※キリくん変心前。
※下品。


マッドカフス


イヤーカフスを落とした。
いつも着けてるそれが無いとどこか落ち着かなくて。
校内の至る所を探したが見つからず、無いに等しい可能性を元に、余り近寄りたくない生徒会室を訪れた。
そもそもこれが間違いだったのだ。


「……んで鍵かかってんだよ」


既に下校時刻を回ってはいたものの、俺の侵入を無言で拒んだ扉に苛立つ。諦めねぇぞ。
俺は辺りに人がいないことを確認し、そっと天井へ潜り込んだ。
校舎の構造は入学式の日にすべて把握済み。天井づたいに生徒会室へ侵入するのなんて朝飯前だ。何だかとても能力の無駄遣いな気がするけれど、それはこの際スルーしておく。
抜き足で移動を続け、自分のために用意されている机まで(座る気など更々無いけれど)たどり着く。狙いを定め、いざ天板をずらそうとしたその時だった。


「……ぁ、ぁん……」


甲高い儚げな女の声が耳に飛び込んできた。
断続的に聞こえる水音と体のぶつかり合う音も一緒に。

間違いない。これは情事のそれだ。
一瞬場所を間違えたかとも思ったが有り得ない。
だとすれば生徒会の人間によるものなのだろう。全くもって節操がない。
可能性として最も高いのは宇佐見だな、と、二重人格の女を思い出した。
誰かを連れ込み、だらし無く股でも開いているのだろう。


(……帰るか)


カフスは諦める事にした。
それよりも早くこの場から立ち去りたかった。俺だって一応、まだまだ若い十六歳。健全な高校生男子だ。
性欲だってあるし、セックスによって訪れる快楽だって知っている。
幸い体格にも容姿にも恵まれたため、お姉様方には大変お世話になった。勿論性的な意味で。
そのため、過去の記憶と耳に入ってくる艶声に、その場面を嫌でも思い浮かべてしまうのだ。
顔見知りの女がセックスしている様を想像するなんて流石に御免だ。

ため息ひとつ。
俺は依然として物寂しさを感じる左耳に指を這わせた。
いっそのこと、ピアスでも開けてしまおうか。
その方が落とす確率は遥かに減るだろうし、痛みに抵抗など全くない。
どこまでも能力を無駄遣いしているなと嘲笑し、踵を返そうとした瞬間。


「……ぁ、だめっ、かいちょうっ……!」


聞こえた声、紡がれた呼び名に驚愕した。
女は確かに今、会長と声を上げ、相手を呼んだ。
会長、つまり、現在この生徒会室の皮張りの椅子に座っている人間は、気が短くて睫毛の長いアイツ、椿佐介だ。
素直に驚いた。行為はおろか、他人の唇の柔らかささえも知らないと思っていた。
まさか校内でセックスしているなんて意外過ぎて笑えてくる。ましてやここは生徒会室だ。
常日頃から、より良い学園づくりのためにとまい進しているくせに、自らで本拠となる空間を欲に染めている。


(……どんな顔してんだか)


溢れ出した好奇心。
普段からは全く想像出来ないその顔を見てみたくなった。
顔見知りのセックスは想像したくないとは言ったが、想像も出来ないものには興味がわく。そしてそれがすぐ眼下に広がっているのだ。
まだまだ若い十六歳。年相応に冒険したっていいだろう。

俺はそっと天板をずらした。
そして室内を見回すと、生徒会長専用の椅子に、女が座っているのが見えた。
乱れたワイシャツの裾が細い腰を露にしていて、男のでかい手が柔らかそうな尻を鷲掴みにしている。対面座位だ。
まだ揺らめく腰の辺りしか見えない。ゆっくりと視線を上にずらしていく。
細い腰。だらし無く引っ掛かったワイシャツ。そこから覗く女にしてはしっかりしている肩と真っ白な首筋。


(……え……)


そして俺はまたも驚愕した。
真っ白なうなじにかかる短い黒髪、丸い形の後頭部にとてもよく見覚えがあったのだ。


「会長はおめーだろ?椿」
「あっあっ、んぅぅ……」
「ヤッてるときくらい名前呼べっつーの。かっかっかっ」


その横から見えた顔。
あの男は確か、前生徒会長の安形惣司郎だ。
そしてその安形に跨がり、現在も尚、喘ぎ声をあげている人物。

女ではなかった。生徒会長、椿佐介だ。


(マ、ジで……?)


