おにいちゃんのばかっ


午後16時。
生徒会ではいつものように定例会議を行うはずだった。


「それではこれより、定例会議をっ……!」


しかし進行は突如として訪れた、下腹部を突き刺すような痛みによって妨げられてしまった。


「会長?…………っどうされました!?」
「っは……、はぁっ……」


キリがいち早く僕の異変に気づき、続いて女子達の驚いた声も聞こえたが、どちらにも返事をすることは出来なかった。
そのまま痛みによって立てなくなってしまい、下腹部を抱えてうずくまってしまう。
そんな僕の背中を、キリは優しく撫でてくれた。
しかし下腹部を刺激する痛みは治まることを知らず、額から汗が滲みだしたのが分かった。


「会長っ……!すごい汗……。とりあえず保健室へ!」


そのまま定例会議は中止となり、僕はキリに横抱きにされて保健室へと運ばれた。


「……すま、ない」
「無理してしゃべらないで下さい」


キリは器用に足でドアを開け、保健室へ入った。
先生に事情を説明し、一時的にベッドを使用させてもらおうと、埋めていた顔をあげようとする。
しかしそれよりも先に、甲高い関西弁と、キリの訝しげな声が耳に入った。


「先生おらんで」
「……何でいんだよ……」
「アンタこそ。……ん?……どないしたん?」
「関係ねぇ」
「あ、そ」


この声と関西弁は鬼塚だ。何故ここにいるのだろうか。
しかし脳裏に浮かんだ言葉は痛みによって飲み込まれ、届くことはなかった。

キリは僕をベッドに寝かせると、綺麗に畳まれたハンカチで額の汗を拭ってくれた。
その優しさを受けながら、横向きにお腹を抱えて、痛みを和らげようと深呼吸を繰り返す。
朧げな視界の端には心配そうに僕を見つめるキリの姿が。


「……え……?」


そしてその肩越しに、隣のベッドで同じようにうずくまっている人影。


「……ううーん……ううーん……」
「もー。せやから散々拾い食いしたらアカン言うたやないの!床に落ちたモンも平気で食べるから!」
「……三秒、ルールぅ……」
「アンタなぁ……、あれはどー見たって随分前のお菓子やったで……。三秒どころか三日は経ってるわ」


目を疑った。
そして先程の、鬼塚が何故ここにいるのだろうという疑問が、視界の先の人影によって払拭されることとなった。


「…………藤崎……?」


間違いない。
あのシルエットと声は藤崎だ。


「いて……え、……椿?……何で……あっいてててて……」
「っう!……はぁ、……は……」
「会長!」


ただ、お互いの存在を確認しても、お腹の痛みに顔を歪めるのみであった。
突き刺すような痛みが依然と下腹部を刺激し、声が掠れる。


「……うう……いてぇ……」
「……うう……いたい……」


鬼塚が呆れたように話した内容によると、どうやら藤崎は拾い食いをしてお腹を壊したらしい。
高校生にもなって拾い食いなんて、不摂生にもほどがある。
しかし悪態をつこうにもそんな余裕はなく、結局痛みに悶えるだけだった。


「……椿もお腹抱えてるやん。どないした?双子揃って拾い食いか?」
「会長がそんな下卑た真似するわけねーだろ」
「せやなぁ。でも汗凄いで。アカンやろ」
「俺だって分からねーんだよ」


鬼塚に対する口調は若干荒いものの、依然としてキリは優しく僕の額の汗を拭ってくれる。
幾分痛みも和らぐような気になるから不思議だ。


「キリ……、すまないな。……さっきよりは、楽になったぞ……」
「それなら良いのですが……ご病気、ですか?」
「いや、……分からない。でも……たまに、あるんだ。原因不明の、痛みに襲われることが……」


実は、原因不明の腹痛はこれが初めてではない。
過去にも突如として痛みに襲われることは多々あった。
そもそも腹痛に限ったことではなく、痛む箇所も痛み方もバラバラなのだけれど。
幼少期から続くこの症状を1度父に相談し、ひと通りの検査をしてもらったこともある。結果、原因は不明だった。
高校生になってからは著しくその回数も減っていたため、正直、あまりに久しぶりなこの痛みを若干忘れていた。

はあ、と息を吐き、瞳を閉じて呼吸を整える。
そしてふと瞼を開くと、驚いたように目を見開いている藤崎と視線が交わった。


「……はぁ、……何だ……?」
「……俺もなんだけど……」
「……は?」
「だから、俺も……、意味分かんねー痛み、たまにあって……いてっ」
「…………」


今度は僕が驚き、言葉を失った。


(原因不明の痛みは誰にでも頻繁に起こるというのか……?)


