「何でここに……」 鬼姫は飴をくわえながらこちらに歩み寄り、少し離れて隣に腰をおろした。 「今な、部室に椿が来てるんよ。何や知らんけどボッスンと2人で話がしたいゆうて。スイッチは秋葉原に行ってもーたし、暇やし晴れてるさかい、空でも見て時間潰したろ思て」 俺の問いに鬼姫は長々と答え、そこから既に授業が終わっていることが分かった。 鬼姫は済ました顔で空が綺麗やなーなどと呟いていたが、俺は先程鬼姫の口から紡がれたあの人の名前に、心をぐちゃぐちゃに掻き乱されてしまっていた。 会長が、藤崎と? しかも2人で……どうして。 単純過ぎるほどに心臓が激しく鳴りはじめ、俺はチラチラと視線を散らしながら平常心を取り戻そうと躍起になった。 だから、鬼姫がこちらをじっと見つめていたことに気付けなかった。 「お前ら何や?別れたんか?」 「……っ」 急にかけられた言葉に勢いよく鬼姫を見ると、こちらを向いていた鬼姫と目が合った。 じっと見つめてくる眼差しを堪えることが出来ず、俺は視線を斜め下へ反らして、鬼姫の瞳を遮った。 「椿がな、ボッスンと喋ってんの、ちょっとだけ聞いてもーたん。加藤と別れたって言うとって……。せやから、もう聞いたらアカン思てあたしはすぐにこっち来たんやけど、……なあ、ホンマなん?」 「……あぁ」 隠す必要もないため、俺は鬼姫を一瞥し、その問いに短く言葉を返した。 俺の言葉を聞いた鬼姫は驚いたように目を見開いてくわえていた飴を落としそうになったが、それを慌てた様子で1度口に押し込み、右手に持ち替えた。 「何で?」 「……わからない。ただ、会長に別れようって言われただけだ」 「は?……え、それだけか?」 「それだけだ」 俺の返答に鬼姫は今度は訝しげな声色をつくった。 「アンタはそれでええんか?」 「会長が別れたいとおっしゃったんだ。仕方ねーだろ」 「椿やなくて、アンタの意見を聞いとんのや。もっかい聞くで、アンタはそれでええんか?」 「……」 鬼姫を見ると、言葉と同様に怪訝そうな眼差しで真剣に俺を射ていた。 あまりの力強さに一瞬怯むも、俺だって結局、わからないままなのだ。 。 「……2人で過ごす時間が減ったんだ。すれ違ってばっかりで」 「……」 「それに、会長が望むなら、俺は従うまでだ」 「……そんで、別れたと」 「……あぁ」 鬼姫へ言葉を紡ぎながら、自分自身に言い聞かせるように空を仰いだ。 会長が何かを望むなら、俺はそれを叶えるだけだ。 だから、これで良かったんだ。 「……アホか」 「なにっ……」 少しの沈黙の後、突き刺すように浴びせられた罵声に鬼姫をみると、心底呆れた表情で飴を舐めていた。 「何格好つけとんねんアホか。アンタ今自分がどんな顔してるか分かっとる?」 「……」 「今にも泣きそうな顔しよって。ホンマは別れたくなかったんやろ。会いたかったなら会いたいって言うたら良かったんと違う?……椿のこと好きなんやろ?好きやから、だから付き合ったんやろ?恋愛においたら主従とかは関係あらへんやん。アンタは椿のもんで、椿はアンタのもんやろ?」 一気にまくし立てた鬼姫は右手に持っていた飴を口に含み、そのまま俺の反応を伺っている。 「……俺は……会長が、望むことを叶えたいんだ」 「ほなアンタはそれで納得してんのかて」 「……」 鬼姫の言葉が確信をついているのは分かっている。 だからこそ言葉に詰まってしまい、俺はもう何も言うことが出来なかった。 「イイコぶるのはやめや。人の気持ち縛れるもんなんてどこにもあれへんよ。欲しいもんあんなら駄々こねてでも手に入れたらえぇやん。手に入れたら盗られへんようにマジックで名前書いときー」 「……子供騙しだ」 「あんな、椿って何だかんだ言うてボッスンにそっくりやん。しっかりしてるけどボケボケちゃんやし。かっわいい顔しとるさかい、ぼやぼやしとったらどこの馬の骨とも知らんやつにヒョイっと横取りされてしまうよ」 「……」 『ユーガッタメール!』 「ん?」 ひと通り話終えたあと、鬼姫の携帯がメールの着信を知らせた。 「あぁボッスンか。終わったみたいやな」 どうやら会長と藤崎の話は終了したらしい。 鬼姫はカチカチと返事を打ち終えるとスッと立ち上がり、スカートについた土埃を2、3度払った。 「ほなあたし部室戻るわ。アンタももう行かなアカンのと違う?」 「……もう少しだけ俺はここに残る」 「そか。遅れたらアカンで」 「あぁ」 「ほな」 鬼姫はスタスタと扉へ歩みを進めたが、ドアノブに手をかけた際、こちらにクルッと振り返った。 「加藤!」 そして大声で俺を呼び、言葉を続けた。 「アンタは今、幸せか?」 「……え?」 「椿の幸せが俺の幸せとかやなくて!アンタ自身、ちゃんと納得しとるか?よく考えろや!」 そして優しく扉を閉めて、颯爽と去っていった。 「……」 鬼姫の言葉がぐるぐると体中を支配して、腰をあげることが出来ない。 俺はもう一度空を仰いだ。 何も変わらない空は、目が眩むほどに青色で。 「……幸せ、か」 そのまま小さく呟いた言葉は誰に届くわけでもなく、澄み渡る青空へ溶けていった。 → |