※ファイター!の続き。 ※モブ捏造。 リベンジ 目に飛び込んで来るビビッドな蛍光灯。 耳を塞ぎたくなるような喧騒。 加えて体に有害な煙の立ち込める娯楽の場に、俺は会長と踏み込んでいた。 「……随分とうるさいな」 「ゲーセンってこんな感じなんですね」 「このような場所は嫌いだ……」 今日の定例会議で、ゲーセンにたむろしているタチ高の不良がカツアゲをしており、開盟学園の生徒も何人か被害にあっているとの報告があった。 その報告を受けた会長は不良を退治するために早速俺を連れてゲーセンに乗り込んだのだ。 しかし、会長も俺もゲーセンに入るのは初めてで、会長は物珍しそうに中をキョロキョロしながら、ポカンと口を半開きにしていた。 ただ、やはり生理的に受け付けないらしく、最終的には、はあ、とため息をついて不快感を露にしていた。 「大体、学生が来るべき場所ではないだろう。もっと有意義な時間を過ごすべきだ」 「同感です」 「……ざっけんじゃねーよてめぇら!」 「あぁ?何のことだ?」 「とぼけんじゃねぇ!」 「むっ?」 突如として、俺達の微かな会話を塗り潰すような怒号が響いた。 声のする方へ小走りに人垣をすり抜けて奥へ踏み入ると、未発達の体には有害でしかない煙が更に濃く視界を滲ませて眉間にシワが寄った。 濁った視線の先では、ガタイのいい男がタチ高の制服を着た背の高い男と口論している。 ただ、そのノッポは不適な笑みを浮かべてガタイのいい男を見下ろしていて、更に仲間と思われるソバカスのある男と、見苦しい程のデブが側に佇んでおり、ガタイのいい男が不利な状況であることは一目瞭然だった。 「弱い者いじめはよせ!」 「誰が弱い者だ!……って椿!?」 「むっ?き、貴様は!じょ、じょ、城、白鷺!」 「城ヶ崎だ!」 会長は抗争の場によく透き通る声を張り上げた。 ガタイのいい男は振り返ると、会長の名前を叫び、驚愕に目を見開く。 会長も顔見知りらしく、どうやら開盟学園の生徒だったようだ。 「一体何を騒いでいるんだ」 「こいつらがよぉ!」 「俺達が何だって?」 「このヤロォ……!」 城ヶ崎と名乗る男の話によると、格闘ゲームをしていた所、タチ高のノッポに勝負を挑まれ、対戦したらしい。 だがその際、別の男達にカバンを盗られ、カバンを取り返すために目を離した隙に負けてしまったというのだ。 「グルだったんだよこいつら。負けたんだから金払えって、囲みやがってよぉ……!」 「ほぅ……」 「俺は手ぇ出してねーだろーが。対戦中に目ぇ離したテメーが悪ぃんだろ」 「テメーらが卑怯なことしたからだろ!」 「負けは負けだ。オラ、金払え。3人いるから3万だ」 「んだとぉ……!」 タチ高はタチが悪いと評判だが、ここまでくると逆に清々しい気持ちにもなる。 呆れてものが言えない俺とは違い、城ヶ崎の話を聞いた会長は鋭い目つきでタチ高の男達を睨みつけていた。 「そうか……貴様達がカツアゲ犯か。それにしても随分と卑怯だ。男なら正々堂々、1対1で勝負すべきだろう」 「そうだ!もっと言ってくれ!」 「あぁ……?だったら、てめぇが俺と勝負すっか?あ?」 「のぞむところだ」 「はっ面白れぇ。オラ、そこ座れ」 ガンをつけるノッポに怯むことなく、会長は格闘ゲームの前の椅子に座った。 会長に似合わな過ぎる構図に不快な気分になる。 (……あれ?) そこでふと、疑問がよぎった。会長も俺も、ゲーセン来んの初めてじゃねぇか? 少しの沈黙。画面を見て少しも動かない会長に俺は大量の冷や汗をかいた。 「待って下さい!会長、ストップ!ストップ!」 「何だ?」 「貴方ゲーセン初めてでしょう!?格闘ゲームなんて出来るわけないじゃないですか!ましてや対戦なんて!」 「……む、何とかなると思ったが」 「なりません!」 会長の意外としっかりした両肩を掴んで説得する。 きっと売り言葉に買い言葉、開盟学園の生徒を守りたい一心だったのだろう。 しかし、誠意だけで勝てる勝負ではない。これは会長が培ってきたすべてでは対抗出来ないのだ。 「はっはっはぁー!ゲーセン来たことねぇ?何処のお坊ちゃまだテメー」 「えっ?椿それマジかよ!」 「……マジだ」 「オイオイオイオイ勘弁してくれよ。腹いてぇわ。治療費も払ってくれよな」 「吊す!」 「吊すな!」 ノッポを筆頭に、ソバカスとデブも下品な笑い声を共に張り上げて会長を侮辱する。 非常に不愉快だ。ひとりひとり吊して、3日は放置してやりたい。 煮えたぎる怒りが溢れるものの、会長が俺を制止するため、歯を食いしばることで耐えるしかない。 「しょーがねぇなぁ。だったら、コイツで勝負するしかねぇな」 男は親指で斜め後ろの機械を示した。 そこには大きな画面と丸いクッションのようなものが設置されており、紐で無造作に括られたグローブが吊されている。 