※椿ちゃん先天的女体化。
※頭の悪いキリたんも少し。


柔らかなゆりかごと、祈り


生徒会室に、はぁ、と、小さなため息がこぼれた。
持ち主は椿。ひどくか細かったそれは室内に響き渡ることはなかったけれど、
常に椿の傍らに佇むキリにはしっかりと届いていた。


「どうしました?」
「いや、何でもない」
「しかし、最近、会長はため息が増えましたよ。何かご心労でも?」
「いや、本当に何でもないんだ。気にしないでくれ」
「……そう、ですか」


椿の様子がおかしいと、キリが気付いたのは最近の事だった。
自身の体を神経質な程に眺めては、不安げに眉をひそめてため息を吐く。
真っ白で綺麗だった肌は荒れつつあり、更には体力さえも落ちたように思える。
だが、先程のように声をかけても、何でもないと返されてしまうのだ。

腑に落ちないとは思いつつ、踏み込まれたくないと椿が境界線を引くため、
キリは無理矢理にそれを越えようとはしない。
だが、椿の瞳には明らかに何かが孕んでいて、全くもって検討のつかないそれに、
自分はそんなにも頼りない存在なのかとキリは落ち込む。
そしてキリもまた、椿のため息が移ったかのように小さく息を吐くのだ。
決して広くはない生徒会室は、二人のため息で最早酸欠状態になりそうである。


「あ」


そこへ、浅雛が唐突に声をあげた。
沈みかけた空気を切り裂くような、凛とした声。
それは椿のため息とは異なって生徒会室に響き渡り、4つの視線が浅雛に集められた。


「どうした?浅雛」
「困った、どうしよう」
「デージーちゃん?」
「ムンムンがいない」
「え?落としたんですか?」
「そうかもしれない」


ムンムンとは、浅雛がいつも鞄につけている、彼女のお気に入りのキーホルダーだ。
浅雛の指摘通り彼女の鞄は殺風景になってしまっていて、
それとはまた対照的に、あらまあと、間延びした丹生の声が空気に溶けた。


「困ったな。ムンムンは私のお気に入りなのに。本当に困った。困りすぎて私は今抑え切れない程の破壊衝動に襲われている。目に映るものを何もかも破壊してしまいたい」
「そっ……、それなら、皆で探しに行くか?幸い、今は特に立て込んでは……」
「キリ君」
「あ?何だよ?」
「探しに行ってくれ」
「はぁ!?」


椿の声を遮り、浅雛は真っ直ぐにキリを見据えた。
唐突に挙げられた自分の名前にキリは驚愕し、思わず大きな声を発する。


「何で俺なんだよ!」
「何だと?私はひどく困っているというのに、キリ君は困っている生徒を見捨てるというのか?職務放棄だぞそれは」
「……うっ……」
「君は大好きな椿君がドブ虫が這いずり回る汚い廊下に這いつくばってスカートの中が見えそうになりながら小さなキーホルダーを探すことになっても何とも思わないというのか、おおそうか。よく分かったよ」
「いや、僕は別に構わないが……」
「案外ひどい男だったんだなキリ君は。失望した。君には本当に失望したよ。よし、それなら皆、すまないがこれからドブ虫が這いずり回る汚い床に這いつくばってスカートの中が見えないように必死になりながらムンムンを探してくれないか?本当に申し訳ない」
「うるせぇな!行けばいいんだろ!行けば!」
「III(行けばいいんだ、行けば)」
「ちっ……。会長、それでは少し外します。何かあったらお呼び下さい」
「あ、ああ……」
「おい、どんなやつだ?」
「こんなやつだ」
「分かった。探してくる」
「DOS」
「てんめ……」


浅雛の歯に衣着せぬ辛辣な物言いにキリは全く抵抗出来ず、
ちっ、と、悔しそうに舌打ちをして生徒会室のドアを通り抜けた。


「え……?」


疑問符を投げ掛けたのは椿だ。当然だろう。


「浅雛……君、キーホルダー持っているじゃないか……」
「忍者といえどちょろいものだな」


そう。椿の指摘通り、浅雛は先程、落としたと主張したはずのキーホルダーをキリの目の前に堂々とかざして見せた。
更に彼女はキリが出ていった直後に間髪入れずにドアに鍵をかけたため、
浅雛の思惑が分からず、椿には疑問符が浮かぶばかりだった。


