悲しくない死ネタ。ジョセQ要素有り。





俺、シーザー・A・ツェペリは今日死んだのだ。
JOJO、喧嘩別れになっちまったが俺は最期にお前のために何かしてやれて満足なんだぜ。先生を困らすな、スージーQに優しくしろ、すぐにサボろうとするな、色々言いたいことはあるがお前が長生きできたらなんでもいいさ。俺の分まで生きろよな。
「おはようございます」
目を開けて最初に見たものは、薄暗い建物の天井、微かな光りに照らされてふわりふわりと泳ぐハウスダスト、そこに似つかわしくない女の子の黒い二つの瞳。
なんだ?俺はワムウとここで死闘を繰り広げて死んだんじゃあなかったのか?
腹に力を入れて上半身を起き上がらせる。ぴくりとも動かなかった身体は容易く脳からの命令を受け入れるし、傷一つない。
夢か?しかしそうなると戦ったことが夢なのか、目の前の東洋人の女の子と今のこの現状が夢なのかますます謎が深まる。
「ねえ、あなたなんで死んだの?」
「…やっぱり死んだよな?」
「じゃなきゃ私と喋れないと思うけど…」
「君は天使なのか?それとも悪魔?どっちだっていいけど、俺を迎えに来てくれる子がこんな可愛い子で嬉しいよ」
「違う、落ち着いて」
右手で女の子の白い手をとって口付けようとすると、さっと引かれて逃げられてしまった。東洋人の天使だから照れ屋なのかもしれない。
「私、幽霊。あなたと一緒」
「幽霊?君も死んだのか?」
「うん、昨日階段から落ちたら死んじゃった。今日友達と遊ぶ約束してたのに、無念」
「なんだか呆気ないな。くだらない、というか」
「うるさいな、放っといて。あなたは?」
「一族の誇りと父の仇と、どうしようもない友のために戦って死んだ」
「私の死因、ほんとくだらなさすぎる…」
目を伏せて不服そうな表情を浮かべるこの女の子の睫毛が、ふいに気になってじっと見つめる。JOJOよりももっと色素が濃い黒で長くくるりと弧を描く彼女の睫毛を、美しいと思った。
「君、名前は?」
「ひよ子。あなたシーザーでしょ?ちょっと前にマフラーの男の人がシーザー!って泣きながら叫んでたよ」
「JOJO…」
俺のために泣いてくれたのか。やっぱりお前はどうにも憎めないいい奴だ。沈みかけた気分を払うようにいつもより数段明るい声を出す。
「ひよ子、君東洋人だろ?随分イタリア語が上手いんだな」
「んん…日本語で喋ってるんだけど…。あ、あれなんじゃない?幽霊だから言語の壁とかないんだ、きっと!」
「幽霊って都合いいな」
「ねえねえ、ここってどこなの?日本で死んだのに起きたら外国で全然理解できてないんだけど」
「スイスだよ、スイスのサンモリッツの閉鎖されたホテルだ」
「へー…スイス…」
「いまいち納得できてない顔してんな」
地理苦手、と小さく呟いてホテルの外に出てしまったひよ子を立ち上がって追いかける。ジャポネーゼか、どうりで芯のある綺麗な黒髪をしてるわけだ。外に出るとひよ子が地面を覆う雪に触れようと試行錯誤していた。何度も雪を掬おうと試みてはするりと通り抜けるを繰り返している。物には触れないらしい。
さて、これからどうしようか。幽霊なんかになっちまって、何をすればいいんだ。そのうち天国か何処かに行けるのか?
