桐と雛菊 キリはとある店に足を運んでいた。穏やかな空気の流れるゆったりとした空間。 色とりどりの色彩がふわりと店内を敷き詰めている、どちらかと言えば女の子向けのお店に。 「「あ」」 だから、こんなところに立ち寄っている姿は正直誰にも見られたくなかったし、ましてや遭遇などしたくもなかった。 それが絡みづらい顔見知りなら尚更。 「何で君がこんなところにいるんだ」 「……別に関係ねーだろ」 「DOS」 「何だと!?」 「君みたいに無駄にでかい男が手芸用品店に何の様だというんだ。気味が悪いな」 「何でそんなこと言うんだ!」 キリは手芸用品店に来ていた。 そこで同じ学校の、更には同じ生徒会の先輩である浅雛とばったり鉢合わせてしまったのだ。 休日のため、お互い制服は着用していない。そのせいかキリはいつもより大人っぽく、浅雛はいつもより華奢に見える。 だが可憐な見た目とは裏腹に、会って早々毒を吐いたのは浅雛だ。 キリは思わずペースを狂わされ、年相応の顔付きに戻る。 浅雛は涼しい表情を崩さず、訝し気にキリを見上げており、その視線と店内の浮遊感にいたたまれなくなったキリは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。 「……別に、布と糸買いに来ただけだっつーの」 「何で君がそんなものを?」 「……隠れ身の術に使うんだよ」 「……ああ、あの忍者っぽいアレか」 「ぽいじゃねぇ!」 浅雛は思い出す。 反発ばかりしていたキリが初めて庶務として与えられた椅子に座った日、真っ先に毒を吐いたこと。 身勝手過ぎるだの、まきびし踏んで足腫れろだの、正論に自身の不満を絡ませて、それはそれは言いたい放題言わせて貰った。 そして忍者っぽいことをしてみせろとキリに言ってのけ、挑発に乗ったキリが見せたのが、煙幕を利用した変わり身の術と、戸棚に紛して姿を隠した隠れ身の術だった。 クオリティの高いそれには素直にびっくりした。 そしてその際利用した布に丹生が興味を示し、その価格を尋ねた後にキリが答えた言葉にも。 「……そういえば自分で作っているんだったな、アレは」 「そうだよ……」 「君が地道に裁縫しているなんて、想像するだけで滑稽だな。技術は認めるが時代錯誤もいいところだ」 「いちいちうるせぇな!会長をお守りするためだ」 「会長会長って、本当に君は椿君のことばっかりだな」 はあ、と浅雛はため息をつく。 実際、キリの扱いは難しくはないものの、面倒だった。 キリはとにかく椿の言うことしか聞かない。 椿がやれと言えば何でもするが、椿が言わなければしない。 つまり、すべて椿を通さなければいけないということ。 似たような形で宇佐見も自分達を通さなければいけないが、宇佐見は変わろうとしているし、何より可愛いから不問だ。 それに宇佐見は自分か丹生がいればいいけれど、キリは違う。本当に椿だけ。 「椿君が大好きなのは結構だが、もう少し柔軟性を持ったらどうだ?忍者のくせに応用力に欠けてはいないか?」 「本当にうるせぇな!つーか大好きとかっ…………そうだけど……」 キリは浅雛から視線を逸らし、声のボリュームを小さくしつつも言葉を続けた。 だって、あの人が俺を救ってくれたんだ。 あの人がいるから今の俺がいて、だから、あの人は俺にとって最も優先すべき人なんだ、と。 その瞳には過去の痛みと、今の喜びとが同時に映し出されていて、浅雛は思わず椿とキリが和解するきっかけとなった出来事を思い浮かべる。 いつもひとりだったキリ。 つるむことを良しとせず、何でもかんでもひとりで事を済ませようとして、傍にいる仲間の存在なんてまるで無視で。 自分ひとりで平気なのだと、虚空の強さを振りかざし、結果、抱えきれない自責の念と、怒りと、悲しみとを涙ながらに訴えかけた。 そんなキリのSOSに一番最初に気付いていたのが椿だった。 キリの無意識のSOSに何度も何度も手を差し延べた。 大丈夫だ、見捨てない、仲間だからと、椿は一歩も引かずキリに真正面から歩み寄って、そして見事キリを救ってみせた。 あの日からキリは別人のようになった。 椿に心酔し、面倒くさいのは確かだけれど、それでも、ほんの少しずつではあるが、自分達とも打ち解けてきたように思える。 「……椿君は凄いな……」 「あ?」 「本当に凄い……」 そういえばと、自分も椿によって導かれた事があったと、浅雛は郷愁にかられた。 