悪戯に風が吹き、なびかせる。鈴の音と共に。例えばそう、それは小さなカーテンであるとしよう。カーテンがゆらりと揺れたこの瞬間、ひとりの男の視線が移った。その向こう側の景色を捉えずにはいられない様だ。その色を、形を、視界に焼き付けようと試みている。それは都度、例えば鈴が鳴る度、そうでなくとも、カーテンがめくれる予感がする折、何度も何度も繰り返している。ただ無意識に、繰り返してしまっている。そんなに景色が見たいのなら、己でカーテンをめくれば良いではないか。決して不可能ではないだろう。微かな鈴の音を響かせながら隣の男がそう言った。先の男はため息を吐き捨てた。何も分かっていないのだな。自分は秘めたる景色そのものを求めている訳ではない。例え不意の風に晒された景色を眺める事が叶わなくとも、そこに決して不満は無いのだ。お前の言う通り自分にはカーテンをめくる事も色形を目の当たりにする事も、更には景色を思いのまま染める事さえ、なんら容易い事であるのだから。男は語り終える。低く淀んだ声で、一言一言なぞる様な、そんなゆったりとした話し方だった。ならば何故風が吹く度に景色を追いかけるのだ。隣の男は更なる疑問を投げ掛けた。何故。問われれば男は少々思考を巡らせた。確証された答えなど知りはしないからだ。けれど男は直ぐに持論を展開した。もし万が一にも景色が常に晒されているものであるならば、そこに価値などはひとひらも残されない。追いかける事さえ無意味となる。それは隠す事によって本来の真価が浮き彫りとなり、確立されたものとなるためだ。何故か。それから人は隠されたその先を想像するからだ。想像とは何をする上にも大切な事だ。特に芸術家のそれは分かり易く創造へと繋がっていく。想像は創造へ。その数は無限だ。まるで幾千にも瞬く星屑だ。脳は小さな宇宙であると如実に感じる。つまり人は小宇宙をそれぞれに抱えながら生きているのだ。その中で生まれた星は誰の目にも触れずに輝き、その為に時折あらぬ方向へ広がりを見せ、流れていく。けれど、空は広い。宇宙に際限はない。現実には実現する事が難儀であろう事でさえ、例えば本物の宇宙に風は吹かない、そんなありふれた周知の事実でさえ、各々の小さな宇宙の中ではいとも簡単に覆る。あらゆる角度から風が吹き、カーテンをめくり、景色を、色を、その形を、夜空にありありと映し出していく。そのすべては小さな宇宙の中でのみ生き、消え行く様な、そんな儚いものでは決して無い。星は当人がその存在を忘れるまで輝き続ける。消える事はない。そして何度も輝く内に、それはいずれ創造へと変わっていく。大切な事だ。つまり隠す事は、それを追いかけるという事は、宇宙を駆り立て星を生み出すという、重大な役割を担っているのだ。もう一度言うが星とは想像、宇宙とは脳だ。ならば創造とは何を指しているのか、お前に理解出来るか?出来ないだろうな。何故ならお前には輝きが足りない。変わらぬ口調で語った後、男は口を閉ざした。問いをぶつけた男はか弱い鈴の音色を聞きながら、宇宙を掲げた男の話をただひたすらに反芻した。


宇宙の話と
ジュールの言葉



「……分っかんねぇ。何が言いてぇのか全然分っかんねぇよ。大体、何が宇宙だ。カッコつけてんじゃねぇよ、うん」


小さく鈴が鳴り続けるその中で、一際澄んだ音が鳴った。それは隣の男、もといデイダラの被っている笠についた鈴が、風に強く揺られた音だった。
デイダラは風に逆らう様に笠を押さえつけた。眉をしかめる。そして眼下に並び、共に歩みを進める男へそのまま視線を向けた。
デイダラが視線を向けた男。その風貌は異形だった。やけに背は低く、けれど、巨大な体。獣を思わせるシルエット。人外であるようにしか見えない。
その男は鋭くデイダラを睨み付けた。不機嫌がひしひしと伝わってくる。


「てめぇがいちいち喚くから説明してやったのに、何だその態度は」
「サソリの旦那がチラッチラキョロッキョロ落ち着かねぇからだろ」
「だから今説明したんだろうが」
「理解出来ねぇっつってんだよ」


両者の間に火花が散る。言葉と共に歩みを止め、しばらく睨み合いを続けていたふたりであったが、サソリと呼ばれた男がため息を吐いた。
そしてカタカタと音をたてながら、作り物の様な長い尾をゆらりと揺らした。


