次の日の朝、スクアーロの部屋に呼び出された。そして、任務の説明とか、屋敷の構造とかを教えてもらった。所々、「ほんとにわかってんのかぁ?」とか、「心配だぁ゙…」って言ってくるところは、スクアーロは、お兄ちゃんみたい。
「それとなぁ、言いにくいんだが…」
「なに?」
「夜はボスの部屋に行かねぇ方がいいぞぉ゙」
「え、なんで」
「…まぁいずれわかるだろぉ…」
へんなの。もしかしてお化けが出るとか?鶴の恩返し的な感じで、実はボスは鶴、とか?…まぁいいや。それに、そもそもボスに用事って少ないんじゃない?…最低限の事以外は話しかけんなって言われたし…。

その日から、あたしの本格的なヴァリアー生活がスタートした。食事はみんなと食べて、任務にはスクアーロと行って、夜は時々みんなでトランプしたりゲームしたり。もちろん、“みんな”に、ボスは入ってないけどね。でも、すごい新鮮で、すごい充実した生活。
「ルッス!おかわり♪」
「姫ちゃんはよく食べるわね♪嬉しいわ」
「ルッスのご飯、美味しいんだもん!」
「ふふ…その言葉、懐かしいわ…」
不満なんてないよ。みんな、あたしを好きでいてくれて、誉めてくれて、優しくしてくれて、たまにベルに意地悪されて、笑って、喜んで。不満なんてあるわけないよ。
でも。
時々、みんなのあたしを見る目が、“桜ちゃん”を感じる時がある。あたしじゃなくて、あたしにそっくりな、桜ちゃん。
「"ルッス姉さんの料理、美味しいんだもの!"って、桜は毎日のように言ってたからなー。」
ルッスがあたしを見る。ベルもあたしを見る。少し寂しそうな目で。だけどあたしは桜ちゃんじゃない。あたしは姫なのに。それはしょうがないと思う。似てるんだもんね。
「ねぇ…。…桜ちゃんって、…どんな人なの、なんでっ…桜ちゃんの話をする時、…みんな寂しそうなの、?」
でも、ちょっぴり寂しくなる時がある。だから、あたしも、その桜ちゃんって子を、知りたい。あたしが言い終えると、みんなは顔を見合わせた。
「…そろそろ、姫ちゃんにも、話さないとね。」
「おい、ルッスーリア。話してやれぇ゙…」
「わかったわ。…桜ちゃんは…、」
ルッスの話によると、こうだった。
"西宮 桜"ヴァリアー元幹部。あたしよりちょっと年上で、落ち着いたお姉さん。おっとりした性格で、よく気がきく子で、常に笑顔を絶やさない素敵な女性。髪が長くて、マーモンの子守りが得意だった。与えられた任務も常に完璧にこなして、家事もよく出来る。そんな完璧な彼女の唯一の弱点。それは生まれつき病弱な体。生まれた時から二十歳まで生きられるか、ってぐらいの余命だったらしい。けれど彼女は負けないで、25歳まで生きた。
「そしてね、25歳の誕生日の日、桜ちゃんが任務でちょっと失敗して、ボスとベルが救援に行ったの。もちろん一瞬で敵は倒せたんだけどね…、まだひとりだけ息が残ってた敵がいる事に気付かなかった。その敵が、銃をボスに向けた。それぐらいでボスはやられたりしないのに、いち早くそれに気付いた桜ちゃんが、ボスをかばって飛び出したの…、」
「……っ」
「だから、桜はもういねぇんだぁ゙…」
「とても素敵な、…女性だったわ、桜ちゃんは。」
そう話し終えたルッスの目には涙がたまっているように見えた。あたしは思わず目をふせた。
しん。と静まり返るリビング。
そしてベルが口を開いた。
「そんで桜は、」
すぅ、とベルが息を吸った。
________ボスが昔、唯一愛した女。
そう言ったベルの言葉が、頭の中でリピートされる。
唯一、ボスが好きになった女。
唯一、"私はXANXUSの彼女"と名乗れる女。
「…あたしとは、…正反対だね。」
一番始めにそう思った。あたしなんかとは正反対。素敵な女性。“桜ちゃん”。
「でも、あたし達は、姫ちゃんも大好きよ?」
ルッスがそう言って、微笑んでくれた。
「まぁ、あんま気にすんなって。お前はお前なんだから、」
ベルはそう言って、頭を撫でてくれた。たしかにあたしは桜ちゃんに似てるかもしれない。でも、あたしはあたし。みんなに囲まれて、傍にいられて、あたしは幸せだよ。まだ複雑な心境だけど、いつまでもそんな事言ってらんないし。
「ありがと、」
そう言って笑った。あたしなりに、頑張るしかないと思った。
でもボスはどう思うだろう。"昔愛した女"にそっくりな女が同じ屋敷にいて、性格は真逆。迷子になるわ、いきなり名前覚えて下さいって叫ぶわ、さんざんだよね。ちょっと反省。あんまりみんなに気を遣わせないようにしよう。そんな事を考えながら、もう一度、ヴァリアーのみんなを見渡した。


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