チーキーボーイの 色彩に 右手がさらりと掬い上げたのは金糸。 固そうに見えたそれは案外そんな事はなく、絹の様にさらさらと指先を流れていった。 「……なんだよ旦那?」 「……」 「旦那?」 「髪」 「うん?」 「地毛だよな?」 「……そうだけど。何だよ今更。ガキの頃からオイラはこの色だろ?」 背を向けて粘土をいじくっていたデイダラは前触れもない俺の行動に振り向き、きょとんと瞳を丸めた。 立ち尽くす俺とは対称的、コイツは胡座をかいているため、俺よりも少しだけ背の高いデイダラが珍しく眼下に見える。 年相応の幼さを残したふたつの群青が上目遣いに俺を見やって、何度か悠長に瞬きをした。 澄んだ青色。あまり類を見ない瞳の色だ。 思わず視線を逸らすと、その先、デイダラが交差している足の先には、見慣れた造形物が転がっていた。 何処か呆けたような表情のそれは目の前にいるコイツと瓜二つ。犬が飼い主に似るのと同じく、作品も作り手に似るものなのだろうか。 そんな何の意味もない事を考えて、視線を戻した。 デイダラは未だ青色に俺を映したまま、髪と等しく色の薄い睫毛をゆらゆらとはためかせていた。 「どうしたよ急に?」 「……」 「だんなー?」 訝しげなデイダラの声は無視した。それは悪意からではなく、返す言葉が何ひとつも浮かばなかったためだ。 自分でも分からないのだ。何故こんな、よく見慣れているはずの金色が気になったのか。触れようと思ったのか。 そんな混乱を表す様に、指先が無意識に円を描いた。くるくると。金糸が軽く渦を巻き、ふわりと空気を含んでさらりと流れる。 この感触は決して不快なものではなかった。寧ろその逆で、指先に絡まる金色は見目も香りも感触も、美しく、優しく、柔らかなものだった。 「楽しい?」 「……さぁな」 「傀儡ばっかりじゃ飽きちまったかい?うん」 「は?」 ピタリと止まる。長い髪が音もなくさらりと流れ行き、指先がふいに侘しさへ触れた。 何故ここでそんな単語が出てくるのか、その思考回路が全く理解出来なかった。 探るように視線を合わせた。デイダラはニヤリと、意地の悪そうな笑みを浮かべている。 「ゆび」 アンタがお人形遊びしてる時と、おんなじ動きしてた。 そう言ってデイダラは表情を変えぬまま視線を振り切った。止まっていた両手が忙しなく動き出し、呆けた顔が幾つも作られていく。 その光景を眺めながら呆然と立ち尽くした。それだけしか出来なかった。 デイダラの言の葉が頭の先から全身を駆け巡って、開いたままのまぶたを動かす事さえ出来ずにいる。 冗談じゃない。まさか、そんな。そんな馬鹿な。 デイダラの金髪に、その色彩に、捕らわれてしまったとでも言うのだろうか。 心も指先も奪われてしまったと、それはまるで大切な傀儡を操る時と限りなく等しく、そういう事だと言うのか。 「……」 何ひとつ言葉を紡ぐ事も出来ず、デイダラの後ろ姿を眺めるばかり。 金色の向こう側、この裏側にある表情を思い描いた。恐らくそれは背中と同じく、ただ楽しげなだけなのだろう。 癪だ。 (……うぜぇ……) 無意識だったとはいえ、いや、無意識だったからこそ、余計に憤る。 更にそれをデイダラに指摘されてしまったという事実が、この感情を沸々と煽って。 「ああーっ!!」 そして何より、聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。 溢れた激情。いつまでもただ黙ってなんていられる筈がなかった。 ブチ壊してやった。阿呆面を指先ひとつで宙に浮かせ、勢いをつけて床に叩き付けた。 デイダラによく似ていた粘土の塊が、跡形もなく潰れ去った。 「何すんだよ旦那!」 デイダラが振り返った。驚愕と悲しみ、そして苛立ちを含んだ双眼が俺をギラリと睨み付けている。 その視線を受けて、こちらも眼下の眼差しに自分のそれを交差させた。同じ様に鋭さを重ねて。 「取り消せ」 「はぁ?」 「取り消せっつってんだよ」 「……あぁ、お人形遊びってやつ?べっつに間違ってねーだろ?うん」 不敵な笑み。