椿はベッドに仰向けに押し倒され、その上に男が覆いかぶさった。
男は椿の顔の横に手をつき、顔の輪郭にねっとりと舌を這わした。


「……っ」


キリ以外に触れられたことのない椿の体。
不快感が血液に混ざって全身に流れた。
たったひとりのための体に、今は別の男の熱が伝わっている。
椿は震え、泣きそうになりつつも、歯を食いしばってそれを堪え、ただ一途にキリを想った。
キリのためだ。キリのためなら、この身などボロボロに傷付けられても構わない。
後輩だから、仲間だから、恋人だから守るではない。
キリだからだ。

椿は一度まぶたをきつく閉じ、拳を握って震えを止めた。
そして目の前の男を鋭く睨みつける。


「……その顔マジそそるわ。つーかテメー経験あんのか?処女犯してるみてぇ」
「黙れ。さっさと済ませろ。不快で仕方ない」
「ハッ。言ってくれるじゃねーか。お望み通りゆっくり味わってやるよ」
「貴様……」
「オイ、ちゃんとビデオ撮っとけよ。強気な可愛いコちゃんが抵抗もしねーで男にヤられる一部始終をな」


ベッドの上には男と椿しかいない。
男は敢えて椿を先程のように拘束はせず、自由にした。
椿が自らの意志で自分とセックスする様子をビデオに収めるつもりなのだ。
もちろん周りは不良達に囲まれている。ご丁寧に、少し離れた位置にいるキリにも見えるように。
自由な両腕。無理矢理ではなく、抵抗も出来る。
その中で、大人数に見られながら男とセックスしなければならない。
そんな屈辱を椿に味わわせるための演出だった。


「キッチリ制服着てんのがたまんねーよな。優等生かよ」
「……黙れ」
「いいわ、お前。その顔めちゃくちゃにしてやりたくなる」


苛立つ程にゆっくりと、男は椿のブレザーを脱がした。
ベストも脱がせてネクタイを解き、第1ボタンまでキッチリ閉められた胸元を露にする。
女性を思わせる程に真っ白な素肌。そこにほんのりと色づくふたつの突起に男はただ興奮した。
立ち上がる乳首を両方の親指で押し潰すように、クリクリと強く撫で回し始める。
ツンと固い感触に、満足げに笑みを浮かべた。


「……っ……」
「色白でピンクの乳首なんてサイコーだな」
「……うる、さ……」
「オラ、気持ちいいだろ?こんなに立たせやがって」


サイズを少し大きくして固くなったそれに、男はたまらなくなってしゃぶりついた。
ちゅぱ、ちゅぱ、と、わざと音をたてて吸いあげて、唾液を沢山絡ませながら執拗に舐め続ける。
右から左へ、左から右へ、突起を唾液でしとどにしては、舌先や指先で刺激を与える。
椿はまぶたを強く閉じて、不本意にも訪れる快感を堪えようと努めた。


「声出せよ」
「……っ」
「感じてんだろ?ツンツンじゃねーかオラ」
「あっ……!」


反応してしまう自身の体に椿は苛立つ。
キリではないのに。キリではなく、キリを傷付けた憎むべき男に嬲られているというのに、感じてしまっている。
悲しみが駆け巡り、心がズキズキと痛む。
溢れる想いから、椿は思わずキリを見やった。
視線の先でキリは倒れたまま、まぶたをきつく閉じている。
見ないようにしているのだ。椿に降り注ぐ屈辱を、悲しみを、痛みを少しでも軽減させるために。


(……キリ……)


スタンガンのせいなのか区別はつけられないが、拳をつくったままのキリの右手はただ弱々しく震えていた。


「……ん?あれ?何目ぇ閉じちゃってんの?」


しかし、男は目敏く椿の視線を追った。
瞳を閉じているキリが気に食わないようで、あごでキリを指し、周りの不良に指示をだす。
不良達は直ぐにキリの元に駆け寄り、髪を掴んで無理矢理顔をあげさせた。