漠然と考えを巡らせている間にひよ子はどうやら雪遊びを諦めたようだ。小走りで俺の元に駆け寄って来て、日本ではこんなに雪は降らないんだよ、と教えてくれた。
「ねえ、シーザー。人ってこの世に未練があると幽霊になっちゃうんだって。成仏するには未練を晴らさないと駄目らしいよ」
「そうなのか?」
「シーザー何かに未練タラッタラなんじゃない?」
「俺が女々しいみたいな言い方するな」
未練は…あるとするならば柱の男達のことだ。JOJOの奴が無茶をしていないかも気になるし、もう隣で戦ってやることはできないがあいつが勝つところも見たい。これを見届けるまで俺は幽霊のままだということか。
「ひよ子、俺はもう行かなくちゃあいけない。君はどうするんだ?」
「私…、どうしよう?」
「俺に聞くんじゃあない、スカタン」
「んー、もしよかったら着いて行ってもいい?一人じゃあつまんないし、シーザーの未練が晴れるように手伝うからさ!」
「君の未練とやらはどうするんだ」
「たぶんそのうち晴れるよ」
能天気な子だな。しかし、JOJO達はどこへ行ったんだ?もうこの廃ホテルにはなんの気配も感じない。
「ひよ子、そのマフラーの男がどこへ行ったか知らないか?」
「ぺっつう"ぇるびな山麓!骸骨の踵石!なんかね、すっごい大っきい人たちがサングラスの美人さんと鎧の兵隊いっぱい連れて行く時に言ってたよ!」
「…たぶんピッツベルリナ山山麓だと思うんだが」
「だって難しいからうろ覚えだったんだもん」
「そうか、まあ助かったよ」
ひよ子の頭をさらりと撫でる。そういえば幽霊同士は触れるんだな。
幽霊の身体というのは便利なもので、ここからかなりの距離があるにも関わらず目的地に容易に辿り着くことができた。するすると飛んでいるかのように移動できたのには驚いたが。俺たちが到着した時、丁度JOJOと先生が彼女の出生についての話をしていた。先生に向かってババアだなんて暴言を吐いたJOJOをぶっ飛ばしてやりたかったが、それももう叶わない。ひよ子は先生の年齢を聞いて幽霊であることを最大限に利用し、先生の間近に接近して観察していた。
ここからの流れは割愛するが、JOJOが無事柱の男を倒しスージーQの家に運び込まれても、俺は成仏できなかった。まだ何か未練が残っているらしい。相変わらずひよ子は俺に付き合ってここまで着いて来てくれているし、彼女も未練は晴らせていないようだ。と言っても俺は彼女が自分の未練を晴らすために何かしているところを見たことがない。最近では本当は成仏しようとしていないんじゃあないのか?と思い始めてさえいる。
「ジョジョだいぶ傷が治ってきたね」
「そうだな、スージーQの腕がいいからだろ」
「そう、私思うんだけどね、ジョジョとスージーQってお似合いじゃない?スージーQ可愛いし、ジョジョもかっこいいし」
「かっこいい?いい加減なイナカモンだぜ?俺の方が優しいよ、シニョリーナ」
「シーザーちゃんは駄目だね!チャラいから!すぐ浮気するってこの前スージーQが言ってたの聞いちゃったんだもんねー」
「寂しそうな女の子を放っておけないだけだ」
ベッドで間抜け面を晒しながら寝ているJOJOを見つめるひよ子は、ふよふよとうつ伏せの体勢で空中に浮いている。JOJOを見守っている間に俺たちの身体は重力の法則に縛られないという発見をした。これが相当お気に召した彼女は最近常に宙に浮いている。
「ジョジョって寝てたらほんと子供みたい。こんなおっきいのに可愛いってマジにやばい」
「フン、JOJOだって浮気癖あるんだぜ?こいつ女だったら誰でもいいからな」
「もー、シーザーちゃん、めっ!自分が軽いからって人まで巻き込まないのー」
「…そのシーザーちゃんってのなんなんだ」
「ジョジョがこう呼んでたから!」
なんなんだ、この心臓のあたりがザワザワする不快な感じは。大体なんでひよ子はこんなにもJOJOを気に入ってるんだ?何かにつけてJOJO、JOJOって。しかもJOJOに影響されて俺の呼び方まで変えやがって。JOJOは褒めちぎるのに俺のことは全否定だと?
納得いかん。
「あ、起きた。おはようジョジョー」
ぱちりと目を開けたJOJOはまだ覚醒しきっておらず、瞬きを繰り返すばかりで動こうとしない。いや、ひよ子が誰のことを気に入ろうが俺には関係ないんじゃあないのか?これじゃあ俺がひよ子に好意を抱いてるみたいじゃあないか。
「うわ、おっきい欠伸ー。涎垂れてるよ」
大口開けて欠伸を噛ましたジョジョを見てケラケラ笑うひよ子を見つめる。なんだか、妙にすっきりした気分だ。いつの間にか溜まっていた蟠りが消えたような。
