お前は何も考えなくていいあの後、ヒロトを突き飛ばして自分の部屋に帰った。
俺は、色々なショックでぶっ倒れそうな程追い詰められていた。
ヒロトが、あのヒロトが女子に暴力をふるうだなんて。
しかも俺と関係ある女子にだけ。
これは、やっぱり俺が悪いのだろうか。
俺に責任があるのだろうか。
もしそうなんだとしたら、俺は一体どうしたらいいのだろうか。
混乱する頭でなんとか答えを導きだそうとする。
でも何も考えられない、分からないよ。
とりあえず外の空気でも吸ってこようかと、俺はお日様を飛び出した。
「涼し……」
夏休みも終わってそろそろ秋に近付いているこの季節。
大分涼しくなっていた。
緩く吹き付ける風に長く伸ばした自慢の緑の髪がさらさらと靡く。
そういえば髪を伸ばしたきっかけはなんだったっけ。
確かヒロトが、俺がまだ髪の短い時に、髪の長い緑川を見てみたい的な事を言ったからな気がする。
「…くだんない理由。」
1人、笑う。
そろそろバッサリ切ってもいいかもしれないな、なんて事を考えながら俺は近くにあったコンビニに向かった。
コンビニに入って、奇跡的にポケットに入っていた今月分のお小遣いで何を買うか吟味する。
結局、新発売のガムとアイスを買った。
勿論アイスは、大好きなカリカリ君のソーダ味。
『緑川、お前の好きなアイスだよ。これ食べて涼みな、ほら。』
そう言って、ヒロトが落ち込んでいた俺に差し出してくれた。
あの日以来食べてなかったな。
コンビニから出て、そんな事を考えながら新発売のガムを口に放り込む。
口に広がる爽やかな味に満足しながら口で風船を膨らました。
キィキィとブランコが軋む。
俺はあの後公園に居て、丁度カリカリ君を食べ終えた所。
秋に近付いた今、冷たいアイスを食べるのは少し辛かったけど喉の奥に染み込んでいくソーダはとても美味しかった。
「もう6時半かぁ。」
ふと見た公園の時計は午後6時半を指していた。
いつもは6時までに帰ってるのに連絡も無しにこんな時間まで帰らないなんて珍しい。
皆心配してるかな。
「…でも帰りたくない。」
帰ったらヒロトと顔を会わさなくちゃいけない。
それに、今はお日様園に帰りたい気分じゃなかった。
ただただ、ブランコに座って爽やかな風に吹かれていたいんだ。
ぼーっと、遠くにある赤く染まる夕日を眺める。
夕日は燃える様に赤かった。
すると突然視界に飛び込んできた見覚えのある跳ねた髪。
夕日とシンクロするその髪は、夕日と同じ燃える様な赤――――…
「…緑、川…っ」
「ヒ、ロト?」
そこに居たのは紛れもないヒロトで。
ヒロトは息を切らしていた。
少し息を整えてから、ブランコに座る俺を抱き締めてきた。
「探し…たんだよ。この時間になっても帰ってこないから…皆心配してた。」
そう、ヒロトは俺を探してくれていたんだ。
しかもこんなに息を切らしてるし、一生懸命探し回ってくれたんだろう。
それくらい、ヒロトは俺を愛してくれているんだ。
「…ありがと。」
少し汗ばむヒロトの胸に顔を埋める。
そうだ、ヒロトは俺を愛してくれているんだ。
それは今も昔も変わらない。
「緑川、」
「ヒロト…」
「お前は俺が守るから…だから、何も考えなくていいんだよ。ただ、俺の側に居てくれるだけでいい。」
そのヒロトの言葉に俺は何か解放された気がした。
そうだ、ヒロトがあんな事をしたのは俺のためであって。
俺を愛してくれているからなんだ。
けど、だからといって女の子達を傷付けていいんだろうか。
顔に傷が残ったりでもしたら大変だし。
でも、そもそもは俺が原因なのかな?
俺がヒロトを避けたりしたから変わりに女の子達が傷付くはめになったのか?
だったら、やっぱり俺が悪いのかな。
「さぁ、お日様園に帰ろう。」
そう言ってヒロトは俺をブランコから立たせた。
先に進むヒロトの後を追うように、ザリザリと砂の音をたてながら俺も歩み始める。
ふと目を当てたのは前方に居るヒロトの右手。
俺はヒロトの手を掴んだ。
「!…え、緑川、」
ヒロトの手に自分の手を絡めてギュッと握る。
前までは当たり前の様にしていたけど、最近はこんな風に手を繋ぐなんて全然してなかったし出来なかった。
分からない、自分でもなんでこんな事を今したのか分からない。
けど、ヒロトは前の様に優しく微笑んで手を握り返してくれた。
久しぶりに見た、大好きなヒロトの優しい笑顔。
女子に暴力を振るうような最低な奴だとは思えないほど優しい笑顔。
気がついたら俺も微笑み返していた。
なんとなく、感じた。
ヒロトからはもう逃げられないって。
回りの人を犠牲にしたくないからとかそういうのもあるけど、何よりこんなに自分を愛してくれている人を裏切るなんて出来ない。
その背景で、犠牲になっている人達には本当に申し訳ないし、俺は最低なんだと思う。
「恋は思案の外、ってね……」
だってほら、現にヒロトからのキスを俺は拒めない。
俺はもう、何も考えずにただ、ヒロトの愛にすがればいいんだ。