※5000hit記念企画。 ※下品ではないがキリたんマゾっぽい(なんとなく) ※下品ではないがキリたん変態っぽい(これは大分) 淫靡な毒牙 はら、と、落ちてきた。 それが全ての始まりだった。 「キリ?何か落ちたぞ?」 「え?」 「後ろ、本棚から」 キリのご家族が留守との事で、翌日が休日ということもあり、僕はキリの家に泊まりにきた。 ローテーブルの置かれた和風なキリの家のリビングで、キリの煎れてくれたお茶を飲みながらのんびりと過ごしていた矢先、キリの背、つまり僕の正面に位置する本棚から一冊の本が落ちてきたのだ。 「……ん?」 「大分年季が入っているな。加藤家の何かか?」 「多分そうなんでしょうけど……。何だコレ?これは初めて見ました」 キリは右手の親指と人差し指で本を摘みあげ、それを訝しげに睨みつけている。 無機質なものを相手に本気で顔をしかめているキリは小動物のようで何だかとても可愛いらしくて。 僕は小さく笑みをこぼしてキリの左隣へと移動した。 「キリも見たことがないのなら、一緒に見てみようじゃないか。何か面白いことが書いてあるかもしれない」 「そうしましょうか」 好奇心は僕を少しだけ饒舌にして、心を幼子のように揺らめかせた。 キリが長い指で本を開く。墨と筆で書かれた行書体の文字は鮮明に時代を感じさせた。 茶色く焼けた紙の色は長い歳月を通り越した証なのだろう。 「……カン、ポウ……?」 「薬ですかねぇ?」 「確かに、漢方は中国より伝わった自然の治療薬だからな」 「そういや親父こないだ風邪ひいたとか言ってました……」 「それでこの本を取り出されたのだろうな」 「ちゃんとしまっとけやって話ですけどね。こんな適当な所に突っ込みやがって」 ものぐさ過ぎんだろ等と呟きながら、呆れたように眉尻を下げてキリはひとつ息を吐いた。 そんなキリに僕はまた小さく笑みをこぼす。 そして覚めやらぬ好奇心をそのままに、本のページをめくり続けた。 「でも僕は非常に興味があるぞ。文字も読めなくはないしな」 「御実家が病院ですもんね」 「うむ。中々これは面白いぞ…………ん?」 流し読みするように、見慣れた薬草の名前を視界に捉えながらページをめくっていると、いつの間にか最後のページに辿り着いていた。 ただそこは今までとは明らかに雰囲気の違う文字の記し方がされていて。 饒舌な僕の唇はそこに書いてある少し滲んだカタカナを、躊躇うことなくゆっくりとなぞっていた。 「ヒ……ヤ、ク……?」 「飛躍?飛ぶんですかね?」 「いや、秘密の薬で秘薬ではないか?」 「……その割にはすっげぇオープンですけど」 「そう揚げ足を取るな。えっと、何々……?ジ、ヨ、ウ、キョ、ウ、ソ、ウ……?」 またも呆れるように眉尻を下げたキリに微笑み、書かれた文字をなぞる。 今となっては聞き慣れた言葉が紡がれて、僕の好奇心はひたすらに増すばかりであった。 「滋養強壮か。なるほど。古い時代にもあったのだな」 「胡散臭ぇ……」 「そうだ、キリ」 「はい」 「作ってみないか?」 「…………はい?」 「古来より伝わる秘薬なんだ。きっと凄いぞこれは」 全くもって想像のつかない文字の羅列は僕の興味をひどくそそった。 まるで狙いを定めた肉食獣だ。今、僕の意識は架空の獲物へとただ一心に向けられている。 だが、僕の言葉にキリは口を半開きにして唖然としていた。 そしてその後、勢いよく顔を左右に振り乱したかと思ったら、僕の両肩を大きな手でがっしりと掴み、真剣な瞳で僕を見据えだした。 「いけません!」 「なっ……何故だ!別に口外などしないぞ!」 「そうではなくて!怪し過ぎます!こんな得体のしれない情報を鵜呑みにしてはなりません!」 「しっ……しかし!もしかしたら君の父はこの秘薬を召したのかもしれないじゃないか!」 「そ、それは……、そうかもしれないですけど……」 「本当に素晴らしい秘薬なのだとしたら宝の持ち腐れだぞ!」 「しかし……!」 「今晩はふたりきりなんだ!ぜひとも一緒に検証してみようではないか!」 「……本気ですか?」 「僕はいつだって本気だぞ!」 「…………分かりました」 僕のしぶとい粘りにキリは渋々といった様子で頷いた。小動物のような顔が相変わらず可愛らしい。 だが、今の僕の標的は小動物のようなキリではない。 口にしたことのない未知の獲物だ。 空想に喉が鳴る。僕はキリの肯定に気を良くし、キリと共に秘薬の調合を開始した。 *** 「よし!」 さほど時間はかからずに秘薬は完成した。 「……ただのお茶っ葉にしか見えないんですけど」 「まあ、秘薬といえど漢方であるからな。しかし……、コレが本当に秘薬なのだろうか?」 キリの指摘通り、完成した秘薬は市販の紅茶の葉に酷似していた。 そして意外と時間がかからなかったこと、何より身近にある材料で作り上げることが出来たことから、流石に僕にも少々訝る気持ちが芽生えてくる。 「俺にはただのお茶っ葉にしか見えません」 「まあとりあえず、煎じて飲んでみるか。すべてはそれからだ」 「……………お願いですから先に飲ませてくれませんか?」 「え?」 「お願いします」 するとキリはまさかの1番乗りを申し出た。 