トワイライト
クローバー



藤崎は椿とふたり、河川敷を歩いていた。
彼の母であるアカネが夕食を準備しているからと、椿を自宅へ招いたのだ。
空は黄昏。伸びた影の先で、ふたりは一定の距離を保ちながら小刻みに揺れている。
会話はない。照れはあるのに話題はないのだ。
藤崎は背筋を丸めて両手をポケットにおさめ、締まりなく歩いている。椿とは対称的に、だ。
藤と椿。右と左。苗字も名前も正反対なふたりは利き腕さえも真逆である。
だが仲間思いで、賢くて、少し泣き虫。ぴょんとハネる髪や猫のような目尻など、根本的な部分は全く同じ。
ふたりは双子だった。血の繋がったれっきとした兄弟だったのだ。
今、ふたりがこうして肩を並べて藤崎の家へ向かっているのも、それが前提にあるからなのだ。


「ん?おっ!」
「何だ?」


照れをごまかすため、わざとらしく椿から視線を逸らしていた藤崎がふと何かに気づき、導かれるように土手を降りていった。
一体何なんだと椿が問い掛ける隙もなく、みるみる内に藤崎の背中は小さくなっていく。
そのまましゃがみ込めば、緑と白に彩られた足元の色彩に、彼は同化して見えなくなってしまいそうだった。
彼のトレードマークである赤い角帽子はその存在をはっきりと主張しているため、見えなくなるなど、そんな事はないのだが。

椿も後を追い、しゃがみ込んでいる藤崎の背中越しに様子を見やる。
彼の指先は目の前の植物に埋もれていた。小刻みに葉を掻き分けながら、何かを探しているようだった。


「探しものか?」


椿は藤崎の左隣に同じようにしゃがみ、問い掛ける。
んー、と、曖昧模糊とした彼らしい生返事が返ってきて、椿は若干不機嫌になった。


「何なんだ。シロツメクサを吟味などして。やはり君の行動は時として不可解だな」
「はっ?四つ葉のクローバー探してんだよ。お前もガキの頃とかやっただろ?」
「ヨツバノクローバー?」
「えっ?知らねーの!?」


続けて、お前マジかよ、信じらんねー、図鑑に載ってねーのかよ等と、藤崎は感じたことを感じたままに口にする。
ただ、椿を嘲る気などは全くない。ただ単純に、驚愕から発した言葉だった。
しかし藤崎の意など椿が知る由もなく、自身を罵倒されたと勘違いした椿は、その不機嫌に拍車をかけた。


「ふっ、ふん!何がヨツバノクローバーだ。図鑑に載っていないものを呑気に探すなど、時間の無駄だ。君にはお似合いだがな!」
「はあ!?何で怒っちゃってんの!?意味分かんねぇ!」
「うるさい!意味が分からないのは君の方だ!この暇人め!君なんてツチノコだ!」
「なっ、このっ……っバーカ!バーカ!バーカ!」


ツン、と、椿は左側を向き、藤崎から顔を背ける。
正反対なふたりは反発し合うことが多く、些細なことから言い合いになるのは日常茶飯事だ。
ボキャブラリーの少ない藤崎が涙目で幼稚な言葉に逃げるのもしかり。
今回も例に漏れず、藤崎は椿の言葉に対抗出来る言葉を生み出せず、顔を背けた椿を悔しそうに見つめていた。もちろん涙目だ。

再びの無言。藤崎は半ば意地になりながら、手元に視線を送り直し、捜索を再開した。
しかし、遺伝子の突然変異、しかも原因もろくに解明されていないそれを見つけるのはやはり骨が折れる作業だ。そう簡単には見つからない。

まるで自分達双子のようだなと、藤崎は目の前のシロツメクサに自身の運命を投影した。
この歳になって初めて知った真実。溢れんばかりの人間の中で、同じ血を分け合った片割れが存在していた。
信じられなかった。
天涯孤独だと思っていた。
初めてその事実を知り、生まれて来た日を共に祝福した後、無意識に涙まで零れたものだ。

椿はどうだっただろうか。
一体何を感じただろうか。
自分と同じで、喜びを感じてくれただろうか。

藤崎は再度、視線を椿に向けた。椿は依然として、顔を背けたままだ。
しかし、腰をあげて帰ろうとはしない。促すこともない。ただ静かに、そこに居る。
もしかして。藤崎は思った。知りたいのではないかと。
見たことのないものをその目に映してみたいと、彼は控えめに望んでいるのではないのかと。

椿は一人っ子だ。
双子の自分が居るため、厳密に言えば違うのだけれど。
彼を見れば、愛情をたくさん注がれて育ってきたというのは、一目瞭然だ。
だが、それでもやはり、両親が共働きというのは淋しさだって存在したはず。
妹が居る自分とは違う。一人で過ごす時間は自分よりも遥かに多かっただろう。

だからきっと知らないのだ。
手を伸ばして、未知のものを追いかける興奮も。
好奇心から、小さな生命を絶やしてしまうことの残酷さも。
泥だらけになって雨に打たれ、太陽の下、無防備に眠る等は、多分していない。
彼は幼い頃からずっと、常に前を向いていたのだろう。
先にある両親の背中を追いかけて、湾曲などしていない教養を身につけて、足元に転がる小さな世界を知らないまま、大人へと近づいている。

藤崎は椿の瞳が未だに真っ直ぐ、ひとひらの濁りさえもなく輝いている理由が少しだけ分かったような気がした。
彼の瞳は今でも尚、幼い頃の光を残したままなのだ。
この鮮やかな世界を映しては、純粋な程に揺れている。

見せたい。
藤崎は素直にそう思った。
椿が見たことのない、いわば幸せの象徴であるそれを、彼の綺麗な瞳に映してあげたい、映して欲しい、と。
藤崎は心の底からそう願った。
郷愁から椿のためへと、藤崎の探しものの目的が変わる。そうなれば藤崎の真骨頂。
藤崎はゴーグルを装着し、目の前の世界から幸せを探索することに没頭した。
自分達だってそうだったのだ。
大切な片割れ。一億人の中から巡り会えた。だからきっと見つかる。見つけられるはず。
藤崎は根拠のない理屈をこじつけ、額に汗を滲ませる。
すべては、椿の喜ぶ顔が見たい一心だった。

しかし現実は甘くなかった。
世界を裏側まで調べようとも、目的のものはその姿を見せてはくれなかったのだ。
悔しい。藤崎は顔を歪める。だが、これだけ探しても見つからないとなると、やはりここには無いのだろう。
はぁ、とため息をひとつ吐き、藤崎はおもむろにひとつ茎を摘み、その全容をただじっと眺めた。


(……まあでも、結局俺達も十七年かかったしな)


藤崎はあくまで前向きでいることに努めた。世界は広いのだ。
そして茎を眺めている内に、今度は妹、ルミとの思い出が朧げに蘇ってくる。
再び郷愁にかられた藤崎は今度はただ無邪気に、その両手を忙しなく動かし始めた。











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