしたせいでぽたりと一滴、涙がお気に入りの紺色のワンピースを濡らしたけれど誰も気付いてはいないようだった。

すうっとチャイムの音が耳に滑り込んできて私の意識を引っ張り上げる。
枕にしていた腕の部分が少し湿っている気がした。
潤んだ目を袖で拭って余計な水分を吸収する。
「…うわぁ、涎出てた」
「えー…僕不潔な女の子はちょっと」
「典明おはよー」
「おはよう。もう下校だけどね。よく座って爆睡できるよ、居眠りする人の気が知れん」
確かに典明はぷかぷか船を漕いでいることはあるけれど、がくりと力が抜けた瞬間に目を覚ますタイプだ。
私は睡魔に打ち勝つその精神力を持つ人の気が知れんよ。
「あ、あと30分しかないよ、典明」
「え?…あ!」
早くしないとお店閉まっちゃうよ、と言う前に典明は走って教室を出て行ってしまった。
あの顔は本気だ、本気以外の何物でもなかった。
一ヶ月前くらいから典明が気にしていたゲームのソフトが今日発売されたらしい。
学校から一番近いお店は何故か早い時間に店を閉めてしまうので、朝からそわそわしていたというのに。
あんなに楽しみに何回も話してきたくせに自分が忘れちゃうなんて、おっとりしてるなあ、のりくん。
それはそうと、別れの挨拶ぐらいしろよ。
あと、不潔発言も根に持つからな。
どこかのクラブの掛け声を遠くに聞きながら廊下を歩く。
典明はゲーム、ミスタはピストルズのお守りで一緒に帰れないので、今日は久しぶりに一人で帰路につく。
いつも帰る時は友達と何かと寄り道したりとふらふらしているので、一人の今日はどうしようか。
真っ直ぐ家に帰る気は毛頭ない。
なんだか、すぐに家に帰ってしまうのはもったいない気がするのだ。
うーん、違う道から帰って探検でもしようか。
そうしよう、近道探して典明に教えてあげよう。
いつもは右折して住宅街に突入するところを真っ直ぐ進んで何かの工場の前を歩く。
あ、あっちからパンの匂いがする。
パン屋さんかパン工房かな。
こんなに美味しそうないい匂いを漂わされたらおなかがすいてきちゃうじゃあないか。
早々に近道探しを諦めて匂いにつられるままに(たぶん)パン屋さんを目指し、見たこともない道をぽてぽて進んで行った。

ら、見事に道に迷った。
かなり前から迷っていたけれど、なんとかなる精神で探検を楽しみ続けた結果、気付けばもう半分ほど日が沈んでいた。
おまけにパン屋さんは見つからず終いで、最悪だ。
無駄におなかをすかす結果になってしまった。
当初の予定ではもう本当にどうしようもなくなったら優しい典明か、暇を持て余してその辺をぶらついているであろう某漫画家に連絡して助けを求めたらいいやと余裕をぶっかましていたのだが、いつの間にか命の次に大事なあいふぉんちゃんが充電切れになっていた。
最後の力を振り絞って!貴方はまだいけるはず!と何回か電源ボタンを長押ししてみたもののうんともすんとも言わない。
なんで授業中に無駄に青い鳥さんで呟いたり、メダルを飛ばして敵を撃破するアプリに耽ったりしたのだろうか。
そもそも方向音痴なことを忘れて一人で探検しだした私はどうかしていたのだろうか。
もしかすると馬鹿なのだろうか?
元来た道を戻ろうにも、もうさっぱり覚えていないし、距離感も土地勘もない。
完全に詰んでいる。
数時間前の無駄な電力消費に後悔し、どうしようもない現実に絶望して眼窩の奥がカッと熱くなった。
待て、泣くな、まだ慌てるような時間じゃあない。
コンビニに行って道を聞こう。
もうこの際、羞恥心と若干のコミュ障をかなぐり捨てる覚悟がないと、家には帰れない!
覚悟とは!夕暮れの商店街に!家への道を切り開くことだ!
「……ぅ、…」
「………?っほぁ…!?」
コンビニまで後もう少しというところで左手にある暗く狭い、大人が一人入れるか入れないかくらいの幅の路地から声がした。
猫かな?と好奇心から覗き込んで、目を凝らしてみると人の髪の毛が地面に流れるように散らばっていた。
ダークピンクの、人の、髪の毛。
殺人現場?行き倒れ?そもそも死んでんの?生きてんの?
うわ…動いた。
「誰か…いるのか?」
どうしよう、会話を試みてきたぞ。
助ける?無視する?