「……ってぇな」
「オラ、よく見ろよ。テメーの連れがヤられるところをよ」
「……ハイ分かりましたなんて言うとでも思ってんのか?」
「てんめぇ……調子乗ってんじゃねーぞ!」
「キリ……!」


屈しないキリに苛立った不良がキリの左頬を蹴とばした。
口内が切れ、独特の鉄の味が広がり、キリはそれを唾液と共に男の足に吐き出す。
変わらないキリの態度に頭に血がのぼった男は、再度キリを蹴飛ばした。


「テメー!」
「……ぐっ!」
「キリっ!キリ!」


その光景に椿は目を見開き、激しく揺れる心臓を抱えたまま、目の前の男を強く睨みつけた。


「止めろ!止めさせろ!キリには手を出さない約束だろう!」
「ん?そうだったけか?」
「とぼけるなっ!」
「でも今出たのは足だからセーフだよな?なぁ?」
「屁理屈を言うな!キリを傷付けることは許さないぞ!」


椿は柳眉を逆立てる。
何度目か分からない激昂に、額には再度数本の青筋が浮かんだ。


「許さないならどうするってんだ?ん?」
「貴様なんかぶん殴ってやる!」
「はっ。俺とセックスでも何でもしてくれんじゃなかったのかよ?」
「キリには手を出すなと言ったはずだ!許さないからな!僕は貴様を殴ってやる!」
「……お前、自分の立場分かってる?」


男は憤慨する椿の両足を抱え上げ、自らの肩に乗せた。
そして勢いよく陰部を密着させ、腰を離さないようにして固い欲を激しく擦り付けた。


「うっ!?……あっ!あっ!」
「はっ、分かるか?布なかったら簡単に入ってんだぜ?……分かってんのかって!オラ!」
「よ、せ!やめ、……ろ!」
「会長っ……!会長を離せっ!」
「テメーは大人しく俺のチンコぶち込まれて喘いでりゃいいんだよ!よそ見してる暇はねーぞ!」


ギシギシと激しく揺れるベッド。布越しに伝わる男の確かな猛り。
まるで本当にセックスをしているようなリアルなその感覚に、椿は喉元から不快感を催した。
男を睨む。自分を組み伏していることに欲情している男の顔が非常に不愉快だ。
そして下半身に押し付けられる、固いペニスの感覚が気持ち悪くて仕方ない。
ただそこで、椿はすぐ横にある自分の両足が目に飛び込んできた。


(……!)


「うおっ!?」


そこからは早かった。
椿は左足を相手の脇の下にくぐらせるのと同時に、右膝を男の首に引っ掛けた。
そのまま左足を右足の上に重ね、相手の右腕を強く引き付けながら、両足に力を込め、男の頸動脈を絞め付ける。


「ぐ、……あっ……」


三角絞めと呼ばれる、ポピュラーな絞め技のひとつだ。
幼い頃から武道や格闘技の稽古に励んでいた、椿の努力の結晶。
しっかりとポイントを押さえた椿の三角絞めに男は落ちて、糸の切れた操り人形のように崩れていった。
椿は絡めた体を解き、怒りに任せて男をベッドから蹴り落とす。
その衝撃で我に返った男に馬乗りになって、顔面に一発、拳を振り下ろした。


「ぐああっ!」


ただでさえ定評のある椿のパンチ力に、重力が加わる。
それは男の鼻の骨を簡単に折ってしまった。


「て、めぇ……、ぅう……」
「僕は」
「……あ?」
「この体ひとつで貴様を壊す」
「……っ……!」
「僕がキリを守る」


椿の表情は怒りに染まっている。
陽の光を彷彿させる綺麗な瞳も、愛らしさや妖艶さを助長する長い睫毛も、今は青い色をした憤怒の炎に燃え、静かに男を見下していた。


「……っ……」


男は背筋が凍った。
実際、自分は椿の足で首を絞められ、我に返った瞬間に左手で鼻を砕かれた。
椿の今の発言は比喩ではなく、誇張でもない。
紛れも無い事実だった。


「わ、悪かった……!」
「キリから離れろ」
「オイ、お前ら……!」
「ビデオを壊せ」
「こ、壊せ!」
「2度と開盟学園の生徒に手を出すな!」
「分かった、分かったから……!」