冗談じゃない。
そんなのもう何かの病気だとしか思えないじゃないか。
父も知らない、いや、世界でもまだ認知されていない大病だったらどうしよう。
移りやすい病だったら生徒に注意を呼びかけなければいけないし、何より危険過ぎる。
痛みと危惧の念とが体を支配し、保健室には沈黙が訪れた。

しかしその沈黙は、鬼塚によって切り裂かれることとなった。
僕と藤崎を何度か交互に見やり、何故かソワソワした様子で口を開いたのだ。


「……何や……何やお前ら!この兄弟め!ホンマもんの双子やないかい!」
「……ヒメコ?」
「これアレやろ?双子のアレやろ?片っぽが怪我とか病気したら、もう片っぽも同じ所が痛なってしまうアレやろ?あたしそんなん詳しいねんで!A組の中谷さんに聞いててん!」
「……そんな馬鹿な」
「せやけどホンマにあるなんて思わなかったわー!お前ら何だかんだ言うて兄弟やなー!双子やなー!アカン!ソワソワするわ!」


呆然とする藤崎と僕にはお構いなしの様子で鬼塚は訳の分からないことを口走る。
そんな鬼塚を見た藤崎は、気に食わないと言った風に顔をしかめ、口を尖らせた。


「へっ!そんなもん迷信だっつーの!大体何でコイツと分かち合わなきゃいけねーんだよ!ああっ……いたいいたい……あああー」
「なっ……僕だって君と分かち合いたいなんてこれっぽっちもっ……!……い、いたい……」
「会長ォ!」
「あんなぁ、そんなん言うたって実際椿お腹痛なってるやん。しかも何でか分からんのやろ?決まりや。あぁもうソワソワすんなぁアンタ達はホンマにもう!」


何故そんなにソワソワするのかが分からない。
しかし鬼塚はそんな僕の気持ちなど露知らず、興奮したように頬を染め、更に饒舌になった口を止めようとはしない。


「なあなあ椿、アンタお腹痛いんやろ?何でか分からんのやろ?アタシ何でか知ってるで。教えたろか?それはな、アホなお兄ちゃんがアホみたいに拾い食いしてアホみたいにお腹壊したせいやで」
「ぜってーちげーよ!俺はそんなの認めねぇかんな!あ、いたいいたい……」
「アンタは黙っとき!」
「くっ!俺が会長と痛みを分かち合えたらどれ程良かったか……!」
「アンタ双子ちゃうやろ!ややこしなるから黙っとけ!」


現在、そして今までも訪れていた原因不明の痛みは、鬼塚の言う通り僕達双子特有の症状だというのか。
なんて非現実的なのだろう。少々、…………いや、かなり腑に落ちない。
しかし、下腹部に走る痛みと、目の前で同じように悶えている藤崎をみると、あながち違うとも言い切れないような気もして。


「……あー!いってぇ!!」
「くぅっ……!」
「アカン!ソワソワするー!」
「会長ォー!」


でも不思議なことに、癪ではない。
というよりも、藤崎も過去、僕と同じように痛みを共有していたという事実は、僕の胸の奥の方をふわりと暖かくさせたのだ。


(むしろ……嬉しい、の、かな……)


ただ、もうこんな下らない理由で道連れにされるのは御免だけれど。

一週間。いや、一ヶ月だ。
藤崎は部室にお菓子持ち込み禁止にしてやる。
定例会議を中止させられたのだ。これくらい妥当だろう。
そもそも拾い食いでお腹を壊すなんて。


「…………藤崎の、ばかっ……」
「あ?何か言ったか?……うう……!」
「うるさい!んっ……いたっ……」


僕は先程つくことの出来なかった悪態を小さくこぼし、あとは依然と突き刺さる痛みに、ひたすら悶えていた。





fin





双子ちゃんのなんかアレなお話でした。
よく言うじゃないですか。片割れが痛いとこ痛くなるみたいな。
え?二卵性はあんまない?
うるせーw

あと椿ちゃんは馬鹿とは言わないだろうけど言わせたのは
にと里の完全なる趣味です(・∀・)


ちなみにこの話の裏ポイントは
お姫様抱っこされてキリたんの胸に顔を埋めている椿ちゃんと
綺麗に畳まれたハンカチを持っているキリたんと
確実に原因に気づいてるであろう椿パパである(爆発)






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