その表情は至って真剣なもので、縄張りを侵す外敵を威嚇するような、鋭い眼光が僕を射ぬいていた。 「……ふふ、何だかんだでキリも興味深々ではないか」 「…………そう、ですね……」 「別に構わん。感想をしっかり聞かせてくれ」 「……はい。ありがとうございます」 先程まで後ろ向きであったのに、やはりキリも獲物が目の前に現れたことによって、好奇心が湧いたのだろう。 獲物を独り占めするつもりは毛頭ない。僕は二つ返事をキリに返した。 「……では、お湯を準備してきます」 「ああ」 そして音も無くキリは立ち上がって台所へ向かい、やかんを火にかけた。 毒見なんていつぶりだろうという呟きと小さなため息が聞こえたけれど、全く意味が分からない。 次第に換気扇の音に混ざって、お水が熱を持ち始めるあの独特の音が聞こえてくる。 少量のお水は直ぐに熱湯へと変わったのか、程なくしてキリは湯気を吐き出すやかんと共に戻ってきた。 「湯気、気をつけて下さいね」 「うむ」 そして急須に秘薬とお湯を入れて蒸らし、頃合いでそれを湯呑みに注いだ。 瞬間、ふわりと甘い香りが立ち込める。鼻先をゆったりとくすぐる、柔らかい香りだ。 ある程度注いだ所でキリは手を止めた。 ゆらゆら揺れる水面。ふたりでそれをじっと見据えていると、キリがゆっくりと口を開いた。 「……麦茶みてぇ」 「しかしとても甘い香りがするぞ」 「怪しさ満点ですね」 「秘薬だからな。さぁ、キリ。召し上がれ」 「……はい。では、……いただきます」 尚もキリは訝しげなため、キリの気が変わらぬように、半ば強引にその先を促した。 キリは両手で湯呑みを持ち上げると、こちらを一瞥して息をひとつ吐いた。 緊張しているのだろう。 そしてついに秘薬を飲み込んだ。 「…………」 「……ど、どうだ?」 「……無味です。後味が少しだけ甘いような……?」 「やはり甘いのか?体に効きそうか?どうだ?」 「うーん……、別段何も変わらない気が…………うっ!?」 「キリ?」 一口だけ飲んで、何事もないかのように話をしていたキリだったが、突然キリは言葉の途中で瞳を見開いた。 その後直ぐに俯くと、苦しそうに右手で胸元をきつく握りしめ、荒い呼吸をし始める。 「っ、は……」 「キリ?……キリ!?大丈夫か!?キリ!!」 「はぁ……あ……」 キリの左手は宙をさ迷い、ローテーブルの縁を力強く握りしめた。 その左手と、普段はヘアピンで露になっている額にはくっきりと血管が浮き出ており、由々しき事態であることが容易に窺える。 そしていよいよ額からは汗が滲み始め、荒い呼吸が治まる気配がなくなってきた。 「キリ!大丈夫か!キリ!キリ!」 予想だにしなかった異常事態に、僕はひたすら自責の念にかられた。 僕のせいだ。僕のつまらぬ好奇心のせいで、キリが苦しんでしまっている。 キリは初めから警戒していて、僕を引き止めていたというのに。 (……キリ……!) キリの左手は未だローテーブルを握りしめたまま、苦しそうに震えている。 僕はとっさに右手を重ねた。 熱い。熱くて溶けてしまいそうな位に、キリの手は尋常ではない程の熱を帯びていて。 「キリ、すまない、僕のせいでっ……!キリ、大丈夫か?キリ……」 「か、いちょ……」 「なんだ?」 「さわら、なっ、で……くだ、さっ……。おれから、はなれてっ……!」 「えっ……?」 するとキリは途切れ途切れに、僕を退けようと言葉を紡ぎだした。 何故そんな事を言うのか、一体キリの身に何が起こっているのか、キリの言葉の意図が全く分からない。 纏まらない激情に僕は躍起になって、最早泣きそうになりながら更に強く右手に力を込めた。 「こんな苦しそうなキリから離れられるわけないだろう!心配だ!」 「そうじゃなっ……!いいから、はなしてっ!はなれてっ!おれっ……!」 「嫌だ!僕のせいなんだ!君が落ち着くまで絶対離さないし、離れない!」 「ちがっ……、だからっ、もっ、…………っやべぇんだって!」 「キリっ……!?」 すると、まるで出会った頃のようなとても荒々しいキリの声が聞こえて、次の瞬間、背中に衝撃が走った。 「いたっ……!んっ……!?」 痛みに顔をしかめて目を開くと、瞳にはあまり見慣れていないキリの家の天井が映っていた。 驚いたのもつかの間、今度は首筋に突き刺すような痛みが走った。 次に感じたのは嗅ぎ慣れたキリの香り。そして視界の端に映った少し痛んだ銀色。 キリが首筋に歯をたてているのだと分かった。 「あっ!な、に……?ひあっ!」 噛み付かれて、強く吸われて、舌が這わされて。 獲物を喰らうようなその行動に疑問符を浮かべた所で、身動きが取れないことに気づいた。 両手はキリのそれで強く抑えつけられていて、足もキリのそれが絡んでいる。 力はそんなに変わらないはずなのに、体格差なのか、重力が加わっているせいなのか、びくともしなくて。 「佐介さん……」 すると耳元でふいに名前を呼ばれて、その声の甘さに身震いした。 吐息混じりのそれはいつもより低く、艶めいていて。 直ぐにまたねっとりと舌が這わされて、まさかと思った瞬間、下肢に触れる熱い猛りに気付き、確信した。 (……こっ、こいつ……!) 熱い体。固い陰部。 どうやら目の前の小動物は発情期を迎えたらしい。 → |