生徒会室の外で待ちぼうけをくらっている城ヶ崎は中の騒がしさに心臓を激しく揺さぶられていた。
会話の内容は明確に聞こえてこず、広い世界にひとり取り残されてしまったような疎外感を覚える。


「……騒がしいな」
「オラ、入れよ」
「うおっ!ビビった……」


突然聞こえた許しの言葉に、思わず肩を揺らしてしまった。
高鳴る心臓を押さえ付けるように胸元をきゅっと握りしめ、期待に胸を膨らませて生徒会室へと足を踏み入れる。


「……っ」


そして息をのんだ。

ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった、捜し求めていた美女が今、確かに自分の目の前に居る。
これは現実だろうか?城ヶ崎は思わず開く口を閉じることが出来ない。
しかし、ふわふわのロングヘアーも、綺麗に輝く瞳も、スッと伸びた鼻も、小さく色づいた唇も、柔らかそうな頬も、ツンと尖ったあごも、すべておとといの記憶にピッタリと重なる。

夢ではない。
漸く会えた。漸く会えたのだ。
なんて眩しいのだろう。
やっぱり妖精さんだ。妖精さんは実在していた!

溢れる想いに城ヶ崎は心臓を鷲づかみにされるようなときめきを覚えた。
まさかそのまま握り潰されることになろうとは微塵も思わずに。


「貴様は……!じょ、じょ、ジョーカー佐木!」
「城ヶ崎だ!……って、え?てか、何で俺の名前……、え……つーか、その声……」


相変わらず覚えてもらえない名前に思わず突っ込み、そして城ヶ崎は気づいてしまった。
低い男の声。聞き覚えのある、その声の持ち主に。


「つ……椿っ…………!?」


この凛と透き通る声は、生徒会長のそれだ。間違いない、と。
あまりの衝撃に城ヶ崎は固まって動けなくなってしまった。


「オメーは口開いてんじゃねーよ!」
「自分でバラしとるやん!」
『まさかの自爆テロw』
「し、しまった!」

「…………う、……嘘だろおおお!?」


生徒会室には城ヶ崎の悲痛な叫びが木霊した。


「てゆーか何で生徒会長が女装なんかしてんだよ!意味分かんねーよ!」
「路地裏の不良を退治するためだ!すべてはより良い学園づくりのために!」
「意味分かんねぇー!意味分かんねぇーよぉー!」


未だ混乱する頭を抱え、城ヶ崎は認めたくないといった風に首を振り乱す。

自分の捜し求めていた美女は男で、しかも自分の通う学校の生徒会長で、妖精さんではないなんて。
何より女装と気づかず妖精さん等と吹聴して回った自分が恥ずかしい。穴があったらものすごく入りたい。

城ヶ崎は羞恥と絶望に包まれ、自身の運命を嘆いた。

そもそも何で俺ばっかりこんな目に?
確かに昔は人に迷惑ばっかりかけていたけど、最近は随分丸くなったつもりなのに。

何もかも路地裏の不良のせいだ。
あいつらのせいで説教されるわ帰宅が遅れて妖精さんに遭遇するわスケット団に捜索依頼するハメになるわ妖精さんの正体に落胆するわで、すべては不良のせい。

しかし、滲みだした怒りをぶつけに行こうとも、既にその不良は目の前の妖精さん、もとい、椿がすべてぶちのめしているため、怒りの矛先がどこにもむけられず、城ヶ崎は力無く膝をつき、うなだれた。


「なんで……こんな……。俺、もうあんま悪いことしてねーよ……?」


全くだ。
しかしこればっかりはスケット団も生徒会の面々もどうするわけにもいかず、生徒会室には静寂が訪れた。

こうなったら、妖精さんの正体は女装をした悪趣味な生徒会長なんだと言いふらしてやる。
そうでもしないと腹の虫がおさまらない。

城ヶ崎は腹いせに意地の悪いことを考え始め、重苦しい空気が生徒会室を包み込んだ。
しかしその刹那、このどんよりとした空気を凛とした声がぶち壊した。


「そういえば貴様は、おととい僕とぶつかったな」


その声に城ヶ崎が顔をあげると、真剣に自分を見つめる椿が居て、一瞬たじろいだ。


「だったら何だよ……。はっ……、お前も説教か?」
「違う、逆だ」
「え?」
「素晴らしかった」


打って変わった明るい声色。沈んでいた空気がふわりと浮遊する。
あまりの唐突さに城ヶ崎は瞳を丸めた。


「貴様は倒れた僕に手を差し延べ、その後も僕を非難することなく己の非を認め、優しい言葉を沢山かけ続けてくれた」
「あ……」
「喋る訳にもいかず、正体をバラす訳にもいかず、お詫びとお礼を言えずに申し訳ないと思っていたんだ」


そこまで言うと椿は依然として真っ直ぐに城ヶ崎を見つめた。
そして花が咲くように、ふんわりと微笑んだ。


「おとといはすまなかったな。そして、ありがとう。見知らぬ誰かを思いやれるその優しい気持ちを、僕はいつまでも君に大切にしていて欲しいと願う」


ひたすらに真っ直ぐ、自分だけに向けられた言葉と微笑みに、城ヶ崎は呼吸が止まってしまった。


「……っ……」


すべて不良のせいだ。

説教されたのも、帰宅が遅れて妖精さんに遭遇したのも、それでスケット団に捜索依頼するハメになったのも、妖精さんの正体に落胆することになったのも、すべて。
だから、椿のせいではない。
誰かに優しくできたのも、微笑みに心が揺れたのも、今泣きそうになっているのも、すべて。
すべて不良のせいで、見逃してしまうような小さな思いやりを、大切に掬い上げて守ってくれた椿のせいなどでは決してない。

椿のせいではなく、すべて不良のせいなのだ。

城ヶ崎はひたすらそう自分に言い聞かせ、くるりと椿に背を向けた。


「…………もういい。帰る」
「そうか。気をつけるんだぞ」
「うるせー……」


口調は乱暴だが、勢いはない。
何より真っ赤に染まった頬が、城ヶ崎の照れ隠しを物語っており、ガラッと閉められた扉が城ヶ崎の姿を遮ると、呆然としていたスケット団が話し方を思い出したように口を開いた。


「おま、すげぇな……。流石空気ヨメ男だわ」
「あれ完全に椿に惚れてんで」
『本当の本当は妖精さんなのではないか?』
「意味の分からないことを言うな!」


何はともあれ、妖精さんに会いたいという城ヶ崎の依頼は綺麗に解決されたのだ。
そして遠ざかる足音に、小さな優しさが潜んでいることを知ったスケット団の3人。
いずれその音は聞こえなくなり、噂も風に流されていくのだろう。
それでも、残された足跡を辿れば優しさに繋がる。
暖かな気持ちが胸を揺らし、三人は鼓膜に響く足音にそっと微笑んでいた。





fin





181話のサス子。
破壊力抜群だよ(^q^)
「かわいー」「おいしー」のサス子好きな人すみません。
でも一回くらいサス子ネタやりたかったんだ……!
妖精さんなんだもの!フェアリー!
あと椿ちゃん文化祭休んでるから皆勤賞無理w






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