「もうやだ、家出してやる。」


そう思い立ったのが2時間前。
あたしは、隣町のバーにいる。

これも全部、ザンザスが悪いんだからね。
割りと酔いがまわり、全く鳴らない携帯を何度も開き、そんな事を考えている。

事の発端は、あたしのわがままにあるのかもしれないけれど、家出を止めてくれなかった彼の責任は大だ。

「ね、仕事とあたしどっちが大事?」
「仕事。」

マンガの読みすぎで、あたしはほんとになんの前触れもなくそう訊いたら、あっさり返されて心が折れた。

「じゃ、じゃあべスターとあたしは?」
「べスターだろ。」

でも、そんな一回ぐらいでめげるあたしじゃないから、懲りずに少し控え目な質問をしたのに、これもあっさり返されて、二度目の心ぽっきん。

「じゃあさ!ヴァリアーとあたしは?」
「当たり前だろ。」
「やっぱり!」
「ヴァリアーに決まってんだろ、」

三回目はもう、心ぽっきんってレベルではない。
ばきっ。
どゅくしっ。
ずどーん。←爆発


だから、あたしが家出って言い出す理由も、みんなにはわかってもらえると思うの。

当たり前だろ、って彼が言った時には、やっぱりあたしだよねって確信してたのに。

「マスター、おかわり」
「お姉さん、大丈夫?」
「今日は酔いたい気分なの。」


あたしも、これ以上はやばいってわかってるんだけど。
たいしてお酒に強いってわけじゃないし、普段はあんまり飲まないし。

さっきから、頭痛と耳鳴りがひどい。

「ごちそうさま、」
そう言ってたどたどしくお会計を済ませ、ふらふらした足取りで、近くの公園にたどり着く。
生ぬるい風が、肌をかすめる。

ブランコに1人で乗ったのなんて、いつぶりだろう。
まあ、いつでもいっか。
頭痛いなー。あれ?なんか、雨?
うわ、これは相当激しく降るね。暑かったから丁度いいかな。服びしょびしょだ。頭がんがんする、


いろんなことを、頭で考えるのだけど、
必死に彼の事なんて考えないようにしてるんだけど、
やっぱり出てくる言葉は一つしかなくて。

「‥逢いたいよ、ばかザンザス」

雨なのか涙なのかよくわかんなくなってきた。
頭痛いし。
逢いたいし、
もうわけわかんないよ。


「馬鹿はどっちだ、カス」

あーついに幻聴まで‥
あたし、末期だわ。

「幻聴じゃねえよ、ほら。」
あたしの目の前にいるのは、明らかにあたしの大好きな人で、
手を差し出してるのもその人で、
あたしはその手を握り締めていいのか、なんて考える余裕なんてなくて。

「馬鹿、‥ザンザスの馬鹿!今日、大事な任、務あるくせに、‥来なくても、よかっ、たのに、…」
涙で途切れ途切れになるけど、ザンザスは黙ってあたしの手をとり歩く。

「いいか?任務も仕事も大事だけどな、」
はぁ、とため息をつく彼の横顔を、あたしはながめる。

「その全部を捨てて逢いてえのは、てめえだけだ。覚えとけ、」

あたしの顔も見ずにそう言うとことか、
だけどちゃんと手は握ってくれてるとことか、
全部が好きなんだよ、
なんて言えるわけないけど、

あたしは君の手をそっと握り返す。


そうだ、家出をしよう。

(てめえがいないと、)
(調子狂うんだよ、カス)



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