確かに、生徒会室でセックスをしているのは生徒会長だと思った。
だけどなんか想像と違う。

腰辺りに視線を戻した。鷲掴みにされた尻の割れ目からは安形の猛ったペニスがチラチラと見え隠れしている。
そしてそれがしっかりとアイツの尻に挿入されているのがはっきりと見えた。


(……マジだ)


目の前の光景に唖然とし、呼吸が止まった。

アイツは男で、安形も男で、そのふたりがセックス?
あれ、確かセックスって、男と女がいやらしく絡み合って、そんで快感を求め合って、ちょっとアレしたら子供が出来ちゃう、そういうものじゃなかったっけ?
わけ分かんなくなってきた。思考回路がおかしくなる。
俺の童貞を持ってった名前も知らねぇお姉さん。もっかい俺にやらしー事を教えてくんねーかな。
セックスって、男女じゃなくても出来ちゃうの?


「か、いちょ、……も、やめっ……!また、誰かっ、きた、ら……あん!」
「鍵かけてて良かったなー」
「そ、ゆ、問題じゃ……、あっ!ダメ……!揺すら、なっ……で、くださっ……!」
「だーいじょーぶ。もう誰もこねーって。ホラ、奥、気持ちいーだろ?」
「いゃぁぁぁ……」


アイツを見やる。
俺を呼ぶいつもの怒号からは全く想像も出来ない艶声。初めて見る真っ白な素肌。
弱々しく安形の首に抱き着いている姿はまるで別人のようで。
アイツは俺に背を向けた状態で安形に抱き着いているため、顔は確認出来ない。
だが、安形のペニスを尻にくわえ込んで喘いでいる様はひどく気持ち良さそうだ。
目を逸らせない。アイツが安形とセックスしているという事実が非現実的で、官能的で。

呼吸が乱れる。気が緩んだその時だった。


「……ん?」


安形が、こちらを見たような気がしたのだ。

心臓が跳ね、俺は慌てて気配を消すことに神経を集中させる。
素人に見つかるなど有り得ない。気のせいであるはずだけれど。
目の前のアイツに意識を奪われ、注意力散漫になっていたのは事実だった。


「……なぁ、椿」
「んっ、……なん、ですか……?」
「加藤、懐かねーんだってな」
「……あ、ぁ…………は、い……」
「……こんな風に股開いて、アイツのチンコもくわえてやりゃあ、流石に懐くんじゃね?」
「なっ……何をっ!あっ!んんっ……、げひ、んだ……、さいてい、ですっ……!」
「かっかっかっ。じょーだんだよ」


突如としてあがった自分の名前に狼狽える。やはり気付かれたのか。
しかし、余りにも下卑た安形の発言。下品で最低。全くもって同感である。
そんな奴にバレてしまったなんて正直認めたくない。だからきっと気のせいだ。
大体、勝手に人の名前を出してんじゃねぇよと苛立つ。
いくら何でもアイツとセックスなんて俺には考えられない。俺のペニスをアイツの尻に挿れるなんて。


(ん……?)


だがそこで、自身の体の異変に気付いてしまった。
下腹部に集まる熱。
制服のズボンを押し上げているそれは、紛れもなく俺のペニスで。
勃起している。つまり、欲情しているということ。


(お、おいおいおいおい……!)