怖いし怪しい…、えー…。
「ノックしてもしもぉ〜〜し…?大丈夫ですかー…」
もう、これでなにかやばい犯罪に巻き込まれたらどうしよう。
お兄ちゃんに心配をかけて皆に怒られて、悪いことしか予想できない。
「……………」
向こうから話しかけてきたくせに返事がない。
仕方がないので制服が汚れないように気を付けながら、そろそろと近付いてみる。
もう返事しちゃったし今更引き返すとそれこそ人としてどうなの、って感じだし。
ちらりと覗いていたピンクの長い髪の持ち主はなんというか、その、漁業で使う網に絡まった男の人だった。
いや、あの網じゃあないかもしれないけれど服ではないよ、これは。
服の意味を成してないですもの。
変態にしか見えない網とジーンズを着ている男の人は右半身から血を流してうつ伏せに倒れていた。
怪我した時に服どっかいったの?
着れなくなったから脱いだとかだろうか。
いや、仮にそうだとしてもこの下着のセンスよ…。
その人の頭の横らへんにしゃがんでまじまじと観察していると足首をがっしり掴まれた。
過ぎた驚きで声は出なかったけれど、代わりに背中と掌にぶわりと汗が滲んだ。
「悪いが、助けてくれないか…?」
「え、あ……ウィス…。救急車呼びます…?」
「いや、それはちょっと…。あんまり、大したことないし…」
…具体的にどう助けろと。
ていうか大したことあるでしょう、その血の量は。
うんうん悩んだ末に、運良く持っていた体育のジャージを鞄から出して制服の上から着る。
たぶん人を呼んできて、とかそういうことなんだろうけれど、ここら辺はどうも人通り少ないみたいでさっきから誰も見かけないし、もうこれは私が肩を貸すしかないだろう。
怪我人を前にして先に着替えは薄情かもしれないけれど、私ははっきり言って見ず知らずの変態よりも自分の制服の方が大事だ。
第一血だらけで帰ってみたまえよ。
過保護なお兄ちゃんに捕まって質問責めにされるに決まってる。
髪をゴムで纏めて、ジャージの袖を捲った。
「よし、触っても大丈夫ですか?ていうか肩貸したら歩けます?」
「ああ…」
私の手と壁を支えによろよろと立ち上がった変態は、寝転んでいたからわからなかったけれど意外と上背がある。
…いけるかな?これ。
変態の腕を肩に回すと、遠慮なく体重がかけられた。
まじかぁ…目的地が近いことを祈るしかない。
「…あの、歩きにくくてごめんなさい。私そんなに身長高くなくて」
「…ディアボロだ」
「ディアボロさん?…私、ひよ子です」
本当は知らない人にあんまり名乗りたくなかったけれど、相手が名乗ったのに自分だけ教えないなんて失礼だ。
よく見ると顔色がものすごく悪いディアボロさん。
一体あの路地裏で何が。
ていうか顔が近いな。
案外綺麗だけれどケバい横顔をじいっと見ていると目線がかち合って、考えていたことが顔に出ていたのかディアボロさんがこの大怪我に至るまでの経緯を話しだした。
「猫をな、猫を追いかけてたんだ」
「猫?」
「歩いていたら三毛猫が前を通り過ぎて行ったから着いて行ったんだ。そしたらあの路地裏に辿り着いて、ちょっと入ったところで何かに躓いて転んで壁で右半身を削って貧血で倒れてた」
「……………」
何それ、運悪すぎだし貧弱かよ…。
同情と憐れみの目を向けていると、ディアボロさんが小さく呻いた。
やばい、傷に手が当たっちゃったかな、気をつけないと。
「ひよ子はなんであんなとこにいたんだ。近所に住んでるのか?」
「あー…、わかんないです…」
「?用事か」
「まあたぶん、そんなとこです…」
迷子だなんて言えない。
こんな人助けは当然ですよって風ないい人オーラ醸し出してるのに実は当の本人は迷子です、だなんて言えない恥ずかしい。
ディアボロさんを無事家まで送り届けたら今度こそ予定通りコンビニに道を聞きに行こう。
そこを右に曲がったところだ、と目線をやるディアボロさんの指示通りに突き当たりを曲がると、荒木荘という年季の入った二階建て木造アパートが佇んでいた。
年季が入っているを通り越してボロい。
「悪いが部屋は二階なんだ。もう少し肩を貸してくれ」
「全然いいですよ」
よくねーよ。
アンタ自分の体重わかってんのか。
にこやかに微笑んで二階へと続く外付け階段に足を乗せると、薄汚れた木の板がぎしりと乾いた悲鳴をあげた。
二人同時にこの階段を登って大丈夫かな、壊れたらどうしよう。
「でも意外ですね。ディアボロさんってもっとすごい豪邸とかに住んでるイメージあります」
「こんなボロアパートに住んでるんだもんな」
「いやいや、ボロいとは言ってませんよー」
「正直に言ってもいいぞ」
「…ちょっとだけ」
いひひ、と笑うとディアボロさんが鋭い目を細めて優しく微笑んだ。