何だか全然分からない。 「これなら、卑怯もクソもねぇだろ?」 「………何だそれは」 「えっ?椿マジで言ってんの?パンチングマシーンだよ!」 「パンチングマシーン?」 「ああもう!とりあえずあれはグローブはめて、ミットぶん殴って、パンチ力を測定すんだよ!」 「……ほぅ」 「会長、ここは俺が」 城ヶ崎の説明を聞き、未だ怪訝そうな表情を見せる会長に変わって、俺は一歩前に踏み出した。 以前の腕相撲は俺が勝利した。 つまり俺は会長よりも力はある。それにこの機械も結局は力比べであるみたいだし、それなら負ける気がしないのだ。 「ブッ潰してやるよ」 「はっ!面白れぇ。オイ、お前相手してやれよ。小手調べだ」 ノッポは後ろにいたデブに声をかけ、ご指名を受けたデブがにやけ面で前に出てきた。 あまりの見苦しさに吐き気がする。 いっそのことコイツのボディに一発ぶっ放してやりたいくらいだ。 デブは見た目とは裏腹な滑らかさで機械に金を入れ、グローブをはめてミットに勢い良くパンチを放った。 バコンと大きな音をたて、勢い良くパンチを受けたミットが後ろに倒れる。 画面に660と数字が表示された。 「ヒュー!600オーバーだぜ!」 デブは楽しそうに口笛を吹く。 しかしイマイチ凄さが分からず、俺と会長の頭上には疑問符が浮かんだ。 「よく分からないんですが……」 「僕もだ」 「お前らマジか!600オーバーってやべーんだぜ!500オーバーすら難しいんだぞ!」 「はあ……」 「危機感を持て!」 「オラ、テメーの番だ」 初心者丸出しの会長と俺に城ヶ崎はひとり焦ったように声を張り上げた。 だが仕方ないだろう。意味が分からないものは分からない。 そこで待ちきれなかったのか、デブから催促の声がかかった。 俺も見よう見真似で金を入れグローブをはめる。 なめ回すようなデブの視線を感じ、ひとつ舌打ちをした。 「お前細ぇなぁ。1年か?ガキみてぇな体で俺に勝てると思ってんのか?げへへ」 「あ?うるせぇよデブ何見てんだ吊すぞ?デブが意気がってんじゃねぇよコラ。何ならテメーのボディにパンチしてやろうか?お?あ?」 「キリ!集中しろ」 「……はい」 ついうっかりデブの挑発に乗ると、会長からお叱りを受けてしまった。 気持ちを切り替えるため、俺は大きく息をひとつ吐いてミットに向き合う。 そして右の拳に力を入れて思い切りミットをぶん殴った。 普段感じることのない拳への衝撃に眉をひそめる。 あまり良いものではないなと不快感が体を走った。 「な……ななひゃく……」 デブの掠れた声に視線を画面に移すと、そこには715と表示されており、デブは呆然としたように画面にくぎづけになっていた。 「そんな……馬鹿な……」 「はっ、誰がガキだって?デブ。怠惰の塊みてぇなデブのテメーに俺が負けるわけねぇだろうがデブ。鍛え方が違ぇんだよデブ。少しは痩せたらどうだ?デブ。このデブ!」 「くっ……」 「キリ!よくやった!」 「はい!」 デブに勝利し、とどめを刺すと、会長からお褒めの言葉を戴いた。 無邪気に笑ってハイタッチをする会長に心がきゅんと音をたてる。 しかし次の瞬間、鈍い音が響いて、こちらの高揚を切り裂いた。ノッポだ。 そして画面に表示された数字に、今度はこっちが目を見開くこととなってしまった。 「はっぴゃく……」 城ヶ崎がポツリと驚きをこぼす。 830と表示された画面が、先程の会長の笑みを払拭してしまった。 ノッポは見下すように小汚い笑みを依然として浮かべている。 俺はそれに腹がたち、再度機械に金を入れ、ミットを思い切り殴った。 しかし、それはノッポの笑みを助長する結果となってしまった。 「ははあー!785!残念だなぁ!」 「……っ!もう一度だ!」 「キリ!」 頭が真っ白になった。 会長の制止を振り切り、俺は勢いに任せて同じ行程を繰り返す。 だがまたしても、機械には冷たくあしらわれてしまった。 「720。残念でした。ゲーセン初心者に800越えは無理ですねぇ」 「くそっ……!」 越えられないことに憤慨する。何故だ?俺は何故こんな奴に勝てない? 幼い頃から沢山修行を重ねて、体を鍛えてきたと言うのに。悔しい。 だが溢れる闘志とは裏腹に、慣れない拳の使い方と煙たい室内に体力はどんどん奪われている。 あまり深く吸い込みたくない空気に、柄にもなく呼吸が乱れた。 「はぁ、はぁ……」 「もう諦めろよ。大人しく金払え」 「うるせぇ。まだだ……」 まだだ。こんな奴に負けたままでいられない。 俺は奥歯を噛み締め、再度機械に向き合った。 「キリ、もうよせ」 しかしその刹那、俺の耳に飛び込んできた会長の声。 制止を意味するその言葉に、俺は呼吸が止まってしまった。 → |