何で。何でこんなんなっちまってんだ。
まるで初体験の時ように自分の体の変化に戸惑ってしまう。
おいおいアンタ童貞だったっけ?いやいや、とっくに奪われてますって。


「……んっ……んっ……」


馬鹿な思考を余所に、くぐもった声が聞こえて、俺は思わず視線を眼下に戻した。
アイツは安形に抱き着いたままキスをしている真っ最中で、表情は依然として見ることが出来ない。
ただ、キスをしている間も腰は止まることなく淫らに揺れていて、情事特有の水音が鮮明に俺の鼓膜を刺激し、俺の鼓動も比例するように段々激しくなっていった。


「……っは、……椿?」
「ぼくが、……体を、あけわたすのは、ぁ、……あなただけ、です……!」
「おほっ。操立ててくれてんの?」
「からかわ、ないでっ……!好きです、会長っ……。いまは、ぼくの、ことだけっ……、かんがえて、くださっ……」
「…………名前、呼べって」
「はっ……、あがた、さんっ。あがた、さっ……、好き……。好き、ですっ……」
「おまっ、その顔、誰にも見せんなよ……?」


(……か、お…………)


見てみたいと、無意識に思ってしまった。
そもそも覗き見をしようと思ったのだって、アイツの顔が見てみたいと思ったからだ。
いつもしたたかな瞳に俺を映し、怒号を張り上げるアイツの、情事に見せる顔が。

だけど今、アイツの顔は見られない。
アイツの顔を堪能しているのは俺じゃなくて。


(……あが、た……)


何もかもわけが分からなくなってしまって、急いでその場から立ち去った。
そのまま人目につかない速度で自宅に戻り、自室に入る。


「はぁっ……、はぁっ」


呼吸が乱れたまま治まらない。そして、下腹部の猛りも。


「……っ」


俺はドアにもたれ掛かって座り込み、ペニスを取り出した。右手で激しく上下に擦り、まぶたを閉じて自慰に没頭する。
真っ先にアイツが思い浮かんだ。普段のアイツとは結び付かない、消え入りそうな程の甲高い喘ぎ声が。


「……はぁっ、はぁっ……」


ペニスはみるみる内に肥大していく。止まらない。
止まらない。脳に浮かぶアイツが。女性器の代わりに尻を使って安形とセックスをしていたアイツが。


「……うあっ、あっ、あっ、はぁっ……」


だらし無く喘いだままおもむろに抱き着いて、舌を絡ませてキスをして、グチュグチュと音をたてながら腰を揺らし続けて、


そして―――、



『……かとう……』



「……っあ……!」



閉じたまぶたの裏。
俺はアイツに吐息混じりに名前を呼ばれて、果てた。


「……はぁ、はぁ……はぁ……」


視界が霞む。右手の白濁がとても熱い。
まるでアイツが目の前に居るかのような錯覚に陥って。


(……マジかよ、おれ…………)


男で抜いた。アイツがセックスしているのを覗き見ておっ勃たててオナッて妄想して、イってしまった。
何か男として、更には人として終わったような気がした。

マッドだ。下品で最低なのは俺じゃねーか。
罪悪感が胸を突き刺す。ズキズキと。痛みに抵抗はないっつっても痛覚はそれなりにある。
その痛みを受けて、俺はちゃんとまともな感覚が残っていることに心の底から安堵した。

息を吐く。
いわば元凶である左耳にそっと触れた。
カフスは依然として着いておらず、物寂しさを左手に触れさせる。
もういっそのこと、ピアスでも開けてしまおうか。
巡る思考に、金属が体の内側を貫く感覚をイメージした。
痛いのだろうか。それは。
痛いのだろうか。体を貫かれるというのは。

金属が体を貫く感覚は、セックスで体を貫かれる感覚に似ていたりするのだろうか。


(……もう駄目だ……)


思考がループする。
今は何を考えても、きっと同じ所に辿り着くのだろう。
それならもう思慮放棄。知らねー。
俺は両手に残る虚しさを抱えたまま、射精後特有のけだるさに身を預けることにした。


(……そういや、顔、見てねーな……)


何故かその事をとても残念に思ったけれど。
でも顔を見てしまったら、もう痛みすら感じられなくなってしまう気がした。

ため息ひとつ。
とりあえず俺はしばらくアイツで抜くんだろうなと思ったら、やっぱり男として終わったような気持ちになった。





fin





色々すまん\(^O^)/

とりあえずキリたんはお姉様に食べられちゃってて欲しい。
あの子ほんと可愛いすぎる。はぁはぁ。

(爆発)






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