クソがつく程生意気なそれに、苛立ちを助長する言葉が添えられて、俺の内側には久しぶりの殺意が芽生えた。コイツ、ブッ殺す。 半ば反射的に右手を伸ばし、デイダラの長い前髪を鷲掴んだ。そのまま強く引っ張ると、金糸からは場違いな程の優しい香りが、ふわり、浮かんだ。 「痛ってぇな。離せよ、うん」 「……」 「んな気に触っちまったか?短気過ぎじゃねぇか?オッサン」 「……」 「何とか言ったらどうなんだよ」 俺を鋭く睨みつける双眼は尚も変わらず青色で、それを縁取る睫毛は金色。指先に絡む金糸と同じだ。まばゆい、金色。 ため息が出そうになって、眉間に力がこもった。 勿体無い。芸術はおろか、コイツは自身の価値さえもまるで分かっていない。 癇に触るけれど、やはりデイダラは綺麗だ。 それは目鼻立ちの端正さのみを指しているのではない。その容貌を引き立て、彩る色彩。コイツを形成している色のひとつひとつが既に美しいのだ。 それなのに。裏腹。コイツの中身は真っ黒。ドロッドロ。色を重ね過ぎた時に生まれる、あの独特の暗い色そのものだ。 結局、どれだけ色鮮やかな色彩と言えど、混ざり合ってしまえば輝きを失い、濁ってしまうという事なのだろう。 先程からの発言ひとつひとつに、そして普段の行動からも見て取れる様に、コイツの中身は相当歪んでいる。 「…………お前」 「なんだよ」 「俺の傀儡になっちまえよ」 「はあ!?」 デイダラが声を荒げた。柳眉を逆立て、その内情を露にしている。 しかし、吐き出した思いに偽りなど微塵も無かった。美しいものと永遠は震える程によく似合う。 そもそも、儚く消えて行く阿呆面の粘土細工などに何の意味も価値も無い。ましてやそれが芸術だなんて、見当違いも甚だしい。馬鹿馬鹿しい。本当に癪なクソガキだ。 「お前、黙ってりゃ申し分ねぇんだ。任務でダセェ死に方する前に、綺麗なまま俺がブチ殺してやるよ」 金糸を絡めた右手に力が込もる。 もう今殺してしまおうか、そんな思いがよぎった刹那。生意気な群青に映る俺が、酷く面白そうな事を考えついて薄く笑った。 「……へっ、オイラは任務なんかじゃ死なねぇっつの。そんなの真っ平ゴメンだな、うん」 「…………なんでだよ?」 「当然だろうがっ!……はっ?」 ふたつの青が呆けた。 それはデイダラの咆哮を遮る様に滑らせた、俺の右手のせいだった。 前髪を開放して、真下にある頬をそっと包み込んだのだ。 「……なぁ、何で嫌なんだよ?お前が傀儡になったら、俺達ずっと一緒に居られるのに」 デイダラは粘土細工の様な顔をして動かなくなった。 唇は半開き。見開かれた瞳には俺がありありと映し出されている。 「……アンタ急に何言ってんだ?ついに頭イカれちまったか?うん」 「…………俺との永遠は、嫌?」 「だ……、旦那……?」 殺してしまうのも良いけれど、まずは無駄に高いコイツのプライドをへし折ってやる。 内に芽生えたのはそんな意地の悪い思惑だった。 これまでとは一変させ、甘ったるい声色と甘ったるい眼差しを携えてデイダラを見つめた。 またしても苛立つ言葉を頂いたけれど、ここは悟られぬ様にぐっと堪える。 辛抱強くじっと見つめている内に、デイダラの頬は緩やかに桃色へ染まっていった。その淡い色彩とは不釣り合いな喉仏が、ゴクリと一度、上下する。 「デイダラ……」 「サソリの旦那……」 まぶたを伏せながら唇を寄せれば、デイダラの金色の睫毛が群青に重なっていった。 ゆっくりと近付くふたりの距離。 そして。 「バーカ!」 一喝。直後、つい先程と同じくふたつの青色が呆けた。口は半開き。粘土細工の表情が蘇る。パチリパチリと音が鳴りそうなまばたきを見やると、己の唇が自然と弧を描いた。 「…………何?今のは確実にちゅーする流れだろ?何なんだよ?うん」 「ククッ、お前、お人形遊びしてる頭イカれたオッサンに見つめられてその気になっちまったってか?」 「……な……」 「ぜんぶてめえが言った事だろ。悪態ついて意気がって、その割りにちょっと誘ったらこの様だからな。はっ、ダッセェ」 「……」 「口は災いの元だぜクソガキ」 「バーカ!」 デイダラは依然として呆然と、まばたきもせずに俺を見据えていたが、最後の罵声を聞くと唇を噛み締め、俯いた。