「てめぇの理解力の無さを棚にあげて、一体何様なんだお前。殺されてぇのか?このクソガキ」
「アンタこそベラベラ宇宙とか言ってねぇで、風遁の傀儡でも使ってりゃいいだろうが、うん」
「いいかデイダラ。エロスは隠して価値を持つ。それをめくればいいだの何だのと、馬鹿かお前は。剥き出しのエロスは下品でしかねぇ。浅はかだ」
「アンタがそのイカついナリでパンチラを追いかけてる姿はな、オイラからすりゃ剥き出しのエロスと何ひとつも変わりねぇんだよオッサン。うん」
「パンチラは隠しのエロスを顕著に象徴するものだ。それを追いかけて何が悪い。隠しのエロスを下品なエロスと一緒にすんじゃねぇ」
「エロに上品も下品もあるか。エロがエロである事には変わりねぇだろ。何が隠しのエロスだ。意味分かんねぇ、くだらねぇな、うん」


長々とした口論の末、デイダラが言葉を切り上げた直後だった。サソリの堪忍袋の緒が切れた。
サソリは目にも止まらぬ速さで尾を伸ばし、デイダラの体を絡めた。そして人気のない路地裏へ、その暗がりの片隅に、デイダラを放り投げる様に吹き飛ばした。
ガラクタが散らばり、派手な音が鳴る。デイダラの背が受けた衝撃を一瞬で奏でた。
路地裏の入口にデイダラが被っていた笠が緩やかに下降する。地に触れた折、鈴が小さな音をたてた。


「……ってぇ……」


ガラクタに埋もれ、デイダラは二、三度咳をする。そこでチリンと鈴が鳴り、デイダラは反射的に視線を向けた。
デイダラとそう変わらない背丈の人影が笠を直接には触れず、指先ひとつでふわりと持ち上げていた。
影はそのまま土埃を払って笠を被ると、デイダラの元へ歩み寄った。一歩一歩進む度に、鈴の微かな音が鳴る。


「……っにすんだコラァ!」


その人影へデイダラはたまらず声を荒げた。こちらも同じく堪忍袋の緒は切れている様だ。
けれど、影は決して動じる事は無かった。まるで何事も無かったかの様にデイダラの目前まで歩み寄り、そしてデイダラの腹の上へ馬乗りとなって、彼を見下ろした。


「……ぐっ!」
「……」
「は……、っどけよ。うん」


デイダラは睨みを利かせる。そのまま両脇に肘をつき、上体を起こそうと試みた。
しかし、叶わず。途中まで上げた所で目の前の人物の重みに遮られてしまう。

その張本人は未だ微動だにせず、デイダラをじっと見据えていた。笠の隙間からは無表情が覗き、その目鼻立ちがうかがえる。
二重の線がくっきりと刻まれたまぶた。滑らかに通った鼻筋。小振りながらもふわりと膨らみを持った唇。
女性への形容さえ綺麗に当てはまる、そんな眉目秀麗な男だった。

完璧と称しても申し分ない容姿。しかしそれはどこか危うく、不完全な印象も受けた。
彼の顔立ちは未だ成長過程の様な、見る者に柔らかな幼さを感じさせるのだ。


「……っどけ」
「……」
「どけっつってんだ!うん!」


デイダラは不覚にも高鳴った心臓を誤魔化す様に怒声を張り上げた。
しかし、それでも彼は動じなかった。それどころか彼は被っていた笠をゆっくり脱ぎ去り、鈴の音を小さく鳴らした。
表情が一瞬遮られる。けれどそれもつかの間。次の瞬間にデイダラは息を飲んでしまった。

短い赤髪をふわりとなびかせ、無表情から一変、薄く、妖艶な笑みを浮かべた彼が目の前に居たからだ。

デイダラは体の自由を奪われる。腹の上へのし掛かる重みは元より、何よりも彼が放つその艶やかさに。
赤いそれは猫っ毛だろうか。唇の色とまるで同じで柔らかそうだ。そして、とろけた瞳。その表情。纏う色香。白い素肌。デイダラは我知らず、今この瞬間に何故か情事を彷彿としてしまった。
彼はその際、この唇からどのような声をあげ、この顔をどのようにして歪ませるのだろうかと。
幼さが背徳感さえ漂わせる色気。デイダラは魅せられる。下腹部が熱を帯び、きゅっと一度、もどかしく疼いた。