さすがイケメン外国人…。
思わず見惚れてしまって、熱が集まりかけた顔をぱっと逸らし階段を上ることに集中した。
「っはあー、登った!ディアボロさん、何号室です?」
階段を軋ませながらもなんとか登り切る頃には、軽く息があがってしまっていた。
ディアボロさんが最後の一段を踏み外さないように登るのを見届けてから目線を彼に向けると、最初の比ではないくらいに顔の距離が縮まっていた。
「ディ、アボロさん?」
「……………」
「なんですか、ちょっと近いですよね…?」
「初めからから思っていたが、お前は綺麗な顔をしてるな」
「え?あ、えー…」
ディアボロさんの方が綺麗な顔してますよー、なんて言い返すほどの余裕はない。
恥ずかしいから、もうほんとにやめてほしい。
照れのせいで変な顔になってるに違いない、絶対。
イケメンは苦手なのよ、私。
熱くなった顔を伏せて少しでも視線から逃れようと試みる。
ああ、手のひらがチクチクする。
手汗が吹き出してきた。
あまりにも熱心に見つめてくるディアボロさんに耐え切れなくなって目を伏せきゅっと唇を噛むのと同時に、頬にふにっとした柔らかいものが押し付けられた。
これは、この感触は、唇…ッ!!
「Grazie(ありがとう)、可愛い人。礼だ」
「今、今ちゅうしました…?」
「した」
「なんで?」
「だから礼だ 」
「…こ、ういうのは、恋人同士じゃあないのに、しちゃだめだと思います…」
「………。そんなこと気にするのは子供だけだ。ひよ子、俺がお前を大人の女にしてやろうか」
「んぇ?」
目を細めて厭らしく唇を歪めたディアボロさんが、再度顔を近付けてきた。
間違いなく次は頬では済まされないはずだ。
やばいぞ、肩を貸してるし怪我人だから突き飛ばすわけにもいかない。
うわ、近い。かっこいい。
ああああ、私のスウィートな唇が。
「ンッン〜。楽しそうだなァ、ディアボロ?」
「ゲッ…」
鼻先が触れ合いそうな距離まで迫ってきていたディアボロさんは、声がした瞬間にさあっと顔を青くして動きを止めた。
それからギリギリと音がしそうなほど不自然に後ろを振り向く。
私もその方向に目を向けると、201号室から全身真っ黄色のひよこみたいな男の人が開け放たれた扉に背を凭れて、にやりと口角を上げてこちらを眺めていた。
斯くして犬歯が鋭いひよこさんのおかげで私の唇は守られたのだった 。
「DIOぉ…お前のせいで貧血になったんだ…ッ。じゃなきゃ、あの程度で帝王たるこのディアボロが倒れるわけがない…!全部お前のせいだ!」
「はあ?だからなんだ。幼気な女子高生を引っ掛けてきた言い訳か?」
「言い訳じゃあない!引っ掛けてない!」
「ディアボロ、まさかお前もファニーと同じロリコンだったとはなァ?」
「ロリコンでもない!一緒にするな!」
あれ、ディアボロさんさっきまで余裕のある大人の男の人だったのにな?あれ?
ぽけっと二人(主にディアボロさん)の言い争いを眺めているうちに、空が黒一色に塗り潰されていることに気付いた。
そろそろ帰りたいなあ。
そんな私の思いなんて知る由もなく、でぃおさんが現れた瞬間烈火の如く憤怒し始めたディアボロさんは、興奮しすぎたせいでくらりときてしまったのだろう。
小さく呻いてから私の肩に容赦無く体重をかける。
それに連動して私も呻く。
「重いー…」
「あ、悪い」
「ディアボロさん悪いと思ってないでしょ」
「寄越せ」
ズンズン近付いてきたでぃおさんがディアボロさんの着ている網の項あたりを掴んで、私を倍以上の重力から解放してくれた。
ディアボロさん、母猫に運ばれる子猫みたい。
知り合いっぽいし、このままでぃおさんに預けてもいいだろうか。
「あの、でぃおさん。ディアボロさんのことお願いできますか?私そろそろ帰らないと」
「でぃおではない。DIOだ、DIO」
「でぃ、di…di?DIO?」
「そうだ。送って行くか?」
「あ、いえいえ、お構いなく!それよりディアボロさん、怪我が酷いので優しくしてあげてくださいねー」
「このカビ頭のことは任せろ」
やっぱりカビに見えるよなあ。
ぺこりと頭を下げてから慎重に軋む階段を降りていると、カビじゃあない!と叫ぶディアボロさんの声が聞こえた。
貧血なんだから大人しくしろよ。
「おい、また来い。ゴキンジョには愛想良くしないと吉良がうるさいからな…」
「また、是非」
たぶんもう来ないけど。
階段を降りて荒木荘の敷地外に出てから二階を見上げると、襟足を掴まれたディアボロさんがずるずると玄関に引き摺り込まれているところだった。
ディアボロさん結構がっしりした身体してるのに片手で引き摺るDIOさんすごい。
いや、DIOさんの方がでかかったから普通、なの?
