水面に糸切り歯 貴方の過去を塗り潰す事が果たして正しい事なのか。 甘受すべき事として割り切らなければならないのか。 俺は貴方を傷付ける事でしか愛を残す術を知らない。 答えを見つけられない俺は手探りのまま牙をたてる。 *** 会長の左腕に傷跡がある。 綺麗に縫合されてはいるが、傷跡であることは鮮明に分かる。 気づいたのはたった今。 情事の最中だった。 打ち付ける熱に声を漏らすまいと、会長が左手で口元を押さえたのだ。 その状態からみても、積年の傷跡ではないことが容易に分かって、あまりに痛々しい傷跡に、世界が止まったような気がしたんだ。 「……会長、これ、一体」 「え……、あ……。これは、少し前、不良を取り締まった際、不意をつかれて、ナイフで……」 「……そんな……」 そっと傷跡をなぞった。 まだ治りたてのそれは、あまりに痛々しくて、嘆かわしくて。 会長に似合わなくて。でも、実直な会長らしくもあって。 釈然としない感情が渦巻く。 その中で、会長に一生消えぬ傷跡を残した、名も顔も知らぬ相手に、ぶつけられない怒りと嫉妬が生まれ、その火種は目まぐるしいほどに燃え上がった。 「守りたい……」 「……え?」 「……全部俺に下さい。会長の過去も今も未来も全部」 「あ……っ……!」 ひたすらに肌を合わせた。 会長を抱きしめて、体温を分け合って。 触れ合う肌の温もりに焦がれて、紅い花を幾つも咲かせる。 白い水面に浮かぶ紅い花は、余りに綺麗で、残酷で。 (……っ……どうして…………) 花は泡沫。 いずれは散って、沈みゆく。 「あっ……!キリっ……いた……っ!」 嘆きは衝動へと。 俺は本能のまま、会長の傷跡に鋭く噛み付いた。 跡が残るほどに強く。 血が滲むほどに深く。 「な、に……っ?い、いたい……いた、い……キリ、いたい……!」 こんな傷跡なくなればいい。 会長の左腕にいつまでも残る傷跡なんて。 なくなればいいんだ。 「あぁぁぁ……いた、……いたい……いた、い……いたい……ぅぁ、あ……あ……ああぁ……」 もっと泣いて。もっと叫んで。 この痛みにもっと喘いで。 伝う深紅の原因を、その心臓に刻み付けて。 「……は、ぁ……あ……」 「あなたが欲しいです……」 「…………キリ……?」 「好きです……、会長。……好き……」 分かってる。 傷跡がなくならないことくらい。ちゃんと、分かっているから。 だから―――、 「……さすけ、さん……」 「キ、リ……?」 お願いです。 この傷の記憶なんて忘れて下さい。 そして今生、この傷跡をなぞった折には、今の痛みを思い出して欲しいのです。 ナイフの鋭さではなく、糸切り歯の食い込みを。 「お願い、します……。佐介さん……」 「キリ……」 泡沫の紅い花と、永遠を生きる白い傷。 相反するふたつの跡に、俺の想いをいつまでも残せたなら。 fin ちょっと独占欲の強いヤンデレちっくなキリたん。 ちょっとじゃねぇか(爆発) |