時間にすれば刹那が幾つか折り重なっただけの、とても短い間だった。
しかしデイダラが動き出すより先に、彼はデイダラの左手首にそっと触れ、その内側へ指を這わせた。


「っ……!」
「……脈が速い」
「さ、触んなっ……!」
「体温も高い。頬は真っ赤だな」
「そりゃっ……」
「イラついてっから、……だけじゃねぇだろ?」


ゆっくりと、言葉をひとつひとつ確かめる様な彼の話し方は、先程の厳つい姿のサソリと全く同じ。しかし、目の前の彼の声は笑顔と等しく艶があり、そこには更に意地悪ささえ加わっていた。
デイダラは憤るも言葉に詰まる。図星だった。確かにデイダラは下腹部、その内側に微かな刺激を感じたのだから。


「これが隠しのエロスの真髄だ。理解したか?ガキ」


嗚呼、何故、どうして。デイダラは心の内でひたすらに嘆いた。
見透かされている。何も言い返せない。デイダラはわざとらしく舌打ちを鳴らすほか、己のプライドを保つ術はなかった。


「……ご丁寧に笠で顔を隠して、随分と芸達者だな、うん」
「は?……あぁ。クックック」


やっとの事で絞り出した憎まれ口。けれど、彼はただの一度だけとろりと伏せていたまぶたを引き上げたのみで、直ぐにまた瞳を艶やかなものに変えてしまった。デイダラは訝る。


「何がおかしい?うん」
「実に検討違いだ」
「あ?」
「笠なんて比にもならねぇ」


意味が分からない。尚もデイダラは首をひねる。
彼は、だからお前は浅はかなんだ、とデイダラに吐き捨て、そしてひと呼吸おいた後、囁く様に言葉を紡いだ。


「既に俺自身がヒルコに隠された存在なんだよ」


ヒルコ。デイダラの脳裏に先程まで隣を歩いていた厳つい風貌の男が巡った。
そして過去、そこから目の前の彼が姿を現した際に抱いた、その高揚さえ。

そう、今現在、デイダラの目前にいる彼。彼もまたサソリだ。否、彼こそがサソリなのだ。
先程の異形な風貌は鎧を纏った仮の姿であり、鎧は本来、ヒルコと名を持つサソリの傀儡でしかない。

デイダラは改めてサソリを見やった。確かに、彼が初めてヒルコから現れた時の衝撃を、デイダラは未だに覚えている。
悔しい。認めたくない。デイダラは眉間にシワを寄せた。


「……うっぜ」
「ククッ、欲情しといて良く言うぜ」
「……だったらついでに一発ヤラせろよ、うん」
「お前、俺の宇宙の話をもう忘れたのか?お前もいっぱしの芸術家を気取るなら、星を生み出せよ」
「はぁ?」
「オナってろって事だ。バーカ」


サソリは傍らに放置していたデイダラの笠を、目の前の彼へやや乱雑に被せた。デイダラの耳に鈴の音が入り込む。
そしてサソリは音もなく立ち上がると、路地裏の入口に放置したままのヒルコへ歩みを進めた。振り返る事は無かった。

デイダラはしばし起き上がれずにいた。
何がどうしてこうなった?
自分はパンチラに逐一反応するサソリをただ咎めただけなのに。
宇宙は確かに際限ない。けれど、目の前で起こる現実は、それを遥かに凌駕している。

ここでデイダラは漸く、彼の言う創造を理解出来た様な気がした。それは作品のみならず、現実に現れるすべての事柄を指しているのだろうと。
彼の言う通りなのかも知れない。自分には星の瞬きが不足している。何故なら今こんなにも狼狽してしまっているのは、この様な展開などかけらも想像していなかった為なのだから。


「おいデイダラァ!ぐずぐずしてんじゃねぇブッ殺すぞ!いちいち待たせんな!」


ぼんやりと思考を巡らせていたが故、微動だにしなかったデイダラ。そこへ低く、濁った声の怒号が届けられた。
デイダラは路地裏の入口へ焦点を合わせる。見慣れた厳つい姿が苛立ちを醸し出し、尻尾をデイダラへ鋭く構えていた。

彼と等しい感情を瞬時に抱いたデイダラは、ここでひとつの決意を刻んだ。
幾重にも星を輝かせ、想像を創造へ繋げてやる。
自身の果てない宇宙の中、広い夜空にサソリと言う名の景色を映し、現実の元に手繰り寄せてしまおうと。


(いつかヒルコから引きずり出して、サソリの旦那はぜってぇ犯す)


そして、デイダラの宇宙に星が生まれたこの日の晩。
彼の空はふわりと赤く、右手は本能のままにただ白く、星の輝きに導かれるまま染まっていった。





fin





『人が想像出来ることは、必ず人が実現出来る』
byジュール・ヴェルヌ

『パンチラについて本気出して考えてみた』
by空野しろ

(爆発)


デイ→サソっぽいが実はデイ←サソ。

星を生め→想像しろ→創造しろ→実現しろ。
まんまと引っかかったデイダラさん!





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