上体をふるふると悔しそうに震わせている。 その様子に俺は笑うしかなかった。愉快でたまらない。ただただ大満足だ。この短時間に溜まった鬱憤が清々しく晴れていく。 しかし、程なくしてデイダラは顔を上げた。無表情に近い、珍しく何を考えているか分からない顔をしていた。 それに訝ったほんの刹那、デイダラは左手で、頬に触れたままだった俺の右手を強く引いた。 その力強さにバランスを崩し、デイダラの左膝を跨ぐ様にして膝が地に触れる。 そして眼下、直ぐ傍には、デイダラの群青がきらめいていた。深く、ゆらゆらと、美しく。 「んっ……!?」 そして、青色に捕らわれた一瞬の隙だった。 デイダラの右腕が頭を固定する様に回されて、唇が柔らかい感触に奪われた。 デイダラの肩を左手で押し返すも、効果なし。あっという間に舌さえ入り込み、コイツの言葉の様に好き勝手に暴れ回った。 捕らわれた右手には指が絡まり、触れ合う手の平にも独特の舌の感覚が伝わってくる。 「……っ、は……」 時折角度を変えながら、縦横無尽に口内を掻き回してデイダラは漸く離れた。俺の髪を絡めていた右手が力なく垂れる。 「…………何しやがる」 睨み付ける。しかしデイダラは俺の言葉と視線を逸らし、唇をきつく結んだ。何も言う気は無いようだ。 そして無表情はやがて沈黙を呼び、それはデイダラの美しさを一段と際立たせた。 緩やかに流れる金糸と、同じ色の睫毛が、鮮やかな群青に彩りを添える。 何も言葉を語らない作り物の様なデイダラはやはり綺麗だった。 飽きもせずにじっと眺めていると、ふいに捕らわれたままの右手へきゅっと力が込められた。 「……なんだよ」 声をかける。しかしデイダラは依然としてだんまり、同じく視線だって合わせようとはしなかった。 けれど、俺の右手を離す気配もなく。それどころか、言葉の代わりとでも言う様に、そこへは再度力が込められて。 (……コイツ) 悟った。デイダラは拗ねている。 黙っていれば綺麗だと、俺は乱暴ながらも確かにその旨を伝えた。つまり、だんまりの理由は紛れもない俺の言葉。 いくら中身が真っ黒とはいえ、染まらずにいる部分もちゃんとあるのだ。 そこをからかわれたのが流石にショックだったのだろう。プライドは見事にへし折ってやれたと言う訳だ。 再認識。けれど、先程のような晴れ晴れとした気持ちは一切生まれてこなかった。 代わりに芽生えたのはもっと別の感情だけで、あまりに単純なそれに、小さなため息が口から漏れた。 (……くだらねぇ……) 可愛い。そう感じた自分に最早失望した。 デイダラの内側にある、見目と等しく綺麗なままの感情。それは俺に対する一途な気持ちであるのだが、それを真っ直ぐに感じてしまったのだ。 吐き出す言葉とは裏腹、案外純に俺を好いているデイダラにキュンとして、それが柄にもなくて笑えもしない。 色彩に捕らわれ、心さえも奪われて、捕らわれ、奪われ、繰り返して。 そして今度はコイツの内側にまで、なんて。本当にくだらない。本当に馬鹿みたいだ。 「……おい」 「……」 「お前、俺の事奪っといてそんなシケた面するたぁ、いい根性してんじゃねぇか」 「……へ?」 「生意気なんだよ」 「だん、んぅ……!」 左手を肩から金糸へ滑らせて、何度目かの阿呆面に、半開きの唇に、今度は俺から噛みついた。 息も出来ない程に絡ませたら、デイダラは苦しげな喘ぎ声を漏らし出したけれど、それを聞いたからといって離してやる気などはさらさら起きなかった。 寧ろその声さえもひとつ残らず奪ってやりたいと、気持ちは更に高ぶるばかりで。 癇に障って仕方ないのだ。デイダラが、その色彩が、そしていちいち捕らわれてばかりいる、自分自身さえ。 つまり、これは反撃。この俺が奪われるばかりでいるなんて、そんなの全く腑に落ちない。 fin バファリン並みの優しさで出来てる旦那と比べたら デイさんはとんでもないゲス野郎だよね☆って思って書いた(爆発) てゆーか芸コンが3次元にいた場合、あの子は黙ってれば良いのに……って思われてしまう典型になっていると思います。 |