出来ない事はしなければよいと、自分の至らなさのために仲間に迷惑をかけてはいけないと、浅雛自身、ひとりで何もかもを抱えた時期があった。 ひとりで何でも出来ることが正しいことだと思っていた。 そしてそれが強さだと。 誰にも頼らず、ひとりで何もかもを終わらせられることが、強さの証だと。 確かにそれは間違いではないし、ひとりで誰の手も借りずに何でも事を済ませられるなら、これ程素晴らしいことはない。 けれど、所詮そんなことは無理なのだ。人は長所と短所を合わせ持ち、足りない部分を補い合いながら生きている。 自分にはないものを他人は持ち、他人にはないものを自分は持っている。 だが、そんな当たり前の事さえ見えずにいた。 そんな時、教えてくれたのはやはり椿だった。 大きな力の前に傷付き、無力に拳を震わせるしか出来なかった自分を、椿は自分にはない力をもって助けてくれた。 傷だらけの顔で、自分を真っ直ぐ見つめて。 その時漸く気付いたのだ。強さの意味、仲間の本当の姿に。 足りない部分をさらけ出すこと、つまり、弱さを見せられることが本当の強さであり、 弱さを見せられる相手こそが本当の仲間であると。 浅雛は椿にそう教えてもらった様に思える。 固くて開けられなかったビンの蓋を、椿に開けて貰った。 真っ直ぐな椿の存在に、固く閉ざし、隠していた弱さをさらけ出す事が出来たのだ。 「君だけじゃないんだよ」 「あ?」 「本当に椿君は不思議な子だ……」 「ああ。会長は素晴らしいお方だ」 「……DOS(黙れお前少し)」 「何!?」 椿の存在によって救われた人間と、変われた人間。 言葉にして確認し合うことはないけれど、同じ気持ちを共有していることは明白で。 「……キリ」 「……あ?」 少しの沈黙の後、浅雛はキリを呼んだ。 突然聞こえた自分の名前にキリは驚きつつも、律儀に返事をする。 真っ直ぐに刺さる浅雛の眼差し。 椿よりも低い位置にある、椿よりも小さな顔。 「その、一番上の赤い糸を取ってくれないか?」 浅雛が指差したのは、キリの目線より少しだけ高い位置にある棚。 つまり、浅雛の背丈では腕を伸ばしても届かない場所だ。 こうして見ると椿とは違い、浅雛はやはり女の子であるんだなと、私服との相乗効果もあって、キリは浅雛が少しか弱い存在に見えた。 普段とのギャップに目を丸くするも、困っているならと、キリは腕を伸ばし、目的のものを楽々と手中に納める。 「ほらよ」 「ありがとう」 浅雛のささやかな頼みと、それに素直に応えるキリ。端からみれば何の変哲もない男女の成り行きだ。 だがこれは、椿がいなければ永遠に成り立つことのなかった光景なのだ。 浅雛が誰かを頼る事も、キリが他人の言葉を聞き入れることも、すべて、椿が導いた事。 浅雛はそのくすぐったさに心が揺れ、悟られないように顔に力を込めた。 「ま、さっさと用を済ませて立ち去るんだな、忍者。君にここはひどく似合わない」 「言われなくても分かってるっつーの」 「じゃあなドブ虫」 「……ちっ」 直ぐに浅雛は毒を吐いて、いつもの彼女に戻った。 キリは改めて自分が今いる場所を指摘され、恥ずかしさから頬を染める。 そんなキリに浅雛はクスリと笑ってから、店内の浮遊感に混ざっていった。 浅雛の手には赤い糸。キリが取ってくれたもの。 そして残されたキリもまた、再度棚に手を伸ばし、浅雛へと手渡した赤い糸を忍ばせていた。 これで椿の刺繍でも作ろうか等と考えながら、ふたりは同じ人間を心に思い浮かべ、心地好い胸の高鳴りにそっと微笑む。 一見、バラバラな存在に見える桐と雛菊。 だけどふたりは椿という赤い絆で、強く、強く、繋がっている。 fin 突発的に書きたくなった。 キリたんとデージーたん。 何となくこのふたりは似てるのかもと。 ひとりで何でもやろうとしてた所とか特に。 つーかやっぱ椿ちゃんすげぇ。 そんで椿ちゃんの成長が感じられるスケダンすげぇ。 つまりシノケンすげぇ。 (爆発) あと一応補足。 このお話でキリたんもデージーたんも椿ちゃん大好きだけど、 デージーたんはあくまで仲間として椿ちゃん見てます。 だってにと里の好物はBLだから(爆発) つーかまきびし踏んで足腫れろには爆笑した(・∀・) 可愛いよデージーたん可愛いよキリたん(;´Д`)ハァハァ そして一番書きたかったのはお裁縫するキリたんです(爆発) 自分で作るんだ、って可愛い過ぎる。 やっぱ古風にチクタクやってんのかなとか思ったら可愛い過ぎて発狂した\(^O^)/心の中で。 (爆発) |