なるほど、うん、そうか、そういうことか。困ったことに俺はこの陽気で気ままなひよ子が好きなのだ。
「ねー、シーザーちゃん。ジョジョがスージーQ探してるよー。買い物行ってるだけなのにこんなに探しちゃって、可愛いね!」
「…JOJOばっかりだな」
「え?見てて面白いし。あらまあ、シーザーちゃんヤキモチー?」
「ああ」
「ん?」
「妬いた。隣にいるのはJOJOじゃあなくて俺だろ、俺を見ろよ」
座っていた椅子から立ち上がって、未だ浮遊しているひよ子の手を掴む。綺麗な黒い瞳を瞬かせて呆気にとられている彼女は、ゆっくりと地上に降りてきた。男の嫉妬は見苦しいという言葉は有名だが、遣り様によってはシニョリーナの心を捕らえる武器にもなり得るのだ。
「え…、あ、っと……、シーザーちゃん、それ、告白みたい…」
「告白だ。ひよ子のことが好きだから、その口から他の男の名前が出てくるのが辛い」
「……ちょっと、今見ないで、恥ずかしい…」
数日間行動を共にしてきたけれど、ひよ子のこんな表情を見るのは初めてだ。両の掌で顔を覆って隠したつもりでいるが、彼女は気付いていないのだ。首元まで赤く染まっているということに。これはもう自惚れてもいいだろう。
「なあ、返事を聞かせてくれよ」
「…シーザーちゃん笑ってるでしょ、声でわかるんだからね。わかってるなら聞かないで、あっち行って」
「ひよ子の口から聞きたいんだ。因みに俺は愛した人が嫌だと言うのならその辺の女の子と仲良くしたりしないって決めてるんだぜ」
「あー…、……好き。こんなイケメン好きにならない方がおかしい」
人様の家だということも忘れて、目の前で不機嫌そうに想いに応えてくれたひよ子を抱き寄せる。ひよ子の匂いと体温が感じられないのが残念だ。
「…私やだからね」
「ん?」
「だからその、他の子見ちゃやだからねって!」
「ひよ子、結構俺のこと好きだな」
幽霊が恋人をつくるっていうのもおかしな話だが、俺たちはいつか消えてしまうまで一緒にいることにした。いつ消えるか分からないという恐怖はひよ子の私はまだまだ未練があるよ、の一言で数日の内に消え去ってしまった。一体生前の彼女に何があったのか。暫くするとJOJOの傷は癒え、名誉の負傷である左手には義手が嵌められた。
「わー、おめでとう!ジョジョとスージーQ幸せそう可愛い!」
純白のウエディングドレスに身を包みはにかむスージーQと、少しは女心がわかるようになったJOJOが結婚した。二人に会ったこともないくせに自分のことのように喜んで、くるくる宙を舞っているひよ子が堪らなく愛しくなって、ひよ子の元まで浮いていって彼女を抱き留めた。
「俺たちも結婚するか?」
「死んでるのに?」
「…生まれ変わってからだな」
「やだ、シーザーちゃんロマンチックぅ!」
「なんだか益々JOJOに似てきてないか」
俺たちは二人揃ってなかなか成仏できずにゆっくりと流れる時間を共に過ごした。JOJOとスージーQの間に娘ができて、その一人娘の息子がまたとんでもない不良だった。不良な孫とDIOとかいう吸血鬼を倒しに行く宿命に巻き込まれ、瀕死の状況に陥ったJOJOに暫く振りに冷や冷やさせられたが無事生還。それなりに楽しく暮らしていたかと思えば浮気が発覚し、隠し子と孫と一緒に殺人鬼を追い詰めたり。
こいつの人生はどれだけ波乱万丈なんだと呆れを通り越してもはや感心の域に達した。
「なぁんでシーザーちゃんの方が先に生まれ変わっちゃうのォ?私の方が一日早く死んだのに」
やがてスージーQもJOJOも、天寿を全うして安らかに眠っていった。結局俺たちはJOJOの人生を最期まで見守り、60〜70年もの間幽霊として生活したことになる。そして俺は漸くこの世界からいなくなれることになったが、成仏ではなく転成する。
これはなんというか、直感だ。直感でそう感じたのだ。
「さぁな。ひよ子も明日には生まれ変われるかもしれないぜ?」
「そうなると幼馴染…。んー、同じ国に住めるかなあ…そもそもまた人間になれるもんなの?なんでもいいけど、シーザーちゃんと兄妹だけはやだなあ」
「なんでだよ」
「結婚できないからだよ、スカタン!」
「…馬鹿。いつからそんな大胆になったんだ」
身体の末端が徐々に消えて行く。正直、君をここに置いて先に行ってしまうのは辛いよ、ひよ子。いつ終わるかわからないこの生活を、一人きりでまた何十年も過ごすことになったら君はきっと泣いてしまうだろう。
「うひひ、シーザーちゃんとずーっと一緒にいたらこうなっちゃった!迎えに行くから待っててね」
