地味な作業に没頭する。
そして藤崎はすべての工程を終えると、ゴーグルを外した。
瞬間、むせる。先程とは違う理由で、またも藤崎は涙ぐんだ。


「うっ……ぅえほっ……!げほっ……!」
「な、何だ!?大丈夫か!?随分と苦しそうだが……!」


激しくむせる藤崎の声を聞いた椿は驚き、振り向く。
椿の指摘する通り、藤崎は尚も胸を抑えてむせ返っており、かなり苦しそうだ。


「お、おい、藤崎……!」
「えほっ……んんん……。はあ……。く、苦しかった……!」
「一体何事かと……」
「まぁ色々あんだよ!それよりこれ見てみろよ!」


漸く落ち着いた藤崎は、今度は嬉々とした様子で手元のものを椿の眼前に差し出した。


「……何だこれは?」
「花冠だよ。昔ルミによく作ってやってたんだぜ。すげーもんだろ?」
「おお……」


それはシロツメクサの花冠。

手先の器用な藤崎らしい一品だ。椿は物珍しそうに藤崎の手元を眺めている。
やはり初めて見るのだろう。椿の瞳は幼子のようにきらめいていた。
良かった。椿の無邪気な眼差しに、藤崎は心から安堵する。


(……あ……)


ふと、藤崎は花冠をそっと持ち上げた。
つられるように、椿の視線も上がっていく。
真っ直ぐなリアクションに藤崎は優しく微笑み、そして椿の頭上で両手を離した。


「……ん?」
「おっ。やっぱ似合うなー」
「……何の真似だ」


花冠が椿を彩る。漆黒の髪に真っ白な花が添えられた様は、酷く可憐だ。藤崎は微笑む。
しかし椿は腑に落ちないようだ。背景に疑問符が浮かんでいるのが手に取るように分かる。

何なんだこれは。そして何で笑っているのだ。
大体、ルミさんによく作っていたと言うことは、これは女の子に施すものではないのか。
また僕を愚弄するつもりなのかこの男は。

椿の脳裏に不満が募る。そしてそれをぶつけようと口を開いた、正にその瞬間。


「母ちゃんも、こんな感じだったんかな」


藤崎のひどく間延びした声が流れた。


「え…………」


紡がれた言葉に、椿は呼吸が止まる。
溢れ出しそうだった不満は、気付けば跡形もなく消え去っていた。


「お前、母ちゃん似じゃん。だから似合うんかなーって思ったんだけど、やっぱ違和感ねーな」
「そ……そんなこと……」
「似合うよ。すっげー似合う。つか、もしさ、俺達、ガキの頃から一緒だったら、きっと今と同じことしてたような気がしねぇ?うん、してたな。ぜってーしてた」


何を根拠に、と椿は思ったが、目の前の藤崎が何処までも無邪気に、花が咲くように微笑むものだから、すっかり毒気を抜かれてしまった。

藤崎は今、影を追っている。あるはずだった共通の思い出。
現状の家族に不満があるわけではない。
ただ彼は、純粋な好奇心から、それを想像している。そして喜びを見出だしているのだろう。
孤独では無かった。
ひとりぼっちなどでは、決して無かったのだと。
正反対のようでそっくりな片割れの存在に、心の奥から、心臓よりも、ずっとずっと深い部分から、ただ喜んでいる。

それは椿も同じだった。
藤崎の、濁りのない真っ直ぐな微笑みに、気づけば涙を流してしまっていたのだから。


「えっ……ちょ、何?やだった?そんなにやだった?え、え、え?」
「違う……」
「え、じゃあ何!?」
「……っ何でもない。それより、早く帰ろう。アカネさんが心配するだろう」
「お、おお……」


もし、藤崎がずっと傍にいたのなら。
考えたところで全く意味など無いのだけれど、それでも椿は思ってしまった。
きっと、毎日幸せだった。
暖かな兄の温もりに包まれながら、ひだまりの中で共にまどろみ、果てのない程に愛されたのだろう。
目の前の藤崎はとても優しい兄の顔をしていた。
それが椿をほんの少し、センチメンタルな気持ちにさせたのだ。

零れた涙を乱暴に拭い、椿は立ち上がった。
そして後ろを振り向き、降りてきた土手を見やる。
椿の涙の理由が分からず、藤崎は尚も焦っており、そして言われるがまま同じ様に立ち上がって土手を振り返った。

ここでそっと、椿が左手を差し出し、藤崎の指先を自分のそれで緩やかに包んだ。
少しの振動で簡単に解けてしまえる程、弱々しく。
藤崎は驚き、椿を見つめた。ぼーっとした様子で俯いている横顔。長い睫毛は涙で濡れたままだ。

甘えているのだ。椿は今、気を緩め、藤崎を兄として慕い、弟として甘えている。
はにかみながらも藤崎は微笑んだ。
そして右手を優しく、けれどしっかり、解けないように握り返す。
左手を包む兄の温もりに、椿は幸せそうに微笑んでいた。


「なあ、椿」
「なんだ?」


ふたりは土手を登り、再び元の家路についた。お互いの利き手は繋がれたままだった。


「……次の日曜、またここ来ようぜ。そんで、四つ葉のクローバー、一緒に探そ。ゆっくり、ふたりでさ」


幸せの象徴なんだぜ、四つ葉のクローバーは。
そう言って藤崎は無邪気に笑った。

幸せを探す。
漠然とした目的。だけど、形あるもの。

椿の心は揺れた。
自分の知らない世界を藤崎は知っている。
そして、それを自分に見せようと、一所懸命に笑ってくれている。
なんて優しいのだろう。この男は。僕の兄は。
とても優しい片割れの存在に、椿はまた少しだけ、涙が出そうになった。
左手に伝わる温もりをきゅっと握りしめ、椿はそっと微笑む。
そしてゆっくりと頷いた。それはそれは嬉しそうに。

空は黄昏。伸びた影の先でふたりは静かに繋がっている。
そしてゆっくりと、彼方にいた夜がやってきた。ふたりの影が夜と混ざり、輪郭が徐々にぼやけていく。
ふたりが離れ離れにならないように、ひとつに繋いでいるようにも見える。





fin





器用なのってくすぐられる。自分に出来ないことだから。
にと里自身、姉がよく花冠作ってくれてました。
幼心に凄いなぁ、お姉ちゃん好き!と思ったのを今でも鮮明に思い出せます。
椿ちゃんもボッスンのお兄ちゃんっぷりにほっこりしていれば良い。

双子がいつまでも仲良しでありますように!

好き!






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