心臓が小刻みに鳴る。
会長の方へ振り返ると、会長は真剣な眼差しで俺を射ぬいていた。


「君じゃ無理だ」
「なっ!会長!?」


続けられた言葉に納得が出来ない。俺は困惑の眼差しを会長に向けた。


「何故っ……!」
「恐らく、あの男は過去に何らかの格闘技の経験がある。拳の打ち方が素人のものではない」
「でもっ……」
「普段拳を使わないキリに、太刀打ち出来る相手ではないと言っているんだ」
「……っ」


的確な分析に返す言葉がない。
自分の限界をはっきりと突き付けられて、俺は落ち込み、俯いてしまう。


「よーく分かってんじゃん。ご名答。オラ、金払えよ」
「お、おい!どうすんだよ。3万なんて持ってねーよ……!」


嬉々とした3人の笑い声が響く。
城ヶ崎は焦ったように会長に声をかけ、冷や汗を流していた。


「誰が金を払うと言った」
「あ?」
「次は僕だ」
「……はぁ?」


凛と響く会長の声。
ただ、驚いたのはタチ高の奴らだけではない。


(会長、今なんつった?)


驚愕が沈黙を連れて来る。
そんな中、会長の強い眼差しは闘志の色に染まっていた。


「本気か?お前」
「本気だ」
「この銀髪野郎よか小せぇのに?……おい、お前ら、コイツ女みてーな面してるくせに、俺に勝つつもりでいるぜ!傑作だ!」


会長の言葉に3人は1度顔を見合わせ、そして更に大きな声をあげて不快な音の振動を響かせた。


「お、おい、椿、大丈夫かよ」
「問題ない」
「会長!本気ですか!?」
「何なんだキリまで……問題ないと言っているだろう」
「しかし……」


ノッポの言葉を肯定する気などさらさらないが、それでもやはり心配だ。
実際、会長は俺よりも小柄であるし、腕相撲の際も俺が勝利している。
会長の溢れんばかりの自信の源がどこにあるのか、皆目見当がつかない。

それが表情に出ていたのだろう。
ブレザーを脱ぎ手首のボタンを外した会長は、俺の顔を見ると困ったように微笑んだ。


「なんて顔をしているんだ」
「……心配です」
「問題ないと言っているだろう?」
「ですが……」
「キリ。ここで君にひとつイイコトを教えてやる。よく覚えておけ」


会長はそう言って俺に歩み寄ると、左腕を俺の首に回してグッと顔を近付けた。
会長の香りにドキッとしたのもつかの間、会長はそのまま俺の左耳に顔を滑らす。
そして皆とは死角になる位置で、俺の鼓膜に低めの声を響かせた。


「拳は僕の専売特許だ。つべこべ言わずに黙って見てろ」


ちゅっと小さく、優しいリップ音を左耳に残して顔を離した会長は、目を逸らしてしまいたくなるほど端正な顔で微笑み、ネクタイを緩めた。


「……っ……」


何この人。
めちゃめちゃ格好いいんですけど。

目の前の会長と耳に触れた柔らかい唇の感触、そして熱い吐息に体温が上がり、頬がボッと熱を持って鼓動が高鳴る。
機械に向かう会長の後ろ姿がとても頼もしくて、またひとつ胸がきゅんと締め付けられた。


「オイオイオイ大丈夫かぁ?パンチの打ち方分かんのか?まつげ君よぉ」
「パンチの打ち方?誰に口を聞いているんだ愚か者」


会長は入念に左腕のストレッチをしながら、ノッポの挑発をサラリと受け流す。
最後に左肩をくるくると回し、会長は金を投入してグローブを左手にはめた。


「貴様こそよく見てろ。僕が貴様に本当のパンチの打ち方を教えてやる」


そして両腕を胸の前に構えると、トントンとつま先で軽いステップを刻み、その後、目にも留まらぬ速さで拳を繰り出してミットを奥へ叩きこんだ。


「え……」


今までとは比べものにならない鈍く重い音が轟いた。
なに?今の音?率直な感想がまずこれ。
そう感じたのは俺だけじゃないらしい。
城ヶ崎も、タチ高の奴らも、その迫力に息をのみ、会長を呆然と見つめていた。

会長がふぅ、と小さく息を吐いたのが鮮明に聞こえる。
期待と不安、各々の溢れそうな程の気持ちが言葉を無くし、画面に写し出される数字に皆が釘付けとなった。


「……え」


だが、口から漏れたのは先程と全く同じ言葉。

画面にはERROR!という英単語と赤い×印が大きく表示され、それらが甲高いブザー音を鳴らし、何度も何度も点滅していたのだ。


「むっ?エラーとは何だ!僕の数字もはっきり示せ!」
「本当だねー……ってお前馬鹿野郎!測定不能だ!どんなパンチ力してんだよ!」
「う……嘘だろ」


城ヶ崎の焦ったような嬉しそうなノリ突っ込みと、ノッポの絶望に満ちた声が聞こえる。
会長はグローブを外してタチ高の奴らを一瞥し、ノッポを一際強く睨みつけて口を開いた。