「こんな男前なシニョリーナと生まれる前から婚約済みなんてJOJOに自慢するしかねぇな」
もう下半身は綺麗さっぱり無くなって、動くことはできない。
泣かないで、俺はまだ此処にいるんだから。こんなに綺麗な泣き顔、俺は生きてる間に見たことないぜ。
「ひよ子、俺の未練は一つじゃあなかったんじゃあないかって思うんだ。だからこんなに長くこの世界に居座ってたんじゃあないかって。柱の男達のこと、覚えてるか?あのでかい人外だよ。最初はあいつらがいなくなるのを見届けることだったし、JOJOがちゃんと生きていけるかも未練の内だったかもな」
綺麗な涙をぼろぼろ零して抱き付いてくるひよ子を残った右腕で受け止める。なんで右腕だけなかなか消えないんだろうな、もしかしたら君に最初に触れた部位だからかも。
「でもここ二十年くらいは幸せな家庭を築くことが未練になっていたんだ。これは生前の俺の夢だったんだが、叶わずして死んでしまった。…俺は君と幸せな家庭を築くために生まれ変わるよ」
「しぃざっ、ぁ…ま、だっ行かないで!私をっ、置いてかないで…っ」
「ずっと君を待ってる」
消えかけの右の掌でひよ子の頬を優しく撫でる。温度なんて感じないはずなのに、その時だけは彼女の涙を暖かく感じた。俺の長い話を最後まで聞いてくれた彼女は、精一杯背伸びをして短いキスをくれた。
これで君と離れ離れの間、大人しく待っていられるよ。そういえば彼女の未練は結局なんだったのだろうか。

「という夢をガキの頃から見るんだが。どう思う」
「どう思うって…シーザーちゃぁん?ちょっと頭の中メルヘンすぎるんと違う〜?」
購買で買ったイチゴミルクのパックをズコッと吸ったJOJOはストローから口を離し、遠く離れたゴミ箱に投げ入れた。入ってねえぞ、拾いに行け。
「いやでもな、ほんとにリアルなんだ。しかも俺は黒髪が好きだ」
「だからなによ。だって俺とシーザーちゃんが波紋?戦士でぇ、母ちゃんのリサリサがその先生で、ムカつく教師のワムウ、エシディシ、カーズが究極生命体って。どっかの漫画かよ。違和感ねーのスージーQだけだぜー?」
「違う、究極生命体はカーズだけだ。エイジャの赤石を使ってだな…、」
「わーかったわかった。わかったから早く帰ろーよン。俺クレープ食べてー」
立ち上がり、もう誰もいない教室を後にする。随分話し込んでしまったようだ。まあ、あの壮大なスケールの世界を短時間で話すのは不可能だから致し方ない。
「お前スージーとデートじゃなかったのかよ。とうとう愛想尽かされたか?」
「バッカ、そんなんじゃねーよ!先に友達と約束してたんだってよー。ほんと、しっかりしてほしいぜ!」
「クレープ奢ってやるよ。元気出せ、な?」
「だから振られてねーんだってば!シーザーちゃんしつこい!」
「シーザーちゃん!!!」
「ぅおッ、!?」
身体を襲う衝撃と、女の子の匂いとしか形容し難いいい香りがふわりと鼻腔を通り抜けた。校門を出たところで何かが俺の腹に結構な勢いでタックルをかましてきたのだ。リュックのように背負っていたスクールバッグの片方の持ち手が肩からずり落ちる。見下ろすと手触りの良さそうな長い黒髪が胸に押し付けられていた。それが目に入った瞬間俺の右手は弾かれるように頭を撫でていて、口からはその何かの名前が滑り落ちた。
「ひよ子…?」
「シーザーちゃん!待たせてごめんね!私あの後すぐに生まれ変われたんだけど、あのこと忘れてて、この前他校のシーザー君ってイケメンだよねってトリッシュが言ってて、それで私、思い出して、この学校来たらジョジョの声が聞こえて、私、それでっ、」
「え?シーザーちゃん?誰その子?」
「落ち着け落ち着け。取り敢えず顔を見せてくれ、久しぶりに」
落ち着け。俺は目の前の懐かしいこの子にも言ったし、自分にも言い聞かせた。ほら、やっぱり俺の痛い妄想なんかじゃあなかっただろう、JOJO。この俺を見上げる潤んだ黒い瞳、JOJOよりももっと色素が濃い黒で長くくるりと弧を描く睫毛、芯のある綺麗な黒髪。それに何より「シーザーちゃん」と俺を呼ぶ声を、もう何千回も鼓膜を震わせたその声を俺の耳は覚えている。頭を撫でていた右の掌を頬まで滑らせ慈しむように撫でると、彼女はほろりと涙を一粒零した。
この暖かさも覚えているよ。
「シーザーちゃん、私の未練はね、」

好きな人の最期を見守ること
(でした!)
(そうか、早速だが結婚しよう)
(え?恋人気分は?)
(もう何十年も恋人だっただろ。俺はもう18だし問題ない、結婚しよう)
(シーザーちゃん、俺に夢の話もちっと詳しく聞かせて)