それから私は少量の血液が付着したジャージをカバンに詰め込み、ぷるぷる震えながら羞恥に耐えてコンビニの不思議な黒と赤の瞳のイケメン外国人店員さんに道を尋ねた。
今日はよく外国人に会うなあ。
店員さんに教えてもらった道を進んでいくと、すぐに見知った道に出た。
意外とゴキンジョだったみたい。
他の家より大きな我が家が目に入ると、それまで早足だったペースが急速に落ちる。
原因は家じゃあない。
玄関前に立っている、あの遠くからでも厳めしい雰囲気が伝わってくる男の人のせいだ。
しかしいくらのろのろと歩いていたって、歩みを止めない限り目的地には着いてしまう。
「……ただいま、承くん」
「ひよ子、てめぇ…。何時かわかってんのか…?」
「充電切れてるのでワカリマセン…」
「…チッ、どこで何してた」
承くんが私に舌打ちした。
身内には案外優しい彼が私にこんなに怒るのは珍しく、不覚にもびくりと反応してしまった。
それでもこの歳にもなって近所で迷子でした、は恥ずかしいのでごにょごにょと口籠ってしまう。
「……探検を…」
「あ?」
「…迷子になってました」
「で?」
「…その、帰れなくて…」
「だから?」
「……………」
「迷ったなら誰かに聞くなりなんなりすりゃあいいだろうが。お前の顔に付いてるその口は飾りか?大体ふらふら寄り道してっから迷うんだ。違うか?あ?」
「……………っ」
「なんとか言えや」
もう駄目だ、零れてしまう。
「…ぅ、っ……」
俯いてなんとか表面張力で耐えていた涙が、堰を切ったようにぼろぼろ零れ出した。
男の人の怒気を直球で受けるのは、死ぬほど怖い。
ただでさえ強面でガタイが良くて、不良な承くんに怒られると尚更怖い。
「えっ、ぅ、…っ」
「…泣くなよ」
「…っ、…、っ」
「唇噛むな。切れるぜ」
承くんの声から苛立ちが消えた。
でも私の涙は、そう簡単には止まってくれない。
「あ」
「…っ、?」
玄関からひょっこり顔を覗かせて、様子を見に来たジョセフと目が合った。
意外と空気の読める彼は私の涙を見た途端、声を張り上げる。
「あー!承太郎がひよ子泣かしてるー!サイテー!ゲドー!フリョー!」
「…喧嘩ならいつでも買うぜ」
煽られてスタンドを出した承くんは、私に背を向けジョセフを鋭く睨みつけた。
近所迷惑に、キャー!なんて叫んでわざとらしく怖がって見せるジョセフに青筋を立てる承くんの学ランを恐る恐る引っ張る。
怖いけれどこれはちゃんと言わなきゃいけない。
「…ごめ、っひ、く……めんなさい…」
「………。次からはすぐ俺を呼べ 」
「っは、ぃ…」
「やれやれだぜ」
くしゃりと頭を撫でられてから、手を引かれて家に入った。
心配のしすぎで涙目になっていたお兄ちゃんに色々聞かれたけれど、ディアボロさんとDIOさんのことは言わなかった。
典明にもミスタにも、今日のことは誰にも言わない。
なんとなく、私だけの秘密にしたかった。


対人恐怖症を救う
(ディアボロ、あの女の匂いがついてるぞ)
(嗅ぐなよ、DIO)
(……………)
(なん…ぎゃぁああ!痛い痛い痛い!血を吸うな!)
(食欲をそそる甘美な匂いがしたから、つい)
(…ぅ、ア……)
(また死んだのか、貧弱貧弱ゥ)