「僕の勝ちだ」
「ぐっ……」
「今度、開盟学園の生徒に手を出してみろ。この拳を貴様達の顔面にお見舞いしてやる」


目を逸らすことなくノッポを睨みつける会長。
するとタチ高のソバカスが何かに気付いたようで、会長を指差しながら唇を震わせていた。


「こ、この下まつげ……!藪田さんをヤった奴だ!」
「むっ?」
「なっ……テメーそれ早く言えよ!」


ソバカスの言葉を聞いたノッポとデブはバカヤロー等と呟いて、我が先にとゲーセンから立ち去った。

呆気ない幕切れ。
初めから「こっちは前に藪田ぶっ飛ばしてんだぜ」とか言えば良かったんじゃねーの?と、既に有効ではなくなったアイデアが今頃浮かぶ。結局それも結果論でしかないけれど。

唖然と立ち尽くす俺達の間を、未だ煙たい空気と甲高い機械音が包み込む。
そこに城ヶ崎が新たな音を響かせた。


「あ、ありがとよ、椿」


照れ隠しのためか、城ヶ崎はぶっきらぼうに感謝の言葉を告げる。
それを見た会長は1度キョトンと瞳を丸めたものの、すぐにいつものキリッとした凛々しい表情を見せた。


「礼には及ばん。そもそも、このような場所に立ち寄る暇があるなら、学業に励むべきだ」
「うっ……」
「まあ、一件落着なことには変わりないがな。気をつけて帰るんだぞ、城下町」
「城ヶ崎だ!」


そしてブザー音に気付いた店員が漸く駆け付けて来たため、事の顛末を簡単に説明した後、俺と会長もその場を立ち去った。



***



会長とふたり、河川敷を歩いて帰路につく。
しかし、落ちていく気持ちは止められなかった。

ノッポに負けた。揺るがない事実。
俺がふがいないばっかりに、結局会長の手を煩わせてしまったのだ。
久しぶりに味わった敗北に泣きそうだ。俯く顔をあげられなくて会長の顔を見ることが出来ない。
はぁ、と何度目か分からないため息が出た。


「いつまで落ち込んでいるんだ」
「……あ、はい……すみません」
「気にすることないだろう。キリだって凄かったではないか」
「…………そう、ですね」


口をついて出るのは生返事。
失礼極まりないことは分かっているけれど、気休めなど今の俺には無意味でしかなく、更にため息が溢れた。

ふたりの間からは言葉が消える。
とぼとぼと歩みを進めているだけで、若干気まずい。
だが、何か言わなければと自らを奮い立たせようにも、落胆とした気持ちに遮られてしまい、結局何も言えなくなってしまう。

すると、ふと会長が足を止めた。
つられて俺も歩みを止めると、会長は俺の前に回り込み、俯く俺を金色の瞳でじっと見上げた。
そして俺の前髪に左手を絡ませて、優しい手つきで頭を撫でた。


「……かいちょう?」
「キリが落ち込む必要など、どこにも無いぞ」


会長はふわっと、柔らかな微笑みを浮かべる。
優しい手つきと微笑みに、少し泣きそうになった。


「確かにキリの方が力はあるし、背も高い。だが、正しい力の使い方は一朝一夕で身につくものではない。分かるだろう」
「……はい」
「キリが幼い頃から忍術の修行に励んでいたように、僕も格闘技の稽古に励んでいた。拳の使い方は君より上手くて当然だ」
「……」
「単純な力比べの腕相撲とは土俵が違うんだ。それに、キリにはちゃんと長所がある。そこをしっかり伸ばせば良い。だから、もう落ち込むのはやめろ」


そう言って、最後に会長は俺の唇をちゅっと爽やかに奪い、その顔に凛々しい微笑みを浮かべた。


「……っ……」


何この人。
めちゃめちゃ格好いいんですけど。

頬が熱に染まっていくのが分かる。
てゆーか、何かどうでも良くなってきた。
だって、会長がこのままで良いんだよって、その唇さえもくれたから。


「……会長には完敗です」


負けました。何かもう色々と。とてつもない程の差をつけられて負けましたよ俺。
拳だけでなく唇まで、パンチ強過ぎじゃありませんか?てゆーか1日に2回も同じ人に惚れ直すってどうなの。


「ふふ。腕相撲の借りは返したからな」


会長は満足げに呟き、無造作に俺の頭を撫でて前を向いた。
そして颯爽と歩みを進める。
俺がお守りすべるき主君であることは間違いないのだけど、その背中がやけに逞しくて、染まる頬がジンジンと熱い。

本当に完敗だ。身も心も、会長には敵いません。
これからは貴方の凛々しいお姿、つべこべ言わずに黙って見つめることにします。
ただ、その度に惚れ直してしまうかもしれないから、その時にはその唇で、優しいパンチ、くださいね。なんて。


「キリ?どうした?」
「いっ……今行きます!」


不思議そうに振り返った会長に、ハッと我に帰る。
ひとり浮かれ始めた思考を飲み込んで、染まる頬はそのままに、慌てて会長を追いかけた。





fin





椿キリ。女性が先。モブ。
やりたい放題だな\(^O^)/
ソバカスの名前忘れたし(爆発)

格好いい椿ちゃんにきゅんきゅんする可愛いキリたんが書きたかった。
上手く表現出来なかったが/(^O^)\
すっごい可愛いんだよ!にと里の脳内では!(爆発)

にと里的に力はキリたん、力の使い方は椿ちゃんのが上だと思ってます。
キリたんは筋肉のリミッターを外すことは出来てもそれを上手くは使えない。
だって手裏剣ビシバシしたり、くないブンブン振り回すのに必要ないもんね!

ってゆう妄想から生まれた話。


しかしデブって自分で打っといて泣きそうになった(爆発)





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