妖精さんの微笑 開盟学園にある噂が流れた。 「妖精さんが実在している」と。 勿論スケット団もその噂は耳にしており、始めは何を言っているのだろうと訝しんでいたが、相次ぐ目撃情報と部室に訪れた人物によって、噂の解明に乗り出すこととなってしまった。 「ってか何でオメーなんだよ!この、じょ、じょ、ジョー如月!」 「城ヶ崎だ!いい加減名前覚えろよ!」 「てかアンタが妖精さんとかキモすぎで鳥肌たつわ」 「仕方ねーだろ!でも確かにこの目で見たんだよ!妖精さんを!」 『今回もこの噂を流した張本人らしいな』 「うわキモッ」 「……」 開口一番に「妖精さんに会いたい」と叫んだ城ヶ崎に三人は心の底からドン引いた。 覚悟していたとはいえ、あまりに正直な反応に城ヶ崎は肩を落とすも、めげずに言葉を続けた。 「でも本当に見たんだよ!てか俺ぶつかったんだぜ!」 「あーそう……」 「こっち向け!」 「ラリっとる?」 「ラリってねぇ!」 『妄想乙w』 「現実だ!家に帰る途中でぶつかったんだよ!あれは確かに妖精さんだった……!」 話によるとおとといの放課後、下らないことで女生徒と口論していたのを教員に目撃され、空き教室で説教されたらしい。 というのも、最近この近辺で不良による女生徒の乱暴事件が相次いでおり、未遂に終わったがついに開盟学園の生徒にも危害が加えられたので、教員もピリピリしていたのだ。 なんとか誤解は解いたものの、帰宅するころには空はすっかり日が暮れてしまっており、何で俺ばっかりこんな目にと意気消沈しながら帰路についていた。 そして近道になる狭い路地裏を横切ろうとした、その瞬間―――。 「ぶつかったと」 「ああ」 「普通やな」 「うるせぇ!」 『それで、その後は?』 「その後も何も……消えたんだよ…………」 「……はぁ?」 ぶつかった勢いで腰をついてしまったらしい相手に詫びを入れ、顔を覗き込んだ際、あまりに端正な顔立ちに息を呑んだ。 こちらをじっと見上げている人形のような瞳から目が離せずにいたが、中々起き上がらない事に気づき、右手を差し出した。 目の前の女子は、差し出した手をポカンと見つめていたが、その手を握るとゆっくり立ち上がった。 意外と近い位置にある目線にドキッとしつつ、大丈夫か、怪我してねぇか、悪かったな等と語りかけると、女子は城ヶ崎の目を見つめ、そっと、微笑んだ。 その微笑みに心が揺れ、何も出来ずにいると、彼女はふわっと横を通り抜けて行き、その甘い香りにうっとりした。 直ぐにハッと我に返って、慌てて後ろを振り返ったが、そこに彼女の姿はもうなかった。 「……俺は思ったぜ。きっと彼女は天界から地上に降り立つことを許してもらう代わりに、声を奪われてしまったシャイな妖精さんなんだと……この右手は洗えなかった……」 城ヶ崎は右手をきゅっと握り、切なげに眉をひそめた。 対称的、むしろ必然的に三人は目を細めて、危ないものを見るような眼差しで彼を見やる。 「本格的にやべぇな……」 「……薬物病院連れてかなアカンのと違う?」 『とりあえず帰ろう。俺達は無関係だ』 「そうだな。こっちまで頭おかしくなりそうだぜ。ヒメコ、スイッチ、帰るぞ」 「あいよ」 『アイサー』 「ちょちょちょ待ってくれよ!本当だって!俺の他にも見たやついるんだぜ!?」 腰をあげた三人に城ヶ崎は焦ったように声をあげた。 冷ややかな視線に涙を流しながらボッスンに縋り付く。 「頼むよ!一緒に探してくれよ!あれから授業も身に入らねーし飯も食えねぇ!俺はもう一回だけでいいから妖精さんに会いたいんだよおおお!」 「だああーうっぜぇ!分かった、分かったから、とりあえず離せ!ぎゃあー右手で触んな!汚ぇ!」 城ヶ崎の執念深さに敗北し、内心面倒臭いと感じつつも三人は再度定位置について城ヶ崎に向き合った。 「んで?他の人はどこで、その、……妖精さん?見たの?」 『目撃情報はすべて路地裏に差し掛かるところだ。人通りは少なく、暗くなると不良のたまり場になっていたが、不良は昨日にはすべて退散していたらしい。』 「何でスイッチはそんなに詳しいの!?」 「ほんならソコで待ち伏せしたらええやん」 「昨日何度もうろついたぜ!だけど会えないからここに来たんじゃねーか」 「めんどくせぇなぁ……」 「めんどいなぁ」 『めんどくせっ』 「頼むから本腰入れてくれよ!」 「はいはいはいはい。えーっと、じゃあその妖精さんはどんな見た目なんだよ?」 妖精さんというのは大袈裟で、結局は人探しであることは間違いない。 ボッスンは紙とペンを用意し、とりあえず特徴を捉えることから着手した。 パッチリとした二重で明るい色の瞳、眉は優しいカーブを描き、鼻筋が通っていて、唇は小さめで程よい膨らみ、柔らかそうな頬にツンと尖った女性らしいあご。 髪は緩やかなウェーブがかけられた明るいロングヘアー、前髪はわけられており、綺麗なおでこが露になっている。 城ヶ崎は顔の特徴を細かに話し、藤崎はそれを忠実に再現していった。 そして一枚の似顔絵が完成した。 → |