椿は依然として男を見下したまま、燃える炎のようにゆらりと立ち上がった。


「キリを傷付けた貴様らを、僕は絶対に許さないからな」


椿の瞳に身震いし、体を解放された男は一目散にその場を逃げ出した。
リーダーのいない組織は脆い。
残された不良達も蜘蛛の子を散らしたように消えていく。
廃ホテルには椿とキリのふたりだけが残った。


「キリっ……!」


椿は直ぐさまキリに駆け寄った。
キリの脇に腕を通して、優しく抱き上げる。


「かいちょ……」


上手く力が入らず、もたれ掛かるキリを膝立ちのまま抱きしめて、椿は安堵の息をそっと吐いた。

プライドの高い椿が男として最大の屈辱を味わったにも関わらず、自分の事を第一に優先している。
キリはただ、自分を想う椿の真っ直ぐな心に、その優しさに、その痛みに、涙がこぼれそうになった。



***



椿はキリを自宅の部屋まで招いた。
自由に動けるようになったものの、改造されたスタンガンを受け、更に頬を蹴られたキリを心配したのだ。
蹴られたために少し腫れてしまったキリの左頬を椿は自ら手当する。
湿布を貼ると、その独特の香りが鼻を刺激し、キリは一瞬眉を潜めた。


「お手数おかけして申し訳ありません……」
「いいんだ。……それより、結局、僕は君を守れなかったな……」
「……そんなこと」


キリの否定を遮り、椿は湿布越しにキリの頬に触れ、悲しげに眉尻を下げた。
その指先は弱々しく震えていて、キリはたまらず椿を抱きしめた。
すっぽりとおさまる自分よりも小さな体。しなやかな筋肉に包まれた綺麗な体だ。
守れなかったなんて、この人は一体何を言っているのだろうかと、キリは奥歯を噛み締めた。
椿はこの華奢な体ひとつで男を倒し、しっかりと自分を守ってくれたではないか。
椿を労るように、慈しむように、キリは抱きしめる腕に力を込める。


「キ、リ……」


キリは胸中で懇願した。どうか震えないで。もう自分を責めないで。


「痛かったでしょう……」


もう、ふたりを傷付けるものなど、何もないのだから。


「っ……」


優しいキリの声に、温もりに、ついに椿の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
体は弱々しく震えていて、先程の気丈さを全く感じられない。


「キ、リ……」
「はい」
「……ほん、とうは、…………怖かった……っ」
「……はい」
「君で、なければ、駄目なのにっ……」
「……会長……」
「じぶ、んが、……よごれて、しまったとさえ……、思える……」


キリは胸が苦しくなった。
自分を守るために、椿は体ではなく、心に深い傷を負った。
そして今も尚、自分を責めて、その痛みに泣いている。


「……会長」


キリはそっと椿に口づけた。
啄むように椿の唇を包みこむ。
舌を絡ませ、何度も何度も角度を変えて、柔らかい感触に愛しさを重ねた。
そのままゆっくり唇を離せば、唾液が糸を引いてふたりを繋ぐ。
その糸が途切れる間もなく、キリは真剣な眼差しで椿を見つめた。


「キリ……?」
「……貴方を抱きたい」
「……え……?」


キリは疑問符を浮かべた椿を押し倒し、再度柔らかな温もりを触れ合わせた。

弱々しく震える手。
それには少しも気付かない振りをして。











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