まどろみの水彩画


眼鏡をかけた会長は何だか違う人の様で、それでも透明なガラス越しの瞳は確かに会長のそれだった。
休日はいつもこうなんだ。コンタクトレンズは疲れてしまうから。
俺が言葉にするよりも早く、会長は言葉を紡ぎ、はにかんだ。
見慣れない部屋着を召した姿、纏う空気、それらは学校にいる時とはまるで違っていて、やっぱり別人の様で。
後少しで読み終わるから、ちょっと待っててくれ、すまないな。
そう言って会長はベットを背もたれに、足を伸ばして腰掛けた。
最小限の力で、読みかけであるらしい本を支えて、そのほとんどの重みを太ももに委ねている。

休日の昼下がり。
穏やかに揺れる光と、窓のすき間から時折流れる、筆先でなぞるような柔らかな風が、心地好い。
日々の喧騒を忘れさせる緩やかな時間が、風と共にゆらゆらと流れる。

急に自宅まで押しかけてしまったのは他でもない俺だった。
理由はひとつ。会いたくなったから。
突然訪問した俺に、会長は少し驚いたように瞳を丸め、それからふわりと優しく、それこそ今現在、窓から差し込んでいる光のような、そんな柔らかな微笑みをくれた。
黄色の絵の具を水で溶かしたような、淡い光。白色にも虹色にも見える、陰りのない、そんな光だ。

光を瞳に、風を頬に感じながら、少しの間だけ会長の左側に立ち尽くしていた。
けれど、やっぱり会長が恋しくなって。そのまま隣に腰掛けて、同じ様に足を伸ばし、そっと寄り添ってみた。

微かに触れ合う体。右側からゆっくりと、会長の体温が伝わる。
暖かい。とても暖かくて、優しい温もり。
導かれるように会長を見やった。
プラスチックの向こう側で、長い睫毛が瞳を半分塞いでいて、それが不規則に揺れていた。
揺れて、揺れて、音もなく、揺れて。

何だろう。何だか、筆先でくすぐらるような、そんな不思議な気持ちがして、
気づけば俺の唇から、佐介さん、と、いつもは呼ばない会長の名前が、差し込む光に滲んでいた。
ペラ、と、ページをめくる音が聞こえて、その次に、んー、と、ひどく間延びした相槌が続いた。
聞いたことのない、しまりのない声色だった。やっぱり不思議な気持ちがした。
見たことのない会長の姿と、聞いたことのない会長の声。

光が、空気が、ふわふわと揺れていく。
風が、時間が、さらさらと流れていく。
ぼんやりと、ただ、好きだなぁ、と、思った。
そしてまた、思ったままに、差し込む光に言葉が滲んだ。好きです、と。

会長の方からはまた、ペラ、と、ページをめくる音が聞こえて、んー、と、間延びした相槌が聞こえた。
相変わらず、両手で本を支えたまま、視線が移らない。
だけど、暖かかった。触れ合う部分が、ぽかぽかと。

何だか、不思議な気持ちになった。筆先でくすぐられるような。
何だか、幸せな気持ちになった。筆先でくすぐられるような。
ふわふわ、光が揺れて、さらさら、風が流れて、ペラ、と、ページをめくる音が聞こえて。会長の声も聞こえて。
キリぃ、と、俺の名前を呼ぶ、相変わらず間延びした声が聞こえて。
何ですか、と、つられてのんびりとした返事をして、会長をぼんやりと見据えた。
依然として、会長の視線は移らないままだった。
そして会長は、左手の人差し指を滑らせながら、言葉を紡いだ。好きぃ、と。
まるで当たり前のように。
息を吸って、吐く。生きるために無意識に、当たり前に行っている所作のように。
画家が絵の具を水で溶かして、筆先に浸し、そっと画用紙に滲ませていく、そんな自然な所作のように。
そんな風に、会長は言葉を紡いだ。

いつもなら、息が止まってしまいそうな程の、真っ直ぐな愛の言葉。
だけど今は、隣にいる会長が、柔らかな筆先で新しい景色を描いた。
光と、風と、愛の言葉と、温もりを、まどろみに溶かして、景色を描いた。

それがとても暖かくて、心地好くて、瞳を閉じたら眠ってしまいそうだった。
ふわふわ、光が揺れて、さらさら、風が流れて、ペラ、と、ページをめくる音が聞こえて。
右肩に、柔らかいくせ毛の重みを感じて。

視線を移した。穏やかなそよ風に、本のページが不規則にめくれている。
読み終わったのか否か、全くもって分からない。
ただひとつ、分かるのは、此処に居るのは会長であるということだけ。

ガラス越しの瞳も、触れ合う温もりも、プラスチックの向こう側の睫毛も、感じる重みも、
すべて、会長のそれであるということ。
此処に居るのは別人なんかじゃなくて、紛れも無く、会長であるということ。
大好きで、大好きで、会いたくてやまなかった、大切な人であるということ。

やっぱり、幸せな気持ちがした。
とっても、幸せな気持ちがした。
そして、愛の言葉が溶けた光と、柔らかく頬を撫でる風、右側に触れる暖かい温もりに、ゆっくりとまぶたに夢が映り始める。

暖かい。心地好い。好き。
何だか夢の中でも会長と会えるような、そんな幸せな気持ちがした。





fin





椿ちゃんが休日にさすけくんぽくぼーっとしてて、
お兄ちゃんみたいにゆるゆるだったら可愛いなーとか思ったら爆発した\(^O^)/
んなこたぁねーだろーけどなw

つーかこれだけ書くのに何日かけてんだってゆう話(爆発)
推定10日(爆発)遅筆乙w


……え?何?キリたんが受け受けしい?


うるせーw





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