「……一体どうしたんだ?」
「その言葉、そっくりそのまま君に返してやる」
「え?」


だが、椿の疑問符を弾いて、浅雛は真っ直ぐに、今度は椿を見据えた。
全くもって揺らぐことのない視線に椿はたじろぐ。
生徒会室に、今度は浅雛のため息が追加された。


「私達が気付かないとでも思ったか?」


そして少しだけ悲しげな眼差しで、浅雛は椿を見つめ続けた。
椿は自身の心臓が内側から一気に締め付けられるような、そんな息苦しさを感じ、
足りない酸素を探すように浅雛から視線を逸らした。


「綺麗な顔がボロボロだ。私は非常に悲しいぞ」
「そ、それは……」
「キリ君にお話出来ないことなら、私達にお話下さい。私達は仲間でしょう?」
「浅雛……丹生……」
「心配してるのはキリ君だけじゃないんです。どうぞお座り下さい」
「宇佐見……」


そう、すべては椿を心配した浅雛の計らい。
キリに話せないことなら、自分達が聞けばよい。女子だけなら椿も心を開けるのではないのかと。

そして見事、キリを出し抜くことに成功したのだ。
3人の暖かな眼差しに、心遣いに、椿は思わず涙腺が緩む。
それをごまかすように乱暴に目を擦り、持ち主不在となったキリの机まで小さく歩みを進め、腰掛けた。


「その……」


そして椿は俯きながら、少ない酸素を肺へ手繰り寄せるように大きく息を吸い、ぼそっとか弱く言葉を紡ぎ始めた。


「…………僕、もうどうしたらいいか―――」



***



椿がすべてを吐露した後、ガチャガチャとドアを揺らす音が鳴り響いた。


『てめぇ!キーホルダー持ってんじゃねーか!ハメやがったな!』


ドアの向こうから続いて響く怒号。
まんまと浅雛に踊らされたキリが戻ってきたのだ。


「ははは、漸く戻ったか忍者。そのまま一生廊下を這いずり回ってドブ虫と同化するかと思ったよ」
『何だと!?』
「あ、浅雛……っ」
『会長はご無事なんだろーな!?いいから開けやがれちくしょう!』
「分かった」
「うおっ!?」


前触れなく開いたドアにキリは思わず躓き、涼しい顔をしている浅雛を恨めしげに見やる。
だが、室内を見回した所で直ぐさま異変に気付いた。


「あれ?会長、どうして俺の席に……?」
「いっ……!いや、これは別にっ……」
「よし、ムンムンも見つかった事だし、私は帰ろうかな」
「私もそうします」
「私も」
「は!?」


そして入れ替わり立ち替わり、椿を除いた女子3人が帰り支度を始め、颯爽とドアを通り抜けた。
椿は引き止めようと席を立つも、既に3人はドアの向こうだ。


「ちょっ、ちょ、待ってくれ!僕っ……!」
「ああ、そうだ、キリ君」
「あ?」
「椿君に、いっぱい食べる君が好き!って言ってやれ」
「はっ?」
「浅雛っ!!」
「じゃあな」
「ちょっ!」


あわてふためく椿の呼びかけを遮るように、浅雛は捨て台詞を残してドアをピッタリと閉めた。

生徒会室には沈黙が流れる。
キリがゆっくり椿を見やると、椿は左手を口元に当てながら真っ赤になって俯いていた。


「いっぱい食べる君が好き……?」
「……っき、気にしないでくれっ……!」
「……貴女、もしかして」
「…………言わないでっ……!」


キリが呟いた言葉に、椿は最早泣きそうに声を搾り出し、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
あまりに露骨な単語の羅列は、キリにすべてを悟らせてしまったのだ。


「……会長…………」
「……もっ、やだ……」
「貴女……、ダイエットしてたんですか……?」
「だっ、て……!」
「だって?」
「だってっ……、だっ……て……ひっく……」


キリは極力優しく声をかけたものの、椿は溢れ出す羞恥心に耐え切れず、ついに泣き出してしまった。

その姿を見たキリはただ唖然とするばかりだった。
椿は普段、自身が女である事さえも忘れているのではないかと感じる節が多いため、
まさか椿がそんなことを気にしていたとは全く見当もつかなかったのだ。



(体重気にするなんて……)


何だかんだで、やはり椿は女の子だな、と、キリは自身の胸がきゅっと締め付けられる感覚を覚えた。
そして未だしゃくりあげている椿にそっと歩み寄り、
視線を合わせるように自らもしゃがみ込んで、柔らかいくせ毛に右手を滑らせた。











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